戦士たち?の休日3
錬武場にて相対する二人
隠密の制服に似た白い服を身に纏う小柄な少女、シオン。
ヘッドドレスやエプロンといったものを外しただけのメイド服を纏った長身の少女、ライア。
共同訓練場と比べ規模が小さいとはいえ、この空間に二人だけというのは、あまりにも異質な光景に見える。
静かだった。僅かな息遣いでも明確に聞こえるほどに。
先刻、シオンはウォルフに人払いを頼み、隠密隊の隊員には申し訳ないが、皆退散してもらった。無論、その目的は隠密隊が邪魔だったのではなく、ライアの素性を城内に広めないための措置である。
ライアがローズウット王家の直系であることを知っている者は城内において、ほんの僅かである。シオン個人としてはその秘密が流布したところで、どうと思うことはないが、事実を閉口することがセイナの望みでもあったため秘密保持に協力している。
ただし、シオンにとっては『秘密保持の協力だけは約束している』という立場だ。それ以外についてはセイナと約束はしていない。つまり
「こういった教育について、問題はないということだ」
シオンがライアを見ながら呟いた。しかし、言われたライアも動じることはない。
強気な紅い瞳がシオンを捉えていた。
「それで、先輩はどのような指導法で新人を教育してくれるのですか?」
「我が主に仕える近衛の道理というものを近衛のやり方で体に叩き込んでやるだけだ。『弱い者が、強い者に従う』という、生物本来の道理をな」
挑発的な声色の調子でライアが問うと、調子を崩さないシオンの声が静寂を保つ錬武場に響いた。そして、シオンは様々な刃びきのされた演習用の武具が立て掛けてある場内の隅を指差した。
「好きな得物を選べ、それを使って勝負してやる」
しかし、言われたライアは不満の表情をつくる。
「犬、お前の得物は何だ?」
「それを聞いてどうする」
「やるなら公平に、だ」
「貴族出身のお姫様みたいな思考だな。だが、生憎私の得物はそこにはない」
「そうか、それなら」
コツコツと、靴音を響かせながらライアは武具の前に立つと、一般的な長さである両刃の騎士剣を二振り手に取り、一振りをシオンに投げて寄越した。同時にシオンは直感する。この武器はライアの得物ではないことに。
それはあくまで公平という条件に重きを置くが故に
「…私の言葉を疑わないのか?」
投げられた剣を事も無げに取ったシオンは、静かに問い掛けた。もちろん『そこに自分の得物はない』という言葉一点における質問だ。
「そのような、意味のない嘘を吐くような人間ではないだろう。お前は」
「…好きなタイミングで始めろ、猪女」
その声と同時にシオンが指を鳴らすと、魔法具により結界が展開し場の空気が一変した。
狭まる空間の感覚と、密度を増す空気。
限定された空間の中で対面する二人は、今にも射出される矢のような張りを体に纏っていた。
ライアは剣を肩に担ぐような体勢で、振り下ろしの構え。
対してシオンは、腰の位置で帯刀するように、抜刀からの横薙ぎの構えを取る。
薄暗い静寂の中、天井の僅かな切れ間から、地上より染み出した水滴が玉を作り、落ちる。
ピチャンという、微細な衝撃音
瞬間、二本の矢が放たれた。
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「くはー、腹いっぱいだ」
「僕は少し、食べ過ぎてしまったようです」
太陽の下で体を伸ばす猫のように、上体を反らしながら体全体で喜びを表現するセイナと、落ち着いた様子でナフキンを使い口元を拭くヨシュア。対照的な二人ではあったが、その実、イリアス城の日常的な風景の一つとして場を和ませていた。
「…さて、行くかヨシュア。すまない、誰か食器の片付けを頼んでもいいか?」
言って、席を立つと、周りを囲んでいたメイドたちが「わかりました」や「それなら私が」と立ち上がり、絶妙なコンビネーションでテキパキと、かつ一瞬にして食器を片付けた。ついでにヨシュアの物も。セイナはスタスタと食堂から足早に出て行ってしまう。
しかし、このセイナの行動を不思議に思った者がいる。ヨシュアだ。
本来なら食後はヨシュアがコーヒーを用意し、それを飲むのが習慣となっている。
「兄さ……いえ、すいません」
そして、疑問は急速に氷解した。セイナが向かう先、食堂から出てすぐの場所にある中庭に微細な気配を感じたのだ。鈍っているなヨシュアは思う。気配の主はセイナとヨシュアにだけ気付くよう存在を主張している。
「どんな格好でもいいから、正面から入って来い。かえって不気味だぞ」
中庭に入ったセイナは隅に出来た影に向かって言い放った。今はヨシュアもそちらに視線を向けている。
「…んで、何かあったのか?」
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「はあっ!」
力の限り振るわれたライアの剣はシオンには届かない。
しかし、空を切る感覚を何度覚えたか知らないこの状況でライアは止まらなかった。
「まだまだぁっ!!」
剣は軌道を変え、縦から横へと薙ぐようにシオンに追い縋る。
その連撃を初めは一歩、踏み込みが深い二撃目は三歩ほど下がり避ける。相も変わらず表情の変化は乏しい。
が、ライアの瞳が微妙に変化するシオンの足元を確認した。
「…ふっ!」
後退とみせて、地面の微妙な凹凸に踵を掛け、前方へ踏み込む。相手の油断を突く必中の一撃、その切っ先は
『ガキンッ!!』
鈍い鉄の衝撃音を響かせる。
ライアは避けていない、が、防いでいる。
剣を盾に、当たれば意識を刈り取る一撃を剣の腹で受け止めていた。
容易な反応ではない、シオンの足捌きの変化から、切っ先の狙い、速度、技の精度を理解したゆえの動き。
「うぉっらぁぁぁ!」
シオンの切っ先から剣を絡めとるように薙ぐ。
その衝撃の力を利用し、シオンが後方へと軽やかに飛んだ。
シオンの剣技は、いわば「舞い」である。緻密に繊細に、流れるような連撃。一切の無駄が無く、故に隙がない。そして型にはまらぬ柔らかな動きは時に鋭く、美しい。
対して、ライアの剣技は「武」そのものである。荒々しく、猛々しい。まるで暴風のようなその動きは闘うということ一点に特化した体術。力をねじ伏せる力。
そして、それを操る戦乙女二人、共に常人の域を超えている。
シオンが攻め、ライアが受ける。
ライアが反撃に転じると、その攻めをシオンがかわす。
初撃から数刻。それは僅かな時間であったが、この二人にすれば長い相対だった。
少し寝て貰おう。シオンはそう思っていた。
気に喰わない女だとは最初から感じていた。親愛し自らの全てである主への無礼な態度には腹が立っていた。が、しかし、殺意があるわけではない。
刃引きされた武具とはいえ、殺傷能力はある。しかし、それを手に取ったときのライアに対して『そうしたい』と、感じることは無かった。あくまで目的は、
「その自信を潰す」
そのために、実力差を明確にし、能力の優劣を自覚させるべきだという考え、手合せ。
状況は違えども、ライアは一度勝負をした相手である。それであるなら、この程度で…と推し量り、勝負を決する考えであったが…訂正しなければならないと、今シオンは考えている。
命を遣り取りする闘いと、互いの力を確かめ合う闘いは、そのもの別物だ。いまは後者、その点でシオンは先刻の隠密隊員三人を相手にしていたときよりも確実に力を使っている。
術に操られていたというあの状態、もしあれが本来の『全力』でなかったとしたら、ライアという女は確実にあの時より闘いづらい相手になっている。それに剣を交えればわかる。
そう、コレは自分に対する、シオン=アマネのための闘い方なのだと。
『ただの猪ではないようだ』
ライアは、想像通りだと、だがそれ故に悔しいという思いを胸に感じる。
一目見たときからいけ好かない少女だという印象を持っていた。自分をいちいち見下す態度、言動。が、それを表面上では反抗しても本気で否定することが出来ないのも事実。
どのような事情があったとしても、シオンが敬愛するセイナに刃を向け、そしてそのセイナに拾われた命で存在を許されたこの立場。
そして、どのような状態であれ、シオンと闘って負けたという事実
剣を扱う者ゆえに、剣が交われば解かってしまう、シオンの実力。
強い。その一言に尽きる。
初めて闘ったあの日から負けたという事実を、屈辱を忘れたことは無い、それは己が女であると同時に一人の戦士であるが為。
勝てないことはわかっている。しかし、それを納得してはいけないのだ。
『戦うことしか出来ない』
それがライアという女の本質。それを否定されてはいけないのだ。そのために多少強引な手を使ったとしても…。
自分に与えられた新しい、そして唯一の居場所、それを失わないために
『二度と負けたくない』
一呼吸の間、しかしてそれは二つの決心を同時に決定する永い猶予でもあった。
『次の一撃で終らせる』
黒髪の狼はその鋭利な牙をもち獲物を一撃で仕留める如く
『次の一撃に全てを懸ける』
紅髪の獅子は全身全霊を賭し力でねじ伏せようと
意を決し踏み込む二人。だが、大きな誤算が生じる。
表面上では決して認め合うことの無い二人であったための想定外。まさか
『同じタイミング』で、『同じような考え』を持ち、『同じように攻めてくる』とは!?
相手の意識を奪うということを考えた上で適当な踏み込みを半歩だとして、それに加え同じ動きを相手がすれば、距離は実質一歩。たかが半歩の違い。しかし、戦場における意味合いは大きい。
命を分ける距離である。
振り下ろす剣、さらに言えば、意思を乗せた一撃である。互いに途中で止めることが出来ない。いくら刃びきされているとはいえ、命は奪えずとも威力でいえば十分。
『まずいっ!』
そう感じたライアの剣は、シオンの体に喰らいつこうとしている。
そして、シオンは―――。
「っ!?」
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振り下ろされたはずの剣は中空で止まっていた。
否、正確には、止められていた。
「…ったく、何やってんだ。お前ら」
気だるそうな、しかしどこか優しげな声。
「セイナ様っ!?」
「セイナ殿っ!?」
同時に上げられた声は、驚きの色を隠さない。
シオンとライアの間に、割り込むようにしてセイナが立っていた。そして、その両掌には剣の刃が収まっている。まさしく、瞬間の技であった。
セイナは少し困った表情で呆然としている二人を見る。
「あのな、こういったことをやっちゃいけないとは言わないが、限度ってモンがあるだろ?お前達に限って、そこら辺はわからないってことはないだろうからな…」
セイナは掌の剣を指で弾くようにして、それぞれに返す。
口調はあくまでも柔らかい、どこか悪い事をした子供を優しく咎める親のような。
しかし、だからこそ胸の奥に響く。
「セイナ様、これは」
「セイナ殿、これは」
そして、再び重なる二人の声、重なる視線。自然と睨み合う構図になる。
それを察し、セイナは言葉を続ける。
「大丈夫、事情はだいたいウォルフに聞いた。そもそも俺をここに呼んだのもおっさんだしな。ここの場所をライアに教えなかったシオンも悪いが、わざわざ挑発したライアも悪いんだぞ?俺としてはお前たちにもっと…」
しかし、言いながら、セイナの言葉に覆いかぶさるような声が響いた。
「セイナ様、血がっ!?」
それに気付いたのはシオンが先立った。
セイナの手が浅く切れ、手首を伝い血が流れ落ちる。
「ん?あぁ、咄嗟のことだったからな、少しドジをしたか。こんなもん唾つけときゃ直る。それよりもだな―――」
「ごめんなさいっ!ごめんなさい、セイナ様っ!!私、何てことをっ!?」
叫ぶような、悲痛な声。
セイナの声が聞こえないかのように謝罪の言葉を発し、傷ついた手をとり、自らの宝物に触れるかのような慎重さで、さするようにその傷を確かめる。
その黒い瞳には、うっすらと涙を浮かべ、年相応の少女のような弱さを纏っていた。
そう、戦士としての威圧感を微塵も感じさせないか弱い少女のように
「お、おい。お前…」
咄嗟に声を掛けたのは、何よりその急変に驚愕したのはライアであった。シオンの変化に混乱し、つい声を掛けてしまったというほうが正しいだろうか。が、シオンには届かない。
「消毒をさせていただきます」
すると、さもそうすることが当然かのような動きで血を一滴残らず舐め取るように,セイナの腕に舌を這わせ、ついには傷口を小さな口で吸い上げた。そのどこか扇情的な光景にライアは息を呑む。
「…いや、シオンあのな、唾をつけるっていうのは、そういうことじゃなくてだな」
「…んぅ。いいえ、いま私に出来る償いはセイナ様の傷から菌が入ることを抑止するのみ。どうかこの行為をお許しください」
少し困った顔で言葉を紡ぐセイナに対し、懇願ながらもどこか有無も言わさぬ迫力を持つシオンの瞳。すっかり蚊帳の外となってしまったライアの存在。
三者三様の様子を見せるこの空気を入れ替えるかのような、パンパンという手を叩く音が響いた。それと同時に結界が霧散する。
続いて、人の気配。規則正しいカツカツという靴音とともに現れたのは、不機嫌な表情をしたヨシュアであった。
「城内での私闘に加え、主に傷を負わすとは、とんだ護衛ですね全く…。兄さん、大丈夫ですか?」
「揃いも揃って大げさだな。ほら、大丈夫だって。なあ、そうだろライア」
「えっ?あ、主殿には迷惑をお掛けして、大変に申し訳ないことを」
突然声を掛けられて、焦りをみせるライアであったが、それでも咄嗟に謝罪をすることは出来た。
「な、ヨシュア。そんな厳しい顔をするな。この子達も反省している」
「…甘過ぎですよ、兄さん」
言いながら、ヨシュアもセイナの笑顔に毒気を抜かれたように嘆息した。
「それじゃあこの件は終わり!いいな二人とも」
そのまま、シオンとライアの頭に手を置くとワシャワシャと強く頭を撫でる。それは罰をいさめるような力強さとともに温かな優しさが感じられた。
「はい、セイナ様」
「承知しました。セイナ殿」
その光景を見ながら、また少し不機嫌そうな表情に戻るヨシュアはセイナに声を掛ける。
「兄さん。本日の予定はどうなさるのですか」
少し語尾が強い。その理由がわからず不思議そうな表情をしたセイナであったが質問の答えはあらかじめ決めていたようで、すんなりと答えを発した。
「今日は街に出ようと思う」
一年振りくらいの更新となりますので見てる方はいらっしゃらないかもしれませんね(涙)
いろいろとありまして、長期間にわたりほったらかしていたのですが、やっぱりもやもやしまして、自己満足で書き始めました。かなり不定期になりますが更新していきたいと思います。