序章
戦争があった。
多くの命が散った。
多くの夢が散った。
きっかけは何だったのか、そんなものを覚えている者は少ないだろう。
ただ、水面に波紋が広がるように、ゆっくりと確実に、狂気は感染した。
大陸は分断され、近代技術を擁護する『帝国派』と精霊文化を擁護する『精霊派』に別れ、互いを己の敵とし、戦争は大陸全土に拡大した。
人々は奪い、犯し、殺し。奪われ、犯され、殺された。
武器で、あるいは魔術で、全ては人の腕によって、其れは成された。
戦争が日常を支配し、安寧が非日常となった。
大陸全土を巻き込んだ、この戦争を後の歴史は名づけた。
『Ragnarøk【ラグナロク】』と。
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一人の旅人がいた。
旅人は、強大な戦士であり、魔術師だった。
旅人は、行く先々で多くの人を戦災から守り、やがて『英雄』と呼ばれるようになった。
しかし、旅人は喜ばなかった。
それは、愚かなことだろうか?
否、それは旅人が愚かではないが故に、喜ぶことが出来なかった。
多くの人を救った。略奪され、虐殺され、蹂躙される者たちの命を救った。
しかし、そのために多くの人を殺した。
略奪し、虐殺し、蹂躙する者の命を握り潰した。
旅人は考えた。
彼らは、命を握り潰された彼らは、確かに悪人であったのかもしれない。
しかし、それは一面であって、全てではないのかもしれない。
他者を殺してきたその腕は、故郷で愛する我が子を抱きかかえるための腕であったかもしれない。
彼らにも、守るものがあったのかもしれない。愛するものがあったのかもしれない。
ただ、彼らは救われた者たちより力があり、結果として奪う側になった。
ただ、それだけなのかもしれない。
どちらも、同じ人間なのだ
守った命と奪った命は、どちらのほうが価値あるものなのか。
価値は、誰が決めるのだ。自分。親族。名も知れぬ第三者。
旅人は苦悩した。そして、わからなくなった。
正義とは、悪とは、善行とは、凶行とは、その境界がわからなくなった。
だから、旅人は救い続けた。
いつか、この苦悩の答えが見つかると信じて。
それから、どのくらいの時間が経っただろうか。
旅人は、名もない小さな村を救い。村人は旅人のために宴を開いた。
酔いを醒ましてくると、てきとうな理由をつけ村人の輪から離れていた旅人に、一人の少女が近付いていった。
『お兄さん。泣いているの?』
十歳にも届いていないであろう少女は、旅人に話しかけた。旅人は返した。
『人々が救われたのだ。悲しいはずがあるまい。』
旅人は泣いてなどいなかった。現に少女には笑顔を見せている。
『お兄さんの心。悲しい音がするよ。』
旅人は少女をよく見た。少女の両目は光を映していなかった。
『そうか、俺は悲しいのか。確かにそうなのかもしれないな…。』
旅人は、自嘲気味に笑った。
『良かったら、少し聞いてくれないか。』
旅人は、少女に話した。胸の内にある思いを自らの苦悩を。
少女に理解して欲しいとまで思わない。しかし、聞いて欲しかった。
自分の心を見透かした少女に。
全てを聞いた少女は言った。
『お兄さんは一人じゃないよ。』
旅人は少女を見た。少女は星空を見上げるような格好で続けた。
『それは、お兄さんが一人で背負うものじゃないよ。助かった人みんなが背負っていかなければならないの。だから、お兄さんは一人で悩まないで。』
そして、少女は旅人の方を向いて、その瞳に旅人を映した。
『それでも、もしお兄さんが一人ぼっちなのだと感じたら。』
少女は微笑みながら、旅人に告げた。
『大丈夫。私がお兄さんのそばにいてあげる。』
ストーリーなど、自分の中でも完結していないため、暗中模索しておりますが、頑張っていきます。