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悪役令嬢に転生したけど、ここ乙女ゲームじゃなくてRPGでした ~それでも、やれることをやるだけです~

作者: スナハコ
掲載日:2026/02/23

 目を開けたら、天蓋つきのベッドだった。


 絹のシーツ。ふかふかの枕。窓の外には手入れの行き届いた庭園が広がっている。


 わたしは上半身を起こして、鏡台に映る自分の姿を見た。


 プラチナブロンドの巻き髪。宝石みたいな紫の瞳。人形のように整った顔立ち。


「……やった」


 わたしは拳を握った。


 前世の記憶がある。日本の会社員だった。毎日終電まで残業して、休日は疲れ果ててソファで寝て、唯一の楽しみは悪役令嬢ものの小説を読むこと。


 そして今、わたしはどう見ても悪役令嬢に転生している。


「ヴィクトリア・フォン・シュヴァルツ。公爵家の一人娘。傲慢で高飛車で、平民を見下す性格」


 鏡の中のわたしに向かって、この体の記憶を確認する。


 完璧だ。テンプレ通りの悪役令嬢。


 ということは、やるべきことは一つ。


「断罪イベントを回避する!」


 悪役令嬢ものの基本。学園に入学して、攻略対象の王子様に目をつけて、聖女をいじめて、卒業パーティーで断罪される。そのルートを避ければいい。


 まず情報収集だ。王子は誰? 聖女は誰? 攻略対象は何人いる?


 わたしはメイドを呼んだ。


「この国の王子様って、何人いるの?」


 メイドは首をかしげた。


「王子様、ですか? この国は議会制ですので、王族はおりませんが」


「……は?」


「国家元首は議長です。ちなみに現議長はドワーフ族のゴルドン氏で、御年百二十歳の」


「ちょっと待って」


 王族がいない。王子がいない。


 じゃあ聖女は?


「聖女って呼ばれてる人、いる?」


「聖女、ですか。聞いたことがありませんね。教会はありますが、特別な巫女制度はなかったかと」


 聖女もいない。


「……学園は? わたし、学園に通う予定よね?」


「学園? お嬢様、何をおっしゃっているんですか。来月、冒険者ギルドに登録なさるのでしょう? 十五歳でギルド登録、二十歳の今まで自主訓練をされていたではありませんか」


 わたしは固まった。


 学園じゃない。冒険者ギルド。


 王子もいない。聖女もいない。恋愛イベントの気配すらない。


「……ここ、何ゲー?」



 翌日、冒険者ギルドに登録しに行った。


 重厚な木造の建物。中では筋骨隆々の男たちがエールを飲み、壁には討伐依頼の紙がべたべた貼られている。


 受付のお姉さんにギルドカードを発行してもらった。


 その瞬間、目の前に半透明のウィンドウが浮かんだ。


『ステータス画面』


名前:ヴィクトリア・フォン・シュヴァルツ

種族:人間

レベル:1

HP:80

MP:120


【スキル】

・威圧 Lv5

・話術 Lv8

・策略 Lv10

・カリスマ Lv7

・礼儀作法 Lv6

・紅茶鑑定 Lv9


戦闘スキル:なし


「RPGじゃん!!」


 思わず叫んだ。周囲の冒険者たちがこっちを見る。


 わたしは慌てて口を押さえた。


 いや、落ち着け。状況を整理しよう。


 ここは乙女ゲームの世界じゃない。RPGの世界だ。レベルがあって、ステータスがあって、モンスターがいて、ダンジョンがある。


 そしてわたしのスキルは――全部、非戦闘系。


 威圧、話術、策略、カリスマ。


「悪役令嬢のスキルセットそのままじゃないの……」


 戦えない。剣も振れない。魔法も使えない。


 紅茶鑑定Lv9に至っては、何に使うのかすらわからない。


「どうする、これ……」


 途方に暮れていると、受付のお姉さんが声をかけてきた。


「あの、シュヴァルツ様。ソロでの冒険はお考えですか? それともパーティを?」


 パーティ。


 その言葉が頭の中で引っかかった。


 わたしは自分のスキルをもう一度見た。


 話術Lv8。カリスマLv7。策略Lv10。


「……パーティを組むわ」


 自分じゃ戦えない。でも、人を動かすスキルなら持っている。


 悪役令嬢は、人を使うのが仕事でしょう?



 ギルドの掲示板に「パーティメンバー募集」の紙を貼った。


 三日後、集まったのは三人。


 一人目。赤毛の大男。全身鎧。背中に大剣。


「ガレスだ。戦士。レベルは15。前のパーティは方針の違いで解散した」


「方針の違いって?」


「リーダーが作戦を立てるんだが、俺は考えるのが苦手で、毎回間違える。最終的に『お前はもう勝手に殴ってろ』って言われた」


 脳筋だ。純度百パーセントの脳筋。


 二人目。フード目深にかぶった小柄な少女。ローブの下からほとんど顔が見えない。


「……ミア。魔法使い。レベル18。高位魔法が使える。でも」


「でも?」


「外に出たくない……。家にいたい……。でもお金がないとごはんが食べられないから……仕方なく……」


 引きこもりだ。レベル18の引きこもり。高位魔法が使えるのに社会性がゼロ。


 三人目。にこにこ笑顔の青年。白いローブに杖。


「エルトです! 僧侶をやっています! レベル12です! よろしくお願いします!」


「……あなた、なんでパーティを探してるの?」


「前のパーティで、みんなの喧嘩を止めようとしたら『お前の説教うぜえ』って追い出されちゃいまして。あはは」


 お人好しすぎて追い出された僧侶。


 わたしは三人を見渡した。


 脳筋。引きこもり。お人好し。


 どのパーティでもお荷物扱いされた面々。普通なら絶対に組まない組み合わせだ。


 でもわたしは、悪役令嬢。


 人を操り、導き、使いこなす。それがわたしのスキル。


「いいわ。採用よ、三人とも」


 ガレスが目を丸くした。


「マジか。即決かよ」


「条件は一つ。わたしの指示に従うこと。戦闘はわたしが指揮する。文句がある人は?」


 ガレスは肩をすくめた。


「考えなくていいなら楽だ。お前が決めろ」


 ミアはフードの奥でもぞもぞ動いた。


「指示してくれるなら……自分で考えなくていいから……楽……」


 エルトは満面の笑みで手を挙げた。


「はい! ヴィクトリアさんについていきます!」


 こうして、史上最もバラバラなパーティが結成された。


 名前はわたしが決めた。


「パーティ名は『ノブレス・オブリージュ』よ」


「なんだそれ?」ガレスが首をかしげる。


「高貴な者の義務、という意味よ。わたしが高貴に導いてあげるわ」


 悪役令嬢らしくて、いいじゃない。



 初めてのダンジョン。ゴブリンの巣窟、難易度C。


 入り口で、わたしは三人に指示を出した。


「陣形を確認するわよ。前衛ガレス。中衛エルト。後衛ミア。わたしは最後尾で指揮を執る」


「お前、戦わないのか?」


 ガレスが聞く。


「わたしの仕事は、あなたたちを最高の状態で戦わせること。余計なことは考えなくていいわ。前を向いて」


 【カリスマ Lv7】が発動する。わたしの言葉に力が宿り、三人の表情が引き締まった。ステータス画面に「パーティ士気向上:攻撃力+10%」の表示が出る。


 カリスマ、普通に使えるじゃない。


 ダンジョンに足を踏み入れた。


 最初の部屋。ゴブリンが五匹。


「ガレス、正面の三匹を引きつけて! ミア、左の二匹にファイアボルト! エルト、ガレスにプロテクション!」


 ガレスが雄叫びをあげて突進する。ゴブリンたちの注意が集まった瞬間、ミアの火球が横から残りを吹き飛ばす。エルトの防護魔法がガレスを包み、ゴブリンの反撃がほとんど通らない。


 十秒で殲滅。


「……すげえ」


 ガレスが剣を下ろして呟いた。


「いつもは傷だらけになるのに、今日は一発も食らってねえ」


「当然よ。わたしの指示通りに動けば無傷で済むわ」


 腕を組んで、ふふんと笑ってみせる。


 悪役令嬢ムーブだけど、実は内心めちゃくちゃドキドキしていた。上手くいってよかった。策略Lv10の恩恵か、敵の動きが手に取るようにわかる。前世のプレゼン資料作りとはわけが違う。


 その後もダンジョンを進むたびに、連携は磨かれていった。


「ガレス右! 壁際に寄せて!」


「ミア、三秒後にブリザード! 範囲は右半分!」


「エルト、ガレスのHP見て! 黄色になったら即ヒール!」


 わたしが叫ぶたびに、三人が完璧に動く。


 最初はバラバラだった三人が、一つの生き物みたいに連動し始める。


 ミアがフードの隙間からちらっとわたしを見た。


「……すごい。こんなに楽に戦えたの、初めて……」


「当たり前よ。わたしを誰だと思ってるの」


 エルトが感動して目を潤ませている。


「前のパーティでは僕の回復が遅いって怒られてたんです。でも今は、いつ回復すればいいか全部指示してもらえるから、迷わなくて済みます!」


「あなたの回復が遅いんじゃないわ。前のリーダーの指示が悪かっただけよ」


 エルトの目からぽろっと涙がこぼれた。泣かないで。



 ダンジョンの最深部。ボスの間。


 巨大な扉を開けると、そこにいたのはオーガキングだった。体長四メートル。筋肉の塊。手には巨大な棍棒。


 レベル25。パーティの平均レベルをはるかに超えている。


「……でかい」


 ガレスが珍しく足を止めた。


「無理……帰りたい……」


 ミアがフードに顔を埋める。


「落ち着いて、みんな。作戦があるわ」


 わたしは部屋を見渡した。


 【策略 Lv10】が状況を分析する。天井の亀裂。左壁の突起。床の模様。ダンジョンの構造が頭の中で組み上がっていく。


「ガレス。入り口から三歩進んで、右の柱の裏に回って。ミア、天井の亀裂が見える? あそこにアイスランスを撃ち込んで。エルト、わたしの合図で聖光壁を張って」


「何をする気だ?」


「罠を張るのよ」


 ガレスが柱の裏に回った瞬間、オーガキングが咆哮して突進してきた。


「今! ミア!」


 ミアのアイスランスが天井の亀裂に突き刺さる。氷が亀裂を広げ、岩盤の一部が崩落した。オーガキングの足元に瓦礫が降り注ぎ、動きが止まる。


「ガレス、右足を狙って!」


 ガレスの大剣が瓦礫に挟まれたオーガキングの右足を薙いだ。膝をつくオーガキング。


「エルト、聖光壁!」


 エルトの障壁がパーティを包む。オーガキングの反撃の棍棒が障壁に弾かれた。


 そして、わたしは前に出た。


「……お前、何だ?」


 ガレスが驚く。


 わたしはオーガキングの目の前に立った。膝をついてもなお、こいつの目線はわたしより上だ。


 【威圧 Lv5】を発動。


 わたしの全身から、冷たい紫色のオーラが立ち上る。悪役令嬢の威圧。本来は平民を怯えさせるためのスキル。でも、相手がモンスターでも——。


 オーガキングの目が揺れた。ほんの一瞬、動きが止まる。


 効いてる。威圧が効いてる。


 そしてわたしは、にっこりと微笑んだ。


「ねえ、あなた。このまま戦い続けて、どうなると思う?」


 【話術 Lv8】を全力で発動。


「足は潰れた。天井も不安定。わたしの魔法使いがもう一発撃てば、この部屋ごと崩れるわよ? あなたも、あなたの縄張りも、全部」


 オーガキングがミアを見た。ミアは震えていたが、杖だけは構えている。はったりとしては上出来だ。実際にはミアのMPはもうほぼ空だったけど、相手にそんなことはわからない。


「提案があるの。あなたがこのダンジョンから手を引いてくれれば、わたしたちはあなたの命を取らない。ここより奥の大森林に、もっと広い縄張りがあるって聞いたわよ? そっちのほうがあなたにふさわしいんじゃない?」


 オーガキングが低いうなり声をあげた。


 しばらくの沈黙。


 そして、のそりと立ち上がり、部屋の奥の通路へと去っていった。


 戦闘終了。


「…………」


 ガレスが口をぽかんと開けている。


「お前、ボスと交渉して勝ったぞ」


「交渉じゃないわ。これは『戦略的撤退の提案』よ」


「いや、口で倒しただろ今の」


 ミアがへたり込みながら呟いた。


「MPなかったのに……はったりで……すごい……けど怖い人……」


 エルトが両手を合わせて拝んでいた。


「ヴィクトリアさん、神ですか?」


「神じゃないわ。悪役令嬢よ」


 誰にもわからないボケを決めながら、わたしはダンジョンクリアの通知を確認した。


『ダンジョン「ゴブリンの巣窟」クリア! 経験値+3000 ボーナス:交渉による無血クリア+2000』


 無血クリアボーナスなんてあるんだ。


 ……このゲーム、意外とわたし向きかもしれない。



 ダンジョンクリアの報告をしにギルドへ戻ると、ちょっとした騒ぎになっていた。


「Cランクダンジョンを新人パーティが初回クリア?」


「しかもボスを無血制圧? どうやって?」


「あの公爵家の令嬢がリーダーらしいぞ」


「戦闘スキルなしで? 嘘だろ?」


 受付のお姉さんが目を丸くしてわたしたちの報告書を見ていた。


「シュヴァルツ様……本当にオーガキングを交渉で退かせたんですか?」


「ええ。お互いにとって合理的な判断だったと思うわ」


「す、すごい……。これは珍しい記録としてギルド本部にも報告させていただきますね」


 その日から、わたしのあだ名が決まった。


「令嬢指揮官」。


 最初は笑い混じりだったけど、Bランク、Aランクとダンジョンを攻略していくうちに、その名前は尊敬を込めて呼ばれるようになった。



 冒険者になって三ヶ月。


 酒場でエールを飲みながら——わたしはワインだけど——パーティの四人で打ち上げをしていた。


「なあ、ヴィクトリア」


 ガレスがジョッキを置いて、珍しく真面目な顔をした。


「俺、前のパーティを追い出されたとき、もう冒険者やめようと思ってたんだ」


「あら、そうなの」


「考えるのが苦手で、いつも足を引っ張って。でもお前は、俺に考えることを求めなかった。『前を向いて殴れ』って。それだけでいいって」


 ガレスが頭をがしがし掻いた。


「お前がいないと、俺たちダメだな」


 ミアがフードの隙間から小さく頷いた。


「……認めたくないけど……そう。わたし、人と話すの怖くて。パーティなんて絶対無理だと思ってた。でもヴィクトリアが全部指示してくれるから、わたしは魔法だけに集中できる。それが……楽、じゃなくて……楽しい」


 最後の一言を、ミアはすごく小さい声で言った。


 エルトがぶんぶん頷く。


「ヴィクトリアさん最高です! 僕、前のパーティではいつも空気読めないって言われてたんですけど、ヴィクトリアさんは僕の回復のタイミングを全部決めてくれるし、『あなたの判断を信じなさい』って言ってくれるし!」


「それ矛盾してない?」


 ガレスがツッコむ。


「してません! 大事なところは任せてくれるんです! 要するにメリハリです!」


 三人がわいわい言い合っているのを見ながら、わたしは静かにワインを傾けた。


 転生したとき、わたしは確かに焦っていた。


 悪役令嬢に転生した。断罪されるかもしれない。破滅エンドが待っているかもしれない。


 でも、この世界には断罪イベントなんてなかった。


 王子もいない。聖女もいない。学園もない。


 あるのは、モンスターと、ダンジョンと、レベルアップと。


 そして、わたしを必要としてくれる仲間たち。


「ヴィクトリア、次のダンジョンどこ行く?」


「Sランクの竜の巣窟、行ってみない? 策略Lv10ならドラゴンとも交渉できるかも」


「やめてください! ドラゴンは話が通じないって図鑑に書いてありましたよ!」


「大丈夫よ。話が通じない相手を説得するのが、話術Lv8の本領だから」


「それ話術じゃなくて詐術では……」


 わたしは笑った。


 悪役令嬢のスキルが、RPGの世界で無双するなんて思わなかった。


 断罪イベントは来なかった。代わりに来たのは、最高の冒険だった。


 前世のわたしへ。


 会社辞めて正解だったよ。——いや、死んでるから辞めたとは言わないか。


 まあいいや。


 明日もダンジョンに潜ろう。


 悪役令嬢は今日も、口先三寸で世界を渡る。


『レベルアップ! ヴィクトリア Lv1→Lv12』

『新スキル習得:【交渉術 Lv1】』

『称号獲得:【令嬢指揮官】——戦わずして勝つ者』


「……交渉術、ちゃんとスキルになるんだ」


「Lv1って、今まで素でやってたってことですか?」


「そうなるわね」


「「「怖い」」」


 うるさいわよ、もう。

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