9 聖女
私は必死に走っていた。
向かう先は教会だ。
どうしてもアリアに会わなきゃならない。
アリアに会って確かめなければ。
彼女が断頭台へ立つ前に。
建設途中の空高くそびえたつその塔は、細部にまで華やかな装飾が施されている。
飾りたてられた天使たちが、息を切らしてたどり着いた私を見下ろしていた。
その人物は、私が来るのを待っていたかのようにその場所に立っていた。
「アリア!」
振り向いたアリアはにこりと微笑んだ。
「テレーズに手紙を送ったのはあなたなんでしょう。
どうしてそんなことをしたの。」
「あなた方がこの国の人々を救ってくれることを信じていたからです、カドリーヌ。」
アリアは優しげな微笑みを浮かべたまま、私の方へと歩み寄る。
「この国にとって教団は必要なかったのかもしれません。
けれどもわたしは、信じるものがいる限り世界にとって教団は必要だと思っています。
不死鳥にとって、死は新たな生のはじまりです。
新たな生のための死を教団にもたらしてくれる救世主をわたしは待っていた。
カドリーヌ、あなたがその救世主なのです。」
アリアは最初からぜんぶわかっていたんだ。
教団が破滅へ向かっていることも。
私が反乱を起こすことも。
最後には自分が断頭台へ送られることも。
それでも彼女は人々のために、悪女になってみせたのだ。
私はアリアの手を取って懇願する。
「お願い、アリア。
逃げてちょうだい。
私はあなたを殺したくないの。」
アリアは「それはなりません。」と首を振る。
「わたしはフィリップ王子を誑かし、この国に破滅をもたらした女なのですよ。
わたしは断頭台へいき裁きを受けます。」
「でも、あなたは人々のために全てを捧げてきたんでしょう。
あなたはこの国を陥れようとした悪女なんかじゃない。」
アリアはにこりと微笑む。
「腐敗した教団が生まれ変わるためには、わたしの死が必要なのです。」
フィリップを利用して教団の権力を増大させようと考えたのは、教団の上層部の者だ。
アリアが死んだとしても本当は教団の中身は変わらない。
アリアは彼らの身代わりになるのだ。
「どうしてあなたが身代わりにならなきゃならないの。
私はこんなこと望んでない。」
溢れる涙をそのままに、私はアリアの手を強く握りしめた。
アリアは宥めるように私の手を優しく握り返した。
「わたしは、わたしの信じた人々の幸福に命をかけたのです。
カドリーヌ、あなたもそうでしょう。」
アリアの手がするりと離れていく。
「まって。」
引き止めようとしたそのとき、背後でごおっと大きな音が鳴った。
炎が噴き上がった音だ。
空高くそびえる完成前の塔が炎に包まれていた。
だれかが火をつけたんだ。
私は隣を振り返る。
「アリア?」
聖女はもう姿を消していた。
ひとり残された私は、あっけに取られて燃える炎に包まれた教会をただ見つめていた。
「カドリーヌ嬢、いきましょう。」
ぐいと手をひかれた。
「ルーカス?」
ルーカスは「ここは危険ですから、安全なところまでお連れします。」と私の手を引いて走り出した。
なぜ彼がここにいるかなんて、もう明白だ。
「この教会の火事はあなたの仕業なのね、ルーカス。」
「ええ、これは俺に与えられた任務なので。」
ルーカスに任務を与えたのは間違いなくリオンだ。
リオンは敵を完全に排除しようとしたのだ。
いまごろ教団の上層部の者たちは炎に包まれているだろう。
「さっきまでアリアも一緒だったの。
アリアは大丈夫なの。」
「聖女は俺の仲間が連れていく手筈になっているので心配いりません。
ただ彼女はこの火事で亡くなったと報じられるでしょう。
だからしばらくはうちの領地で身を隠してもらいます。
いずれはできたばかりの弟のつくった教会で働くことになるかもしれませんが。
なのでカドリーヌ嬢もこの話は聞かなかったことにしてください。」
「それじゃあアリアは生きてるのね。
アリアは死なずに済むのね。」
有能な人物は処分するよりも利用することを好むリオンらしい決断だ。
ほっとした私にルーカスは首を傾げた。
「聖女が生きていると知ってなぜ安心するのですか。
彼女はあなたにとって倒すべき敵だったのでは。」
「おかしなことをいうようだけれど、アリアはもう一人の私だと思ったの。
きっと私が彼女の立場にいたら、同じことをしていた。」
もしも逆だったのなら。
あの炎に包まれていたのは私だった。




