6 承諾と忠告
「私との婚約。
それが貴殿の望みか、カドリーヌ嬢。」
「あら、驚かないのね。」
私の突然の申し出にも、リオンは温度のない微笑みのまま一切表情を変えない。
「驚かないさ。
貴殿は農地を買い取り急速に領地を広げている。
これからさらに領地が広がり国土のほとんどを所有することになれば、貴殿は実質的な支配者になる。
しかし王族でない者は王座にはつけぬ。
王女の血をひく私との婚約により王の家系図に名を刻もうという考えたのであろう。
私をそちらの国の王にし、妃になるつもりか?」
「いいえ、私の望みは殿下の妃になることではなく我が国の王になることよ。
私は教団から独立した連合王国をつくりたいの。」
「両国がそれぞれ独立した自治権をもつ連合王国をつくり、そちらの国の自治は自分に任せろと貴殿はいうのだな。」
「我が国が教団と密接な関係をもち教団の力が強まるのは殿下も阻止したいはず。
聖女にうつつを抜かしているフィリップより、私が王になる方がよいと思わない?」
「私自身がそちらの国の王になることを望むとは考えないのか。」
「ええ、もちろん。
だって殿下はむやみに権力を増大させ身を滅ぼす愚者ではないもの。
両国が対等な友情で結ばれる連立王国をつくるには、権力をひとりの王に集中させるべきではないでしょう。
だからこそ私はお願い申し上げているのよ。」
「いうではないか。」
リオンは微笑みを深くし、私にいった。
「ダイヤモンドの指輪とフィリップ王子の首、貴殿が気にいる婚約の贈り物はどちらかな。」
私を王宮からテレーズの屋敷まで送ってくれたのは、行きと同じルーカスにつかえる操縦士、アリスだった。
アリスは手慣れた動作で小型飛行機を操縦しながら「君も度胸があるなぁ、カドリーヌ嬢。」と私に声をかける。
この赤毛の少女は服装と同じく話し方も男性のようだ。
「まさか皇太子様に婚約を申し込むとは恐れ入ったよ。」
「あらありがとう。」
「だが気をつけた方がいい。
皇太子が13歳だからと甘くみるな。
あれは普通の子どもじゃない。」
「国のためなら何でもする覚悟がある、という意味なら、私も同じよ。」
「君は我が国の内情には詳しくないようだな。
皇太子は本当に"何でも"するぞ。
幼い皇太子が実権を握ることができたのはなぜだと思う。
皇太子に敵対しようとした者たちをルーカスが始末してきたからだよ。」
ルーカスはリオンの命令で動く暗殺者だったのか。
社交界に参加せず、国内外の貴族たちに顔をあまり知られていないルーカスなら適任かもしれない。
けれども私は一つ疑問に思った。
「どうしてルーカスはそこまでリオンに従順なのかしら。」
「従わなければ暗殺されるのはルーカスになるからさ。
継承権が与えられてないとはいえ王の実子であるルーカスは、皇太子からしてみれば最も反乱を起こす危険のある人物だ。
下手にルーカスを敵にして派閥をつくられるよりも、飼い慣らすほうが得策だと考えたんだろう。
ルーカスが所有する島は敵国の近くに浮かぶ孤島だ。
領主こそルーカスになっているが、防衛のために常に王国軍隊の監視がついている。
島内で不審な動きがあれば即座にルーカスを処分できるようになっているのさ。」
私は仲間と平穏な暮らしができればそれでいい、というルーカスの言葉を思い出した。
思うに彼は自分の仲間が大切なんだろう。
仲間も監視下にあるとすれば人質に取られているようなものだ。
それならば皇太子に従順にならざるをえないだろう。
島で暮らすルーカスの仲間の一人であるアリスは軽やかな声で、「まぁ島での暮らしは悪くはないから、私は十分幸せだがね。」と笑った。
「私の話で皇太子様のことを少しはわかっていただけたかな、カドリーヌ嬢。」
「ええ、彼はとても優秀なのね。」
「十分に気をつけてくれたまえ。
リオン皇太子は利用価値のあるとみなした者は飼い慣らし、そうでない者は躊躇いなく切り捨てる。
手を汚すのは私たちなんだ。
私はあなたを暗殺したくはないんだよ。」
ルーカスが暗殺者なら、彼の仲間のアリスも暗殺に関わってきたのだろう。
「あなたが手にかけたのは何人かしら。」と聞けば、アリスは「列車を一車両まるごと火の海に落としたときから数えるのをやめてしまったよ。」と言った。
「ご忠告ありがとう、アリス。
でも私はリオンに始末されるつもりも、飼われるつもりもないの。
彼にとっての私とおなじくらい、私にとって彼は役にたつ。
私たちはきっとお互い助け合ういい夫婦になれるでしょう。」




