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第96話:共存継承戦④

エフィナの隣で、カナトが一歩前へ出た。


虚鳴峡の風が、彼の頬を強く叩く。


「ヴォルツ」


呼びかけた声は静かだが、芯があった。


「さっきの案は……たしかに理屈は通ってる。三勢力が順番に権利をもつなら、不満も少なくなる。……でも、だからって本当に共存できるのか?」


ヴォルツはふっと片眉を上げる。


「質問の意図を言え」


カナトはためらわずに言った。


「約束を守らないやつが出てきたらどうする?“自分の番が終わる前に他を潰そう”って考える勢力が絶対に出てくると思う」


その一言で、三勢力の者たちが一斉にざわめいた。


巨人族は舌打ちし、影の一門はカナトに冷たい視線を向け、獣族は牙をわずかに剥く。


だが、ヴォルツだけは心底おもしろそうに笑った。


「ふは……なるほど。君は意外と現実が見えているんだな」


「たしかに、その可能性は高い。むしろ、ほぼ確実に裏切りは起こるだろう」


三勢力が息を呑む。


ヴォルツは続けた。


「だからこその“輪番制”だ。互いに権利を持ち回りにするということは……」


ゆっくりと三勢力を見渡し、言葉を一滴ずつ落とすように告げる。


「裏切った勢力は、残る二勢力から同時に敵と見なされる。三対一ではなく、二対一だ」


巨人族が目を見開く。


影の長が目を細める。


獣王の耳がぴくりと動く。


ヴォルツの声は淡々としているが、内容は冷酷そのものだった。


「“裏切り”は、最も損をする選択肢になる。だからこそ、誰も手を出さなくなる。これが、均衡の力学というものだよ」


カナトは、その冷徹な計算にぞくりとした。


「……怖いくらい、よくできてるな」


「誉め言葉として受け取っておこう」


ヴォルツは口元に薄い笑みを浮かべた。


だがヴォルツが本当に目指しているのは“共存”ではない。


それは、彼の瞳の奥に潜む微かな影が物語っていた。


(この場は私が制する。エフィナに主導権を渡すつもりなど毛頭ない)


彼は理解している。


共存継承戦とは勢力同士を平和に導くだけではなく、「最も優れた“統治者”を示す舞台」でもあるということを。


もしこの場を完全に掌握し、三勢力を服従させれば……評価はすべてヴォルツに傾く。


(ここでエフィナを“理想論だけの無力者”として印象付ける。それだけで、王の器としての評価は決まる)


ヴォルツは静かに口角を上げた。


「さて……次はどう動く?エフィナ、カナト。“君たちの理想”は、どこまで通用するかな?」


完全に挑発しながら、しかし一見“仲裁役”を装って。


エフィナは拳を握りしめ、カナトはヴォルツを睨む。


カナトはエフィナを横目で見た。


明らかにヴォルツの案に動揺してる。


その案を超える案を一生懸命考えてるのが手に取るように分かる。


(だめだ、今のエフィナは冷静さを欠いてる……)


胸がざわつく。


彼には策があった。今の混乱を「引き分け」にまで巻き戻し、ヴォルツの仕掛けを利用して局面を整える案……三勢

力が互いの利を見失わないよう、約束破りの抑止力を作り出す方法。


だが、ユナとの約束が脳裏をよぎる。


“エフィに考えさせて、エフィに選ばせること。”


“あんたが主体になるのは絶対にダメ。”


それは彼がもっとも守らなければならない約束だった。


(分かってる……分かってるよユナ。でも……)


視線の先で、エフィナは完全に負のスパイラルに堕ち完全に流れを失っていた。


手は震え、呼吸も乱れている。


このままでは、彼女の精神が潰れてしまう。


(いまのエフィナに、あの判断が出せるとは思えない)


カナトは歯を食いしばり、脳内の天秤を揺らし続けた。


エフィナの成長

ユナとの約束


そして、この場を壊させない責任。


ほんの一瞬、カナトの中で天秤が音を立てて止まった。


(今は……助けなきゃいけない)


彼は深く息を吸い、迷いを振り切って一歩前に踏み出した。


カナトはヴォルツの前へ歩み出る。


ヴォルツは腕を組んで、近づいてくるカナトを楽しげに眺めていた。


「……ヴォルツ」


呼びかける声は、静かだが揺らぎがなかった。


ヴォルツは見下すようにカナトを見る。


「なんだ、小僧。エフィナの代わりに泣きつきに来たか?」


挑発じみた声音。


カナトは動じなかった。


「あんたの示した案……俺たちにも協力させてほしい」


ヴォルツの表情から笑みが薄れる。


エフィナは驚き、引き止めようと一歩踏み出す。


「カ、カナト!? ちょっと待って、あたしは……」


しかしカナトは片手を軽く上げ、エフィナの言葉を制した。


その横顔はいつもエフィナを守ってきた凛々しい表情だった。


「エフィナ、任せて。……今はこれでいい」


エフィナの言葉が喉に詰まる。


怒りでも、悲しみでもない。


ただ、信頼と不安が入り混じった複雑な表情だけがそこにあった。


ヴォルツは黙ったまま、カナトを上から下まで視線でゆっくりと測った。


まるで獣が獲物の価値を見極めるように。


数秒……いや、永遠にも思える沈黙。


そして、口角をわずかに吊り上げる。


「……ほぉ。お主が前に出るとはな」


「今は、あんたの案が最も現実的だ。三勢力をこの場で落ち着かせるのに必要なのは、力と、理と、抑止。あんたにはその三つがある」


「ほお?」


「だから、俺たちも乗る。……この場を収めるために」


ヴォルツは小さく笑った。


「気に入ったぞ、小僧。主のエフィナより先に手を出したのはどうかとは思うが……判断は悪くない。時には必要な判断だ」


その言葉とともに、ヴォルツは軽く顎をしゃくる。


「もちろんだ。好きに動け」


その瞬間、虚鳴峡の空気が、ほんのわずかだが変わった。


三勢力の思惑の裏に、カナトとヴォルツの手によって、確かな"方向性"が生まれ始めたのだ。


エフィナは複雑そうにカナトの背中を見つめていた。


それは、頼もしくもあり、悔しくもあり、胸を締め付けられるような感情だった。


カナトの申し出を聞いた瞬間――ヴォルツの胸中に、ほんの小さな刺が走った。


(……ほぉ、やられたわ)


その感情は怒りではなく、むしろ“悔しさ”に近い。


ヴォルツは、戦場でも政治でも「先手」を取ることを何より重んじてきた。


今回もそうだ。


三勢力の共存これは当然のクリア条件。


だが、この継承戦の名が“共存継承戦”である以上、対戦相手との共存もまた、この戦いが要求する思想的テーマなのではないかと、彼は早い段階から読んでいた。


(この戦い……敵対するのは愚策よ。共に動き、共に利を成すそういう思考こそが試されておる)


そう悟っていたからこそ、本来ならばいずれ自分からエフィナとカナトに協力要請をするつもりだった。


その矢先に。


カナトが、自分より先に口にしたのだ。


『あんたの案に……俺たちを協力させてほしい』


(……ふん。“協力”か。いや、こやつの言い方は“共存”に近いのぉ)


ヴォルツはしばらく無言でカナトを見ていた。


値踏みするように……いや、感心半分と警戒半分で見つめる。


(やりおる。この流れを察し、エフィナが潰れかけている現状も読み……見事、私の先を取ったわ)


彼は内心で苦笑する。


(若造にましてや人間に先手を奪われるとは……不快と同時に面白い)


わずかな敗北感。


しかしそこには清々しさすらあった。


そしてヴォルツはカナトを“人間にしては”と前置きしつつも評価していた。


(ふむ……人間にしてはできるのぉ。目も判断も悪くない。筋も通っておる)


男の目に、ほんの僅かだが敬意が宿る。


だがその直後、自然とヴォルツの視線はエフィナへと向けられた。


焦り、迷い、呼吸を乱し、まるで溺れる者のように三勢力の怒号に飲まれている。


(……こっちはいかんな)


ヴォルツは露骨に眉間へ皺を寄せ、小さく息を吐いた。


その目には軽蔑が混ざっていた。


(この程度も読めんとは……“統治継承戦”を勝ち抜いたという話、話半分に聞いておいたほうがよさそうじゃの)


エフィナの顔には、「自分で何とかしなくては」という焦燥だけが滲んでいる。


だが実際には、何一つ状況を動かせていない。


(こやつは“支配”はわずかに学んだのじゃろうが……“共存”の本質には触れられとらん)


“共に立つ者の力を使う”

“自分だけで抱え込まない”

“協力を引き出す動き”


それらが欠けている。


(……底が知れたわい。この戦いでは、まだまだ役者不足よ)


ヴォルツは、小さく鼻で笑った。


だがその裏では、彼は既に次の一手を考え始めている。


(エフィナではなく、カナトを軸に動かす……こちらのほうが断然、手間がかからんわい)


同時に、わずかに悔しさを残したまま。


(それにしても……先に“共存”の芽を出されたのは、実に口惜しい。この私に一手先を取るとはのぉ……カナトよ)


男の目が細まり、口元がわずかに吊り上がる。


敬意。

悔しさ。

侮蔑。

期待。


それらが入り混じった複雑な眼差しをカナトに送るヴォルツだった。

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