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第89話:明日への希望

代表者の訴えが終わり、広場には再び静寂が落ちた。


魔族達の視線は地面を向き、希望の欠片すら見いだせない。


そんな重たい空気。


エフィナは拳をぎゅっと握りしめたまま、ゆっくりと代表者に一歩近づいた。


そして、小さく息を吸い、震えを押し殺して口を開く。


「……挑まなくてもいいんだよ」


代表者が顔を上げる。


「何度も挑んで、何度も失敗して……立ち上がるのが怖くなるのは、当たり前だと思う。無理する必要なんて、本当はない」


エフィナの声は、優しい。


けれど弱くはなかった。


「だけどね……」


彼女は胸に手を当てた。


「“挑まないこと”が、“諦める理由”になっていいわけじゃないと思うの」


住民たちの表情が変わる。


エフィナは代表者のすぐ目の前まで歩み寄り、真っ直ぐな瞳で見上げた。


「ここにいるみんなで、本気で考えたの?」


その一言に、代表者の目が大きく揺れた。


「土地のことも、水のことも、魔物のことも……本当に“集落全体で”全部話した?一人で全部背負って、“できなかった”って決めつけてない?」


代表者は言い返そうとするが、言葉が出てこなかった。


「一人でできることなんて、限られてるよ」


エフィナはふっと微笑んだ。


幼い姿なのに、どこか大人以上の強さを感じさせる笑みだった。


「でもね、みんなで考えれば、少しずつでも変われる。無理だったことが、少しずつ“できること”に変わっていく」


エフィナはカナトの顔を思い浮かべていた。


カナトから聞いた話では、最初自分が勇者の国に連れて行かれた時、カナトは単独で乗り込もうとした。


だが、仲間に諭され、どうすれば自分を助けられるか相談した。


仲間の意見だけでは答えが出ず外部に助けを求めた。


その結果、たくさんの人たちが自分を助けるために動いてくれた。


あの時ほど人の繋がりの力の強さを感じた事はない。


彼女は周囲の魔族たちへ視線を向ける。


「誰だって弱い。できないことはいっぱいある。どうしようもない時だってある。それでも……」


拳を握った。


「どうしようもなくなった時は、頼ればいいんだよ」


その言葉に、集落のあちこちから息を呑む音がした。


エフィナは代表者の肩にそっと手を置く。


「この集落のことを“本気で”考えてる人が……少なくとも、今ここに二人いるんだよ?」


代表者が目を見開く。


エフィナはゆっくりと振り返り、視線をシェーヴァへと向けた。


「あたしと……そして、シェーヴァ」


シェーヴァは微動だにしない。


だが、瞳だけがわずかに揺れた。


エフィナは再び代表者へ向き直る。


「継承戦としてどっちが勝つかは、今日決まる。でもね、どっちが勝っても、あなたたちを見捨てるつもりはない。

あたしはそう決めた。たぶんシェーヴァも……同じだと思う」


シェーヴァの部下たちでさえ息を飲む。


エフィナはゆっくりと手を離し、集落全体を見回す。


「みんなで……変わろうよ。ここを、“明日が欲しくなる場所”にしようよ」


その言葉が広場の隅々まで染み込んでいった。


代表者は口を開きかけるが、何も言えず、ただエフィナを見つめるしかなかった。


その目の奥で、固く凍りついていた何かがほんの少しだけ、溶け始めていた。


エフィナの言葉が広場に落ちたあと、魔族たちの間にざわめきが広がった。


声を潜めたささやき。


落ち着かない気配。


揺れる瞳。


「昨日の……あの酒場みたいなの、楽しかったよな……」


「あんなに笑ったのって、何年ぶりだ……?」


「……でも、毎日あんなわけにはいかねぇよ」


「そうだ。あれは一時の夢だ……」


昨夜の、ユナの作った料理の香り。


エフィナが笑って皿を運んでいた光景。


皆が久しぶりに声をあげて笑ったこと……。


それが住民たちの胸にまだ暖かく残っていた。


だが、その温度を振り払うように現実が彼らの足を掴む。


「信じたい……けど、信じ切れないんだ」


「どっちが勝っても、この勝負が終わればすぐいなくなる……」


「期待して、裏切られたら……もう立ち直れねぇよ」


希望と恐れが、胸の中でせめぎ合う。


エフィナの言葉を受け止めきれず、ただ戸惑うばかりだった。


集落の空気は重いまま、投票の時が迫っていく……。


そんな中ひとりの足音が広場に響いた。


「みんな……その……!」


息を切らせながら駆けてきたのは、昨日今日とエフィナと共に水路を整えた少年ヨーグだった。


小さな体なのに、広場の中心まで来た彼は堂々と胸を張り、住民たちをぐるりと見渡した。


その姿に、大人たちがざわつく。


「お、落ち着け、ヨーグ……」


「子供が何を言いに来た……?」


年長者たちが戸惑い、子供たちは固唾を飲む。


だがヨーグは、怯えずに叫んだ。


「おれは、エフィナを支持する!」


広場に、衝撃が走った。


誰より弱く、誰より小さい存在が、誰よりはっきりと断言したからだ。


「理由はあるのか?」と誰かが問う。


ヨーグは静かに、けれど誇らしげに頷いた。


「昨日とさっきまで……エフィナと一緒に水路を直したんだ」


住民たちが「水路?」とざわつく。


ヨーグは続ける。


「たぶんだけど……エフィナの力なら、水路なんて、ひとふりで直せるんだと思う」


「確かに……魔王候補だからな……」と住民たち。


「でも、エフィナはやらなかった。手で、土を掘って、石を動かして、おれと一緒に汗かいて直したんだ」


その言葉に、多くの魔族の目が見開かれた。


ヨーグはぎゅっと拳を握りしめて叫ぶ。


「あれはきっと……“おれ達がここで生きていけるように”教えてくれたかったんだと思う!」


静寂。


風の音さえ止んだようだった。


「エフィナは……“誰かに守られる集落”じゃなくて、“自分たちで生きられる集落”を作りたいんだよ!」


その言葉は大人たちの胸に刺さった。


昨夜の料理の温かさ。


エフィナとヨーグが笑いながら土を掘った姿。


エフィナの「頼ればいい」という言葉。


それらが一本の線につながり、住民たちの心に揺れが走る。


「……あの子、本当に……あの子のために動いていたのか?」


「いや、ヨーグのためだけじゃない……“俺たちのため”か?」


「いや、でも……信じていいのか……?」


まだ迷いはある。


信じ傷つくことが怖いからだ。


だがヨーグの小さな背中が、その迷いの中でひときわ大きく見えた。


ヨーグの叫びが広場に静かに沈んでいく。


誰もが小さな魔族のまっすぐな姿勢に心を揺らしていたが、まだ決めきれずにいた。


そんな中さらり、と風が動く。


エフィナの横に、いつの間にかユナが歩み出ていた。


エフィナの “相棒” として、この場に立つひとりの仲間として。


ユナは腕を軽く組み、住民たちを見渡す。


優しいけれど刺さるような視線だった。


そして口を開く。


「昨日の料理、覚えてるよね?」


その一言で、昨夜の記憶がよみがえる。


温かい香り。


久しぶりに満たされたお腹。


笑い声。


静かに頷く者、目を伏せる者。


だがその視線の奥には確かな“記憶”があった。


ユナは続ける。


「じゃあ聞くよ。あの料理、何で作ったか覚えてる?」


住民たちは顔を見合わせ、誰かがおそるおそる答えた。


「……野菜の、皮?」


「捨てるはずだった骨……」


「萎れた野菜……とか……」


「ああ」「そうだったな」とざわめきが起きる。


そのとき代表者がなにかに気付いたように息を呑む。


腰の袋からくしゃくしゃの紙を取り出した。


昨日ユナが渡した“絵だけのレシピ”。


本来なら無碍に破り捨てるつもりだったその紙を、なぜか手元に残していた自分に、代表者も気付いていた。


ユナは代表者の手元の紙をちらりと見て、やさしく微笑んだ。


「エフィだけじゃないよ。私も同じ思いで動いてた」


住民たちが息をのむ。


ユナは続ける。


「料理の作り方を描いて渡したのは、“あなた達がまた作れるように”って想いからだよ」


代表者の手がわずかに震える。


「でもね、レシピだけじゃ絶対に伝わらない部分がある。だから、昨日はわざと、どう作ってるか全部見せた」


野菜の皮の扱い方。


骨から旨味を取るコツ。


少しの香草で匂いをごまかす工夫。


貧しい食材でも美味しく作る技。


ユナが“誰でもできる工夫”を根気よく見せていたことを、住民たちは思い出し始める。


ユナは肩をすくめるように笑った。


「私達は、今日ここを離れる。それは事実。でもだからこそ残されるみんながちゃんと生きていける方法を、私たちは見せたかった」


静まり返る広場。


誰もが昨夜の明かりと温度を思い出していた。


ユナはふと横のエフィナを見る。


エフィナはヨーグとユナの話を聞きながら、胸の奥で何かが固く結ばれるのを感じていた。


そうか。


こういうことなんだ。


「守られる側」ではなく「自分たちで生きる側」へ。


そのために必要なのは、力じゃない。


支配じゃない。


“自分たちで作れるようにする”ことだった。


それをユナは最初から分かっていて、昨日からずっと“見せて”いた。


エフィナは小さく息を吸い、まっすぐ前を向いた。


ヨーグとユナの言葉が静まった広場に、エフィナがそっと一歩、前へ出る。


彼女の姿は決して大きくも偉そうでもない。


むしろ少し肩をすぼめ、勇気を振り絞るようだった。


だがその小さな姿に、誰よりも真剣な気迫が宿っていた。


エフィナは深呼吸し、正直に語り始める。


「……えっと……みんなに言っておきたいことがあるの」


住民たちが息をのむ。


「正直ね。最初は、どうすればいいか全然分からなかった」


その言葉は、肩ひじ張った“候補者の演説”ではなかった。


本音だった。


「ヨーグが言ったみたいな、すごい力は……あたし、持ってない。弱いし……ひとりじゃ何もできないことばっかり」


誰かが小さく目を伏せる。


“候補者”が自分の弱さを認める姿を、住民たちは初めて見ていた。


エフィナは言葉を続ける。


「それでも……あたしができる精いっぱいのことはしたつもり」


ヨーグと一緒に手で運んだ石

住民たちに挨拶して回ったこと

ユナと共に酒場を開き、笑顔を作ろうとしたこと


その全部が、飾り気のない“自分の手”でやったことだった。


広場のあちこちで、住民たちの視線が揺れる。


「最初はぎこちなかったな……」


「でも、あの子……ずっと歩き回ってたぞ」


「水路も……ほんとに朝早くからやってたみたいだ……」


「昨日の酒場……久しぶりに笑えた……な」


まるで、心の奥の埃だらけの引き出しを、ひとつずつそっと開けられているようだった。


エフィナは両手を胸の前でぎゅっと握り、まっすぐに住民たちを見つめた。


「お願いがあります」


その声は震えていたが、はっきりと響いた。


「真剣に考えて。自分たちの集落が、よりよくなるのはどっちだと思うのか。どっちでもいいとか、誰でもいいじゃなくて……心から、未来を託せる方に投票してほしいの」


沈黙。


誰もが彼女の瞳を見つめてしまう。


エフィナは視線を落とさずに続けた。


「シェーヴァだって、シェーヴァなりに考えて動いてた。この集落のために……ちゃんと自分のやり方で」


その言葉に、シェーヴァがわずかに眉を動かした。


驚いていた。


敵であるはずの相手が、自分を正当に評価したからだ。


「あたしも……あたしなりに動いたつもり。どっちのやり方がいいかは、みんなが決めていい」



最後にエフィナはふっと笑みを浮かべた。


その笑顔はどこまでも素直だった。


「どんな結果になっても……この集落が、少しでも良い未来へ行けるなら、あたしは受け入れる。だから……後悔しないで決めてほしいの」


その瞬間広場全体が揺れた。


「……あの子、嘘言ってないな」


「弱いって言ってるけど……強い娘だよ」


「シェーヴァの秩序も大事だが……」


「この子の言葉……なんか、胸が熱くなるな」


「未来……か……」


住民たちの目に宿ったのは、希望と不安と……“誰かを信じたい”という揺れ。


その揺れは、誰も止められないほどに大きくなっていた。

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