第84話:やるべき事
集落の一角に、簡素な寝床が用意されていた。
薄い布、硬い床。
決して快適とは言えない。
だが、エフィナは横になっても眠れなかった。
『どうせ、この継承戦が終わったらだ』
『勝った方も、負けた方も、ここなんか見もしねえ』
『魔界の王だの、偉い話だのに、俺たちは関係ねえ』
『俺たちはずっと、捨てられてきたんだ』
『だから、誰も信じねえ』
『お前らも、同じだ』
代表者に言われた事が頭の中で何度もよぎりエフィナは眠れなかった。
(どうすればよかったんだろう)
(あの人の言葉は、正しかった)
(信用できないって……当然だ)
天井を見つめ、拳を握る。
(あたしが、王になるかも分からないのに)
(守るなんて、言えるわけがない)
時間だけが過ぎていく。
そんなエフィナの様子を、隣の寝床からユナはちらりと見ていた。
「……あんまり、こん詰めすぎないようにね」
それだけ言って、目を閉じる。
「エフィはエフィのやり方でやればいいんだから」
「答えは、焦って出すもんじゃないし」
「行動の方が、向いてる人もいるから」
「エフィはエフィ。シェーヴァじゃない」
寝息が、静かに聞こえ始める。
エフィナは、布を握りしめた。
朝の空気は冷たく、乾いていた。
エフィナは、結局答えを出せなかった。
でも。
(……それでも)
(何もしないわけには、いかない)
考えるより先に、身体が動いた。
エフィナは、集落を歩いた。
・配給を受け取れず端にいた者に声をかけ
・子供たちの喧嘩を止め
・壊れかけた小屋の修繕を手伝い
・病気の者に簡易治癒を施し
魔法を誇示するわけでもなく、王だと名乗るわけでもなく。
ただ一人の“そこにいる者”として。
最初は警戒される。
視線は冷たい。
言葉は少ない。
それでも、エフィナは止まらない。
(信用してもらえなくていい)
(でも、無視はできない)
がむしゃらに、手を動かす。
少し離れた場所で、ユナはその様子を見ていた。
腕を組み、木陰に寄りかかりながら。
(うん……)
(やっぱりね)
焦らず、手も出さず。
ただ、エフィナの背中を見守る。
(“守る”って言葉)
(あの人たちは、もう聞き飽きてる)
(でも、“一緒にいる”って行動は)
(まだ、誰もしてこなかった)
集落の空気は、まだ変わらない。
けれど止まってはいなかった。
「さてと、そろそろ私も未来の魔王様の為に働きますか……」
そう言いユナはどこかに行ったのであった。
エフィナは、一人で歩いていた。
朝からずっと、集落の中を回り続けていたが、ふと気づけば、人の気配が薄れている場所に来ていた。
壊れた水路。
石は崩れ、流れるはずの水は途中でせき止められている。
その脇に小さな背中があった。
痩せていて、服は擦り切れていた。
子供は黙々と、自分より大きな石を押そうとしていた。
ゴリ、と石が動き、すぐに止まる。
「……っ」
歯を食いしばる音。
エフィナは、思わず声をかけた。
「……手伝おうか?」
子供はびくっと肩を跳ねさせ、すぐに振り向いた。
鋭い目。
警戒と、敵意と、諦めが混じった目だった。
「……いらない」
短く、突き放す声。
「大丈夫だよ。魔法も使えるし」
そう言って一歩近づくと、子供は一気に距離を取った。
「来るな!」
その声には、はっきりとした拒絶があった。
「どうせ、すぐいなくなる」
エフィナは足を止めた。
無理に近づかない。
「……水路、直したいんだよね?」
子供は黙ったまま、視線を逸らす。
しばらくして、ぽつりと呟いた。
「……どうせ、無駄だ」
「どうせ、また壊れる」
「どうせ……」
言葉が、途切れる。
エフィナは、静かに問いかける。
「……誰か、約束してくれた?」
子供の拳が、ぎゅっと握られた。
「……した」
「昔、偉そうな奴が」
「“ここを良くする”って」
「“守る”って」
唇を噛みしめる。
「……次の日には、いなかった」
子供は、エフィナを睨んだ。
「お前も、同じだろ」
「王様になるかもしれないんだろ?」
「終わったら、帰るんだろ?」
エフィナは、何も言えなかった。
この子供の言ってる事は正しい。
この戦いが終われば、自分はこの地を去る。
「守る」
「約束する」
「見捨てない」
そのどれも、今の自分には重すぎた。
だから。
エフィナは、子供の横を通り過ぎた。
子供は一瞬、驚いた顔をする。
エフィナは水路の前に立ち、膝をついた。
「……じゃあ」
小さく息を吸い。
「今日だけ、やるね」
エフィナは魔法を使わなかった。
手で、石を持ち上げる。
重く、冷たい。
何度も滑り、掌が赤くなる。
それでも、黙って動かす。
子供は、呆然とそれを見ていた。
「……魔法、使えばいいのに」
ぽつりと、言う。
エフィナは笑った。
少し困ったように。
「うん。でもね」
「こうしてやると、どこが弱いか分かるんだ」
石を一つ、ずらす。
水が、ほんの少し流れた。
「……あとで、君も直せるでしょ?」
子供は、言葉を失った。
しばらくして。
子供が、そっと近づいてきた。
「……なあ」
「お前さ」
「名前、なんて言うんだ?」
エフィナは、少し驚いてから答える。
「エフィナ」
「エフィナか……。俺はヨーグ」
「ヨーグ。名前を教えてくれてありがとう」
エフィナがニコリと笑うと、ヨーグは顔を赤らめ作業に戻った。
ヨーグは、水路を見つめる。
「……明日も、来る?」
エフィナは即答しなかった。
少しだけ迷ってから、答える。
「来れたら、来る」
正直な言葉。
ヨーグは、なぜか少しだけ笑った。
「……そっか」
「じゃあ、いい」
その背中は、少し軽く見えた。
この出会いが、集落全体を動かす“最初の一石”になることを。
エフィナ自身はこの時まだ気づいてなかった。




