第83話:信用
ユナは少し離れた所でエフィナの行動、シェーヴァ陣営の動きを一挙手一投足見逃さず見ていた。
人が、ついてくる理由。
(……やっぱり、そうだよね)
配給所は整然としている。
争いもなく、規律も守られている。
悪くない。
むしろ、統治としては優秀だ。
(秩序を作ること自体は、間違いじゃない)
ユナはそう思う。
酒場で何度も見てきた。
無秩序な場所が、どれだけ人を荒ませるかを。
でも……
(それだけじゃ、足りない)
視線を、エフィナのいる方へ向ける。
あの子は、列を見なかった。
数字も、効率も、先に見なかった。
一人の子供を見た。
(……それが、答え)
人は、秩序に従うことはできる。
でも、秩序を作った人を、好きにはなれない。
好きになるのは……
自分を見てくれた人。
(ちゃんと、名前も言わなくても)
(立場も、理由もなくても)
「見てるよ」って、伝えてくれた人。
酒場で育ったユナは知っている。
荒くれの冒険者が、
無口な商人が、
偏屈な村人が、
なぜ、ある日突然、手伝ってくれたり、守ってくれたりするのか。
それは……
(自分を、ちゃんと人として見てくれたから)
一杯の酒。
何気ない会話。
「今日どうだった?」の一言。
それだけで、人は変わる。
(人間も、魔族も)
(たぶん、同じなんだ)
ユナは、集落の人々の顔を思い出す。
疑い。
諦め。
期待しないことに慣れた目。
でも今、少しだけ違う。
エフィナの周りには、視線が集まっている。
命令じゃない。
強制でもない。
(……“ついていきたい”って顔)
(秩序は、守るためのもの)
(でも、心は……掴まなきゃ、ついてこない)
そして、心を掴むのは、剣でも、恐怖でも、完璧な制度でもない。
(ちゃんと、見てくれたかどうか)
ユナは、小さく息を吐いた。
(大丈夫)
(この勝負)
(エフィナは、ちゃんと“王になろう”としてる)
誰かの上に立つんじゃない。
誰かを従わせるんでもない。
(“一緒に立とう”としてる)
それが、人が自然と集まる理由。
(……魔王でも、ね)
ユナは、そっと微笑んだ。
その時ざわり、と空気が変わった。
配給の列でもなく、指示の声でもない。
一人の男が、前へ出てきた。
見た目的には五十を超えているくらいだろうか。
だが魔族は見た目と年齢が必ずしも合ってるとは限らない。
背は低く、服は継ぎだらけ。
だが、その目だけは――鋭かった。
「……もういい」
低く、乾いた声だった。
シェーヴァの部下たちが一瞬、警戒の色を見せる。
だが男は気にしない。
むしろ、わざとらしく唾を吐く。
「秩序だ?規律だ?」
男は笑った。
笑いというより、嘲りだった。
「聞き飽きた言葉だ」
視線が、シェーヴァへ向く。
「お前らみたいなのは、何度も来た」
「戦争屋だの、救世主だの、……名前は違えど、やることは同じだ」
拳を握りしめる。
「最初は整える。飯を配る。争いを止める。そして俺達を従わせ、利用する」
「で、利用価値がなくなったら……」
男は、ぐるりと集落を見回した。
「何事もなかった顔で、いなくなる」
ざわ、と周囲がざわめく。
それは否定ではなく共感だった。
「どうせ、この継承戦が終わったらだ」
「勝った方も、負けた方も、ここなんか見もしねえ」
男の視線が、今度はエフィナへ向く。
「そっちのお嬢ちゃんもだ」
「優しそうな顔してるが……信用できるかよ」
「魔界の王だの、偉い話だのに、俺たちは関係ねえ」
声が荒くなる。
「俺たちはずっと、捨てられてきたんだ」
「だから、誰も信じねえ」
「お前らも、同じだ」
シェーヴァは一拍置いてから、静かに口を開いた。
「……秩序を守る限り」
その声は冷静で、確信に満ちている。
「この集落は、継承戦が終わっても保護する」
「法を敷き、罰を定め、最低限の生活を保証する」
「無秩序よりは、遥かにマシだ」
男は鼻で笑った。
「“最低限”か」
「そういう言葉が、一番信用ならねえ」
だが、完全には否定しなかった。
秩序の力は、確かに魅力的だったからだ。
視線が、再びエフィナへ向く。
「……で、お前はどうだ」
「お嬢ちゃん」
「お前も、同じことを言うのか?」
エフィナは、言葉を探した。
守ると言えばいい?
約束すればいい?
でも……
(分からない)
自分に、そんな約束ができるのか。
王になるかも分からない自分が。
喉が、ひくりと鳴る。
「……あたしは……」
言葉が、出てこない。
視線が揺れ、拳が震える。
(守る、なんて)
(簡単に言っていい言葉じゃない)
エフィナは、何も言えなかった。
沈黙が落ちる。
男は、その沈黙を見て、苦く笑った。
「……ほらな」
「答えられねえ」
「それが現実だ」
背を向け、歩き出そうとする。
「どうせ、誰も……」
その背中に、集落の空気が重くのしかかる。
だが。
その場で立ち尽くすエフィナの姿を、ユナは、見守っていた。
(……ここから)
(ここからだよ、エフィナ)
この沈黙が、敗北になるか。
それとも信頼が生まれる瞬間になるか。
物語は、まさにその境界に立っていた。
集落の代表者が背を向けて去っていく。
ざわついていた空気は、次第に落ち着き、人々はそれぞれの持ち場へ戻っていった。
誰もが思った。
この場は、シェーヴァの勝ちだ、と。
秩序を示し、約束を口にし、迷いなく言い切った彼女に比べ、エフィナは何も言えなかった。
ただ、立ち尽くしていただけだった。
シェーヴァは振り返らない。
それが勝者の態度だった。
ユナはエフィナの隣に立ち、肩をすくめる。
「……まあ」
小さく、気楽な声で。
「よくやった方じゃない?」
エフィナは驚いたようにユナを見る。
「で、でも……あたしは……」
「言えなかった、でしょ?」
ユナは責めない。
咎めるどころか、微笑んでいた。
「無理に言わなくていいこともあるよ」
「守る、なんて言葉は特にね」
そう言って、背伸びをする。
「向こう側はこういう事には慣れてる。エフィは初めて?だったしこうなる事は想定内だから、安心して」
ユナはエフィナの肩をポンと叩いた。
「今日はここまで」
「これ以上やっても、空回りするだけだし」
ユナは何も気にしてない表情、エフィナは対照的に焦った表情を浮かべ俯き、その場を後にした。




