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第82話:それぞれの統治

統治継承戦エフィナVSシェーヴァ


お互いのやり方で進めていく二人。


エフィナは自分の目と足で確かめる一方、シェーヴァは部下を巧みに駆使し報告だけを聞きその都度フィードバックするやり方をしていた。


そんな折、集落の空気が、少しずつ変わり始めていた。


最初に動いたのは、怒号でも暴力でもなかった。


「……あの人、もう一度並んでください」


低い声で、シェーヴァの部下が告げる。


食糧配布の列。


これまで、早い者勝ちで奪い合いになっていた場所だった。


だが今は違う。


簡単な札が配られ、人数が数えられ、一人分ずつ、決まった量が渡されていく。


「不満がある者は、前に出なさい」


別の部下が言う。


「あるいは、問題があるなら申告しなさい。 力ではなく、順序で解決する」


ざわめきが起きる。


だが誰も殴られない。


誰も怒鳴られない。


ただ、淡々と処理されていく。


シェーヴァは、その様子を少し離れた場所から見ていた。


自ら声を張り上げることはない。


だが、全ては彼女の設計だった。


・食糧管理

・夜間の見張り

・病人・怪我人の把握

・争いが起きやすい場所の分断


「守るべき最低限」を先に整える。


希望を与える前に、混乱を奪う。


それが、彼女の統治だった。


「……落ち着いてきた」


誰かが呟く。


「今日は、奪われなかったな」


「順番、守ればちゃんと貰える」


小さな声。


だが、確実に変化していた。


“従う”というより、“任せてもいい”という感覚。


やがて、視線が自然とシェーヴァへ向く。


彼女は命令しない。


だが、逆らう理由も見つからない。


それが、最も強い支配だった。


その様子を、エフィナは歯噛みしながら見ていた。


「……早い」


思わず声が漏れる。


「もう、人の流れを掴んでる。このままだと……」


拳を握る。


「ユナ、どうする?このままじゃ、完全に主導権を取られちゃうよ」


だが。


ユナは、ただその様子を眺めているだけ。


口元には、余裕のある微笑み。


「うん、順調だね」


「……順調!?」


エフィナは振り返る。


「どう見ても、シェーヴァの一人勝ちだよ!」


ユナは肩をすくめる。


「今は、ね」


エフィナは一歩詰め寄る。


「なんでそんなに悠長でいられるの?このままじゃ、統治継承戦……」


「エフィ」


ユナは、やんわりと遮った。


「さて私は何を考えてるでしょうか?」


悪戯っぽい笑みを浮かべながら尋ねるユナ。


エフィナは言葉に詰まる。


ユナは視線を集落へ戻す。


「私はね、もう“逆転できる場所”は見えてる」


エフィナが息を呑む。


「でも、それを私がやったら意味がないから教えなーい」


ちらり、とエフィナを見る。


「これはエフィの戦いだよ。指示を出してくれたらサポートはするし、ヒントも少しくらいならあげる。でもね、私がエフィに、ああしろ、こうしろと指示は出さないわ。それじゃあ意味がないから」


ユナの胸中では、既に道筋が描かれていた。


秩序は整った。


だが、“心”はまだ誰のものでもない。


・今の統治は、正しいが冷たい

・そして長く続かない

・人は、守られるだけでは従わない

・“理解された”と感じた時、初めて心を預ける


それに気づけるかどうか。


それが、エフィナに課された問いだった。


ユナは、あえて何も言わない。


エフィナが、自分自身の言葉と行動で辿り着くのを、待っていた。


エフィナは、再び集落を見る。


秩序の中で、それでもどこか浮かべられたままの、人々の表情を。


「……」


焦りの中に、わずかな“違和感”が芽生え始めていた。


夕方に差し込む、赤黒い魔界の光。


整えられた配給所の影で、エフィナは一人、集落の外れを歩いていた。


秩序はある。


だが、そこに温度がない。


「……」


その時だった。


瓦礫の裏から、微かな音。


ごと。


何かが崩れ、小さな影がよろめく。


「っ……!」


エフィナは反射的に駆け寄った。


そこにいたのは、痩せた子供だった。


年は十にも満たない。


服は継ぎはぎだらけで、手には割れた器。


中身は空。


エフィナが膝をつくと、子供はすぐに身構えた。


「……来るな」


低く、震えた声。


「取るつもりなら、もうない」


その目には、怯えと、諦めと、


そして妙な怒りが混じっていた。


「取らないよ」


エフィナは、できるだけ柔らかく言う。


「大丈夫。あたしは……」


名乗ろうとして、言葉が詰まった。


“魔王候補”。

“統治者”。


どれも、この子には関係ない。


「……どうして、隠れてるの?」


エフィナはそう聞いた。


子供はしばらく黙っていたが、やがて、ぽつりと吐き出す。


「列に並ぶの、遅れた」


「……」


「並べって言われた。守らないと、もらえないって」


それは、正しい。


シェーヴァの秩序は、間違っていない。


「でも」


子供は、歯を食いしばる。


「弟が、朝から動かない」


エフィナの胸が、ぎゅっと締め付けられる。


「薬、取りに行ってたら……」


「戻ったら、もう、終わってた」


「……なんで、言わなかったの?」


思わず、エフィナは尋ねていた。


子供は、視線を逸らす。


「言っても、意味ない」


「決まりだからって」


「“次は守れ”って言われるだけ」


その声は、怒りではなかった。


諦めだった。


エフィナは、理解してしまった。


秩序は、人を守る。


だが零れ落ちた者は、誰も拾わない。


「ねえ」


エフィナは、そっと器を持ち上げた。


「弟さん、どこ?」


子供は一瞬、驚いた顔をしてから、集落の奥を指さした。


「……来るの?」


「行くよ」


迷いはなかった。


薄暗い小屋。


布の上で、小さな子供が、浅い呼吸をしていた。


エフィナは、静かに膝をつき、額に手を当てる。


「……熱が高い」


治癒魔法を流す。


強いものではない。


だが、確実に命を繋ぐ魔法。


呼吸が、少しずつ落ち着いていく。


子供が、目を見開いた。


「……なんで」


「なんで、そこまで?」


エフィナは、答えに迷った。


だが、最後は正直に言った。


「……見捨てられた気持ち、分かるから」


「あたしも、そうだったから」


外に出ると、いつの間にか、周囲に人が集まっていた。


「勝手なことをしていいのか?」


「決まりはどうなる?」


ざわめき。


その中で、エフィナは立ち上がる。


「あたしが何かをして向こうがどうのこうの言ってくる事は無いと思うから、そこは安心していいよ」


エフィナは目を閉じ大きく呼吸する。


「決まりは、大事」


「でも」


まっすぐ、集落の人々を見る。


「間に合わなかった人」


「声を上げられなかった人」


「一人で抱え込んだ人」


「そういう人を、“なかったこと”にする秩序なら……」


一度、息を吸う。


「あたしは、そんな秩序は拒絶する」


子供が、エフィナのを真っ直ぐ見た。


「……なあ」


「弟、助かるのか?」


エフィナは、微笑んで頷く。


「大丈夫。一緒にいるから」


その瞬間。


集落の空気が、はっきりと変わった。


誰かが、呟く。


「……この少女は、話を聞いたぞ」


「順番じゃなくて」


「俺たちを、見た」


少し離れた場所で、シェーヴァは、その光景を見ていた。


「……なるほど」


小さく、息を吐く。


「これが、彼女のやり方か」


秩序の外にある“声”。


それを拾い上げる力。


それは、暗殺者の女王である自分には、決して持てない武器。


ユナは、腕を組んだまま、微笑んだ。


(ほらね)


(やっと、見つけた)


エフィナの“王としての形”を。

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