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第80話:密会

戦闘継承戦


第二戦:「血統と深淵の相克」


闘技場に、重苦しい空気が満ちていた。


中央に立つのは二人。


片やルシエル・ヴァル・セレイン。


前魔王の血を引く者。白銀の髪をなびかせ、静かに目を閉じている。


片やヴォルツ・アビスホーン。


古い魔王派の末裔。深淵を思わせる黒角と、地を割るほどの魔力圧。


合図と同時に、空気が砕けた。


開始直後、ヴォルツが先制。


魔力を地面に叩きつけ、闘技場全体を黒い重力圏で覆う。


「魔界は選ばれし者のものだ」


ルシエルは即座に距離を取り、前魔王由来の魔術で結界を展開。


圧力を受け流しながら、最小限の反撃を繰り返す。


中盤、ヴォルツが本性を現す。


魔族至上主義の名の通り、自らの肉体を深淵魔力で侵食。


攻撃力は跳ね上がるが、制御は粗くなる。


観客席がざわめく。


終盤


ヴォルツの一撃がルシエルの結界を破り、肩を裂く。


「血だけの王など、深淵に沈め」


その瞬間ルシエルが、魔術を紡いだ。


それは支配でも破壊でもない。


魔界全域を繋ぐ“調停の魔力”。


ヴォルツの深淵が、初めて“揺らぐ”。


「……なぜ、止める」


「魔界を壊して王になる気はない」


静かな一言と共に、ルシエルはヴォルツを完全制圧。


「……くっ。降参だ」


殺さず、折らず、立ち上がれないところまで封じて、勝利。


観客席


エフィナたちは、言葉もなくその光景を見ていた。


カナトが、ぽつりと呟く。


「……派手じゃないけど、すごいな」


ユナは腕を組み、真剣な目。


「ヴォルツって人、強かった。でも……ルシエルって人は“王になる戦い方”をしてた」


エルネストは短く息を吐く。


「力だけなら、ヴォルツの方が上だった」


「だが、ルシエルは“勝った後の魔界”を見ていた」


エフィナは、胸の前で手を組んだまま、じっと闘技場を見つめていた。


「……あの人」


「私とは、全然違うタイプ」


「でも……」


小さく、しかしはっきりと。


「魔王に相応しい理由が、分かる」


勝敗が告げられ、ヴォルツは悔しさを滲ませながらも、引き下がる。


ルシエルは、観客席を一度だけ見上げ、エフィナと目が合った。


互いに、何も言わず。


ただ理解だけが交わされた。


「次の継承戦は明日。エフィナ・ルア・ファルミナスVSシェーヴァ・ネリス。形式は統治継承戦を行う。場所は試合直前に追って知らせる」


蒼陽連邦の王ジルヴァの宣言で全員その場を後にした。


宿に戻ったエフィナたちは次の継承戦についての作戦をそれぞれ考えていた。


「明日の戦いについて意見がある奴がいるなら、出して……」


「待て……」


カナトが話してる途中にエルネストが会話を制止し剣に手を添えた。


「いるのは分かってる。出てこい」


全員に緊張が走る。


それぞれ互いに部屋の中全体を警戒し、姿の見えない者を動向を伺う。


「安心しろ。今夜は刃を持ってきていない」


淡々とした声が扉の向こうから聞こえた。


ノックはない。


だが、扉は音もなく開いた。


そこに立っていたのはシェーヴァ・ネリス。


暗殺者一族の女王。


黒衣に身を包み、銀糸のような髪を背に流し、表情は一切動かない。


敵意も、殺気もない。ただ、異様なほどの静けさ。


エルネストが一歩前に出るが、シェーヴァは視線すら向けない。


ただ、まっすぐにエフィナを見る。


「話がある。エフィナ・ルア・ファルミナス」


名を正確に呼ばれ、エフィナの肩がわずかに跳ねる。


「……ここで?」


「構わない。聞かれて困る内容ではない」


そう言って、シェーヴァは部屋の中央まで歩み出る。


誰も止められない。


それほどまでに、彼女の存在は“すでに許可されたもの”のようだった。


沈黙の中、シェーヴァが口を開く。


「明日は統治継承戦だ」


「私は継承戦はこれが初戦だ。だが……」


一拍、置く。


「この形式においては、私は100%負けない」


カナトが思わず声を上げる。


「……ずいぶん、断言するんだな」


シェーヴァは初めて、わずかに視線を動かした。


「断言ではない。事実の確認だ」


ユナが眉をひそめる。


「統治継承戦は、民への施策、危機対応、資源配分、交渉、判断の速さ全部見られる」


「どれか一つでも欠けたら負けるのに?」


シェーヴァは、淡々と答える。


「だからだ」


「私は支配しない。命令もしない。感情で動かない。私は“既にある秩序”を最短で整え、不要な争いを未然に消す」


その言葉に、エルネストが小さく息を吐いた。


「……暗殺者の統治、か」


「暗殺者“だった”者の統治だ」


シェーヴァは即座に返す。


「私は、魔界で最も多くの“失敗した統治”を見てきた」


「理想を語り、情に溺れ、強さに酔い国を滅ぼした魔族たちを」


そして、エフィナを見る。


「エフィナ。お前は優しすぎる」


エフィナは否定しない。


ただ、静かに聞いている。


「統治継承戦では、その優しさは評価されない」


「民は、守られたい。理解されたいわけではない」


「だから私は負けない」


部屋の空気が、張り詰める。


しばらくして、エフィナが口を開いた。


「……それでも」


声は小さいが、はっきりしていた。


「それでも、あたしは逃げない」


「あたしが忘れてる魔界を、知ろうとすることは間違いじゃない」


シェーヴァは、初めてほんのわずかに目を細めた。


「いい返答だ。だからこそ、来た。だが……」


一拍を置いて語る。


「明日は、お前が負ける」


「その負けが、お前を“王に近づける負け”かどうか……それだけは、興味がある」


エフィナとシェーヴァは互いに視線を外さない。


「あたしが負ける前提で話を進めないで。どんなに不利な状況だったとしてもあたしは諦めない」


エフィナの決意を宿した目を見てシェーヴァはありし日々の事が唐突に脳裏に思い浮かんだ。


「もう少しだけ、話をしようか」


今度は先ほどよりも、ほんのわずかに人間味を帯びた表情になった。


エルネストが反射的に口を開きかけるが、エフィナが一歩前に出て、首を横に振る。


その瞳は、先ほどとは違っていた。


話したい。


ただ、それだけが宿っている。


シェーヴァはその視線を受け止め、静かに語り始めた。


「……記憶を失う前の、お前と私は」


一拍。


「敵であり、友だった」


エフィナの目が見開かれる。


思わず、身体が前のめりになる。


「……敵、で……友……?」


「矛盾していると思うか?」


「……ううん」


エフィナは首を振る。


「なんとなく……分かる気がする」


その反応に、シェーヴァは小さく息を吐いた。


「やはり、変わってはいないな」


「私たちは、魔界の在り方について常に意見が違っていた」


「お前は“共存”を語り、私は“秩序”を優先した」


「互いに譲らず、妥協もせず……」


ほんの一瞬、遠い過去を見るように目を伏せる。


「……討論が、喧嘩に変わったこともある」


カナトが思わず聞き返す。


「喧嘩、って……どの程度だ?」


シェーヴァは淡々と答えた。


「山が一つ、地図から消えた」


一同が息を呑む。


エフィナは、ぽかんと口を開けてから、はっとして口を押さえた。


「……え、えっと……ごめんなさい?」


「謝るな」


シェーヴァは即座に返す。


「楽しかった」


その言葉に、エフィナは驚いたように瞬きをする。


「本気ではなかった。だが、全力ではあった」


「互いに本音をぶつけ、力でねじ伏せ合い、最後には……」


ほんのわずかに、口元が緩む。


「いつも、笑って仲直りした」


その空気は、敵同士でも、ただの仲間でもない。


対等な者同士にしか生まれないものだった。


「……そんなお前が、ある日突然、消えた」


声が、わずかに低くなる。


「討たれた、捕らえられた、裏切られた……あらゆる噂が飛び交った」


「だが、私は信じなかった」


「敵に遅れを取るような者ではないと、知っていたからだ」


シェーヴァは、エフィナをまっすぐに見る。


「正直に言おう」


「継承戦の顔合わせで、お前が現れた時……」


「私は、信じられなかった」


エフィナの胸が、きゅっと締め付けられる。


「力は弱々しく、姿は幼く、存在そのものが、どこか“欠けて”いた」


「お前が“私の知るエフィナの娘だ”と言われた方が、まだ信憑性があった」


その言葉は、残酷なほど率直だった。


だが、そこに侮蔑はない。


「……でも」


シェーヴァの視線が、ほんの少し柔らぐ。


「ダルガンとの戦いを見て、私は重ねた」


「昔のエフィナと、今、目の前にいるお前を」


「勝てたのに、負けを選んだ判断。相手を否定せず、未来を切り取る選択」


「……ああ、確かに」


小さく、独白するように。


「これは、あいつのやり方だ」


エフィナの喉が鳴る。


「……じゃあ」


震える声で、問いかける。


「少しだけ……信じてくれた?」


シェーヴァは、ほんの一瞬だけ、目を閉じ


「少し、な」と答えた。


「だから、今夜ここに来た」


「これは敵としての牽制ではない」


「親友としての忠告だ」


静かな声が、部屋に落ちる。


「統治継承戦は、お前の優しさを試す場ではない」


「優しさを、どこまで制御できるかを見られる場だ」


「それができなければ、お前は負ける」


「だが……」


一歩、エフィナに近づく。


「それができたなら」


「私は、負けるかもしれない」


エフィナは、胸の奥が熱くなるのを感じながら、深く息を吸った。


「……ありがとう」


「あたし、まだ何も思い出せてないけど」


「でも……」


小さく、しかし真っ直ぐに。


「あなたの言葉、信じたい」


その言葉に、シェーヴァは一瞬だけ、懐かしそうに目を細めた。


「そうだ」


「その顔だ」


背を向け、今度こそ扉へ向かう。


「明日だ、エフィナ」


「統治者としての“今のお前”を、私は全力で否定する」


「だから……」


振り返らずに、言った。


「証明してみせろ」


扉が閉じる。


残された静寂の中で、エフィナは胸に手を当て、ゆっくりと息を吐いた。


失われた記憶の向こうで、確かに“自分は誰かと、こんなふうに生きていた”


その実感だけが、確かにそこにあった。

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