第78話:心
エフィナVSダルガンの戦いは一進一退の様相を見せる。
互いに殺さずのルールに縛られ、決定打を与えられない中、エフィナが本気を出せば勝てるか?と尋ね、エルネストは勝てると言い切り、エフィナはエルネストに本気を出すように言い、その言葉に覚悟を決めた。
エルネストは深く、息を吐く。
「これは……対魔族用のやり方だ」
剣を、ゆっくりと構え直す。
エルネストを取り巻く空気の質が、明確に変わった。
鋭く、冷たく、殺すために研ぎ澄まされた気配。
だが、その刃は、寸前で止める覚悟を宿している。
(殺さない。だが、恐怖だけは刻む)
魔族用の戦い方
エルネストが踏み込む。
一歩で、距離を詰める。
二歩で、視界から消える。
速い。
ダルガンが反応する前に、剣が炎獣将グラヴァの喉元に突きつけられた。
「止まれ」
低い声。
刹那、グラヴァの本能が叫ぶ。
(殺される)
その恐怖に、体が固まる。
同時に、ダルガンの背後。
剣先が、心臓の位置で止まっている。
「次に動けば、斬る」
殺意はある。
だが、刃は触れていない。
闘場が、凍りついた。
ダルガンの額に、冷や汗が流れる。
(……こいつ)
分かってしまった。
殺せる。
いつでも。
だが、殺さない選択をしている。
「……チッ」
歯噛みする。
「その強さ……反則だな、勇者」
エルネストは答えない。
代わりに、エフィナが言った。
「彼の強さは理解できたでしょう?」
炎は、静かに消え始めていた。
《焔獣裁決》は、勝敗の瞬間を目前にして、完全に主導権が移っていた。
あとはダルガンが、折れるかどうか。
それだけだった。
エフィナと一瞬アイコンタクトを取り、静かに頷いた彼女を見て、エルネストの中から、迷いが消えた。
次の瞬間、世界が、敵だけに絞り込まれる。
(排除する)
それ以外の思考はない。
斬る。
一閃。
炎獣将グラヴァの右腕が、根元から断たれる。
悲鳴は、途中で潰れた。
肺が、空気を失ったからだ。
続けざまに剣が返る。
鎖骨、肋、腹部。
骨を断ち、筋を裂き、内臓を避けない。
死ぬか死なないか。
そんな判断はしない。
ただ二度と戦えない状態にする。
ダルガンが怒号と共に踏み込む。
「勇者ァァァ!!」
拳が来る。
エルネストは受けない。
避けない。
斬った。
拳ごと、前腕を。
さらに一歩踏み込み、膝を断つ。
鈍い音。
ダルガンの巨体が、崩れ落ちた。
「ぐ……ぁ……」
剣は止まらない。
肩、背、脇腹。
急所を“わざと外さず”、だが致命の一歩手前で止める。
殺す意思はある。
だが、殺す理由がない。
静寂
二人は倒れた。
血溜まりの中で、呼吸だけが、かろうじて続いている。
闘場は、凍りついた。
次に割れたのは、怒声だった。
「反則だろうが!!」
「殺しにいってるじゃねえか!!」
「勇者がそんな戦い方するな!!」
ダルガン陣営の魔族達が、柵に詰め寄る。
罵詈雑言。
怒りと恐怖の混じった叫び。
カナトは、拳を強く握り締めていた。
(……大丈夫か)
エルネストの背中が、あまりにも遠く見えた。
ユナは、唇を噛む。
(これが……勇者の戦場)
エフィナは、静かに闘場へ歩み出た。
「……待って」
声は小さい。
だが、場の空気を切った。
倒れたダルガンとグラヴァの前に膝をつく。
二人は、放っておけば死ぬ。
それが、誰の目にも分かる状態だった。
エフィナは、手をかざす。
淡い光。
治癒魔法。
裂けた筋肉が繋がり、折れた骨が、軋みながら戻る。
致命傷だけを、確実に塞ぐ。
エフィナは、顔を上げた。
蒼陽連邦の王ジルヴァ、そして記録官を見る。
「質問があります」
静かに、はっきりと。
「“殺してはいけない”というルールさえ守ればいいんだよね?」
一瞬の沈黙。
「戦闘の結果、相手が死なないよう“あたしが治した”」
「これならルールに、抵触しないよね?」
記録官は、エフィナから目が離せない。
ジルヴァは、しばし目を閉じ、ゆっくりと頷いた。
「……あぁ」
場がざわつく。
「相手への治癒行為は反則ではない」
理由は、簡潔だった。
「継承戦は、“殺し合い”ではない」
「だが、“本気の戦い”を禁じてもいない」
エフィナは、立ち上がった。
闘場を見渡す。
「これが、継承戦です」
「命を奪わず、それでも、相手に敗北を刻む」
その背中を、エルネストは見ていた。
(……ああ)
(この子は)
王になる。
その確信だけが、静かに胸に残っていた。
ジルヴァが宣言する。
「戦闘は続行とする」
闘場の結界が、再び脈打つ。
ダルガンは、歯を食いしばりながら立ち上がった。
傷は塞がっている。
だが感覚が、まだ残っている。
骨が断たれた感触。
内臓を斬られた瞬間の冷たさ。
呼吸が止まりかけた恐怖。
「……くく」
喉から、笑いとも唸りともつかない音が漏れる。
(殺されかけた)
(いや殺されて、戻された)
真似できない戦法
ダルガン陣営は、戦闘特化。
回復魔術は使えない。
自力再生も、ここまでの損耗には追いつかない。
同じことはできない。
「……ふざけた戦い方を」
そう吐き捨てながらも、ダルガンの目には、怒りだけでなく理解が芽生え始めていた。
(こんな戦い方も、あるのか……。面白い)
何度も死を体験させられ、復活させられる。
恐怖を刻み、絶望を与え、それでも命は奪わない。
心を、折るための戦い。
それでも折れない理由
だが。
ダルガンは、拳を握り直す。
グラヴァは何度も殺されては復活させられる行為に完全に戦意が喪失していた。
ダルガンはグラヴァを睨みこそはするが責めはしなかった。
こんな事を繰り返され正気でいれる方がおかしい。
「……だがな」
炎が、再び体から噴き上がる。
「俺が魔王になる」
「その野心だけは、何度殺されようが、折れねえ」
踏み込む。
もう、痛みも恐怖もある。
それでも、前に出る。
それが、炎獣王ダルガンだった。
エフィナは、その姿を見つめていた。
怯えも、嫌悪もない。
ただ静かな理解。
(この人は)
(折れない)
何度絶望を与えても、恐怖を重ねても、命を奪わずとも。
野心そのものが、核になっている。
エフィナは、一歩前に出てエルネストにニコッと笑顔を向けた。
「……ここまで」
場が、ざわめく。
「この戦い、あたしたちの、負け」
ダルガン陣営が、凍りつく。
「……は?」
「何を言ってる」
「勝ってただろうが!」
観客席も、ざわつく。
治癒を使い、主導権を握り、精神的にも追い詰めていた。
明らかに有利だった。
エフィナは、ダルガンを見る。
「確かに、あなた達を倒すことはできた」
「でも……」
言葉を、選ぶように。
「あなたの“核”は、折れなかった」
「なら、この戦いでこれ以上続ける意味はないって思ったの」
「あたしは折れない者を、力でねじ伏せる王にはなりたくないの」
エルネストは、何も言わなかった。
ただ微笑んだ。
剣を下ろし、エフィナの一歩後ろに下がる。
「……なるほど」
小さく、呟く。
(だから、負けるのか)
(勝てるからこそ)
戦闘継承戦エフィナ・ルア・ファルミナスVSダルガン・ザ・ブレイズロード
勝者ダルガン・ザ・ブレイズロード




