第74話:惜別
エフィナとカナトはいつも通り酒場の開店準備をしていた。
エフィナが床掃除をしていると頭に優しい声が響いた。
《エフィナ。聞こえますか?エフィナ》
エフィナはその声が以前助けた大樹の声だと気づいた。
外に出て大樹がある方向を見てエフィナは話しかけた。
「どうしたの?」
《継承戦の事を森の木々や動物達から聞きました》
エフィナは驚いた。
継承戦の事は外に漏らしてはいなかったはずなのに大樹にまで伝わっていたのだ。
《あなたを心配している者達はあなたが思っている以上にいるのですよ?あなたは皆に優しかったから》
大樹の言葉にエフィナは心が温かくなるのを感じた。
「それで、あたしに何か用?」
《以前、私を助けてくれたお礼をすると言ったのを覚えてますか?》
エフィナは頭を横に傾げた。
《そのお礼を今したいと思うのですが、私の元まで来れますか?》
「今から!?」
《はい。きっと継承戦のお役に立つかと……》
そう言われたエフィナは少し考えた後、一仕事終わったら行くと言い、大樹も了承した。
エフィナはカナトに大樹の所に行きたいと話し、快く賛成してくれた。
エフィナとカナトはテキパキと仕事を終わらせ大樹の元に向かった。
大樹の元に着いた二人は大樹を見上げた。
エフィナはカナトの手を握り大樹に話しかけた。
「来たよ」
《待っていました。来てくれて感謝します》
「あたしに渡したいものって何?」
《あなたの印を私の前に》
エフィナは大樹に言われて手首にある”印”を大樹に向かってかざした。
すると大樹が黄金に輝き光が”印”の中に吸い込まれていく。
《あなたに私の力を授けました。私の力は”癒し”。それをどう使うかはあなたにお任せします。あなたなら必ず正しく有意義に使ってくれると信じています》
「うん、確かに受け取ったよ。あたし頑張るね」
《はい。あなたにこの世界の命運を託します》
大樹の葉がまた風に揺れ、エフィナにエールを送ってるかのようだった。
村に戻ったカナト達の家にラディウスが尋ねていた。
「おかえり。帰ってきて早々にすまないが継承戦について詳しい事が決まったので急ぎ伝えにきた」
カナトとエフィナに緊張が走る。
「日時はこれから一週間後。場所は魔界の魔王城。継承戦は顔合わせ後に説明すると言う事だ」
「話は分かりましたが、魔界にはどうやって……」
『それなら我に任せろ』
エフィナの頭の中に魔王の残滓の声が響いた。
「残滓?」
『我が留まってる真下に魔界に繋がる道がある。そこからなら比較的安全に魔界に行く事ができる』
「少しは危険って事?」
『エフィナよりは、どちらかと言うと勇者、カナト、ユナの人間組が危険を伴う可能性がある』
「どういうこと?」
『エフィナは経緯がどうであれ人間界に来た時点でパスができている。おそらく本能で魔界までへの道のりがわかるはずだ。だが初めて魔界に行く人間達にはそれがない』
「それならどうしたらいいの?」
『決してはぐれるな。さまざまな妨害があるだろうが、エフィナがいれば、エフィナ自体が道標になる』
エフィナはごくりと喉を鳴らす。
そしてカナトの方に振り返り残滓の声が聞こえないカナトに、残滓から聞いた言葉をそのまま伝えた。
カナトは拳を握り震わせていた。
しばらくしてカナトは大きな深呼吸をしエフィナを見た。
「分かった。行こう!!エフィナの全てを取り戻しに」
「無理してない?」
エフィナは心配そうにカナトの顔を覗き込んだ。
「無理は、してると思う。どこまでもついて行くって言っときながら、いざ間近に迫ってきたら少し怖くなってきた。なんせ魔族や魔物が当たり前にいる魔界に行くんだから」
エフィナは俯いた。
カナトは俯いているエフィナの肩を優しく掴んだ。
「でも怖いって気持ち以上にエフィナを助けたいって気持ちの方が大きい。だから俺は行く」
カナトの言葉にエフィナは目に涙が浮かんだ。
「ありがとう。カナトの事はあたしが絶対守るから」
小さな体で胸を張るエフィナを見てカナトの緊張は少し和らいだ。
『エフィナ安心しろ。魔王城から繋がっている道は魔界の魔王城だ。魔物にも会う事はないし、魔族達も候補者の部下ばかりでおそらく手出しはしてこぬはずだ』
残滓の言葉を聞いて少し安心したエフィナ。
急いでこの事をユナとエルネストに伝えに行った。
二人はある程度の準備はできていたので、ついに来たかと落ち着いていた。
ラディウスはジルヴァ王と共に別ルートで行くためカナトに挨拶だけしすぐにとんぼ返りしていった。
カナトも急いで身支度を整え、余裕を持って翌日には出発することになった。
翌日早朝
エフィナ、カナト、ユナ、エルネストは酒場の前に集まり、ジュードに激励を飛ばされ魔王城へと出発した。
前回呼ばれた時と同じで道中は特に危険もなくあっさりと魔王城に辿り着いた。
『覚悟はよいか?今から言う事は試すつもりではない。事実だ。一度魔界に行けばもう二度とこの大地を踏む事は出来ぬやもしれぬぞ?』
残滓の言葉に一同は”死”を連想した。
継承戦が始まり、終わった時、もしくは途中でも戦うことができなくなった時、自分達に待っているのは悲惨な最期だろうと言うのは容易に想像できた。
それでもカナト達の決意は揺るがなかった。
エフィナを勝たせる。
その思いを胸に抱きカナト達は一歩踏み出す。
エフィナもそんなカナト達の思いを察し一歩踏み出す。
『良い目だ……。其方達ならどんな困難でも乗り切れるであろう』
残滓は嬉しそうな声を出し、揺らぎ、存在が消え始めた。
「え?」
エフィナが驚くとエフィナだけに聞こえるように残滓は話し始めた。
『我は何故今まで残滓として現世に留まっているのか分からなかった。最初は復讐する為なのかとも思った。
実際”憎悪”と”野心”の残滓が復讐はしようとはしたしな。それでもエフィナ達の頑張りでその残滓達は消滅した。その時に我も同じく消滅すると思った。だが生き残った。ますます分からなくなり、今日に至るまでずっと考えていた。そして今日我はこの時の為に存在していたのだと確信した。お前達を無事魔界に送り届ける為に』
エフィナも残滓にだけ聞こえるように頭の中で話す。
(残滓……ううん。あなたの名前を教えて?)
『ふっ。我の名前などどうでもいい。他の魔族と同様暴力でしか支配できなかった我の名など』
(だとしてもどうでも良くない!!あたしはあなたを覚えていたい。心に刻みつけておきたい。あなたと一緒に戦いたい)
残滓はしばらく黙り、やがて優しい声を出した。
『アストレア・ヴァル・セレイン』
残滓の揺らめいていた姿が人の形を成しエフィナの前に現れる。
その姿は鎧風の衣装を身にまとい、肌はやや白みがかっており二本の角に長い深い紫色を帯びた髪、目は鋭く金色の瞳をしており、魔族特有の牙が生えていた。
威圧感と同時に神秘的な雰囲気も同時に醸し出していた。
エルネストと戦った時は恐怖そのものの存在だったんだろうが、
今のアストレアからは不思議と恐怖は感じなかった。
『任せたぞ。エフィナ』
魔界への道が開き、その直後残滓が消えた事にカナト達は気づき、エフィナは膝をつき涙を流していた。
「エフィナ、残滓は……」
カナトがエフィナの肩を触る。
「残滓は……アストレアはあたしたちが無事に魔界に行けるように……」
エルネストは魔界への道を哀愁の表情を浮かべながら見ていた。
「魔王アストレア、別の出会い方をしていれば俺達はどうなってたんだろうな……。いや考えるだけ野暮か。俺達は殺し合う運命にあった。それだけだ」
エフィナは涙を拭い新たに決意を宿しカナト達に振り返った。
「行こう魔界に」
カナト達が頷き、エフィナと離れないように手を繋ぎ魔界への道に入った。




