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第73話:出来ること

フィリア村は今日も平和だった。


最近は魔王城へ財宝を求める冒険者も落ち着きを見せ始めていた。


「もうあらかた取り終わったのかしら?」


ユナは顎をモップの柄に乗せ店の中から外を眺めていた。


カナトも店の掃除をやりながら外を見る。


「まあその方がいいよ。今の魔王城自体不安定みたいだし」


エフィナが定期的に残滓と話しているみたいで、残滓曰く、魔王城が日に日に不安定感を増してるらしくいつ何かが起こってもおかしくないらしい。


それでも財宝目当てに魔王城を目指す冒険者は後を絶たない。


一時に比べれば素行は幾分かマシにはなった。


ユナとジュードの恐ろしさを酒場で味わい、勇者エルネストが目を光らせてくれてるおかげだ。


今ではユナを見るだけで冒険者は直角に腰を折り頭を下げる様子まで見られる。


初めてその場面を目撃したカナトとエフィナはユナから少し離れた。


ユナは赤面しながら冒険者達に苦笑いし、カナトとエフィナに弁明していた。


「すごかったよね。ユナ姐さんだって」


エフィナは思い出し笑いをしながらユナを見た。


「エフィーー?」


ユナはエフィナの両方のほっぺを引っ張った。


その様子をカナトは微笑ましく見ていた。


「こんな時間がいつまでも続けばいいのにな……」


酒場の清掃が終わったカナトは一人で次の仕事に向かっていた。


畑の野菜の収穫を年老いた村人の代わりにやってあげていた。


「毎回すまんのお。カナト」


「いいよ、いいよ。体動かすのにちょうどいいし」


カナトは次々と野菜を収穫し昼過ぎには今日の分の野菜を取り終えた。


「ありがとうな。ほれ少しだけじゃが野菜を持っていけ」


村人はザル一杯の野菜をカナトに渡した。


「ありがとう。遠慮なくいただくよ」


カナトは野菜を受け取り一旦家に帰りキッチンの脇に野菜を置き、休憩した。


しばらくしたらエフィナも帰ってきてさっきの野菜を使って一緒に昼食を食べた。


夕方の森は、日が傾き始めていて、土の匂いが少し湿り気を帯びていた。


その場所で、エルネストは一人、剣を振っていた。


無駄のない所作。力強さよりも、正確さと迷いのなさが際立つ動きだった。


その背中を、カナトはしばらく黙って見つめてから、一歩踏み出した。


「エルネストさん」


名を呼ぶと、剣の動きが止まる。


彼は振り返り、汗を拭いながら穏やかな視線を向けた。


「どうした、カナト」


カナトは一瞬、言葉を選ぶように唇を噛み、そしてはっきりと言った。


「俺を……鍛えて下さい」


エルネストの眉が、わずかに動く。


「継承戦までに、少しでも強くなりたい。エフィナを、守れるくらいに」


その言葉には、焦りと決意が混じっていた。


握る手も、無意識に力が入っている。


エルネストは、しばらく黙ってカナトを見ていた。


値踏みするようでも、見下すようでもない。


ただ、現実を見る目だった。


やがて、彼は首を横に振った。


「断る」


短く、きっぱりとした答えだった。


「……どうして」


カナトの声に、わずかに苛立ちが滲む。


エルネストは剣を鞘に納め、近くの木陰に腰を下ろした。


「理由は簡単だ。今から鍛えても、継承戦では何の役にも立たない」


その言葉は、容赦なく、しかし誠実だった。


「俺が今から鍛えた所でたかが知れている。稽古というのは、半年、一年とかけてようやく意味が出るものだ。短期間で身につくのは、せいぜい癖と慢心だけだ」


カナトは唇を強く結び、何も言えなくなる。


エルネストは続けた。


「短期間で劇的に強くなるなんてのはおとぎ話の中だけさ」


「それに……」


彼は視線を逸らし、遠くの空を見た。


「継承戦は、剣の腕前を競うだけじゃない。魔界の王位だ。出てくる連中は、人の努力が通用する相手じゃない」


沈黙が落ちる。


カナトの胸に、悔しさが溜まっていく。


「じゃあ……俺は、何もできないのか」


その言葉は、弱音に近かった。


エルネストは、ゆっくりと首を振る。


「違う」


立ち上がり、カナトの正面に立つ。


その距離は近いが、圧迫感はない。


「お前には、お前にしかできないことがある」


「俺にしか……?」


「そうだ」


エルネストの声は低く、確信に満ちていた。


「お前は、今回に関してはエフィナの“剣”にはなれない。だが“支え”にはなれる」


カナトの目が揺れる。


「お前は、初めから人として彼女と向き合っている。恐れず、見下さず、利用もしない。それが、どれだけ異常で、どれだけ貴重か……」


エルネストは、カナトの胸を指で軽く叩いた。


「継承戦までの短い時間、剣を振るより、考えろ。見ろ。聞け」


「……何を」


「エフィナが何を恐れ、何を選ぼうとしているのか。そして、お前自身が何を守りたいのかだ」


夕暮れの光が、二人の影を長く伸ばす。


「強さには、いろいろある」


エルネストは、最後にそう言って微笑んだ。


「お前はもう、戦場に立つ資格を持っている。それを、剣で証明する必要はない」


カナトは何も言えなかった。


ただ、拳を握りしめ、ゆっくりと息を吐く。


悔しさは消えない。


だが同時に、胸の奥で、別の火が灯るのを感じていた。


俺にしか、できないこと。


その言葉が、重く、そして確かに胸に残っていた。


夜、カナトは家に帰ってきてからずっと一人で自分の強みについて考えていた。


その様子を見ていたエフィナはカナトを散歩に誘った。


小高い丘に二人で座り、しばらく星を二人で眺めていた。


「カナトが今何に悩んでるか聞かせてほしいな?」


エフィナはニコッと笑いカナトを見る。


カナトはエフィナに今日あった事を一通り話した。


「……結局さ、俺って何ができるんだろうな」


ぽつりと零した言葉は、誰に向けたものでもなかった。


剣を握ってもエルネストには及ばない。人の心を読む力ならユナがいる。戦略や政治はラディウスや王たちの領分だ。


自分はただ、成り行きでここまで来ただけの村人だ、そう思っていた。


隣に座っていたエフィナが、星を見つめたまま静かに口を開く。


「……それ、本気で言ってる?」


カナトは肩をすくめた。


「本気だよ。俺が継承戦で役に立つ未来が、どうしても見えなくてさ」


エフィナは少しだけ困ったように笑い、カナトの方を向いた。


その赤い瞳は、いつもの無邪気さではなく、深く静かな色をしていた。


「ねえカナト。あの日、処刑台で、私が“助けて”って言った時……何を考えた?」


「……助けたいって、それだけだ」


「違う」


きっぱりと言い切られ、カナトは言葉を失う。


「“助けたい”だけじゃない。“それが正しいかどうか”を、ちゃんと考えてた」


エフィナは指先で自分の胸を軽く叩いた。


「私はね、あの時……怖かった。魔族として裁かれるのも、死ぬのも、もちろん怖かったけど……

一番怖かったのは」


一瞬、言葉が途切れる。


「自分が“魔族だから仕方ない”って、誰かに決められることだった」


「でも、カナトは違った。私が何者かより、“何をしてきたか”を見てた。それを、誰の前でも曲げなかった」


カナトはゆっくりと顔を上げる。


「そんな大層なことじゃ……」


「大層だよ」


エフィナは、今度ははっきりと笑った。


「ユナは人の心を掴む。エルネストは剣で道を切り開く。でもカナトは、

“立場の違う相手同士を同じ場所に立たせる”ことができる」


「……俺が?」


「うん」


エフィナは頷く。


「権力も血筋もないからこそ、あなたの言葉は嘘に聞こえない。正義を振りかざさないから、相手は耳を塞げない」


少し間を置いて、エフィナは小さく息を吸った。


「それに……」


声が柔らかくなる。


「あたしがあたしでいられる理由、全部あなたなんだよ」


カナトの胸が、ぎゅっと締め付けられた。


「王になれって言われても、魔界を背負えって言われても……あなたが“普通に生きたい”って言ってくれなかったら、私はきっと壊れてた」


カナトは言葉を探し、見つけられず、ただ首を振る。


「……俺は、何もしてない」


エフィナはカナトを、まっすぐに見据えた。


「してる。今も」


そして、静かに告げる。


「カナトの強みはね、戦わないことじゃない。“選ぶこと”だよ。誰を守るか、何を許さないか、

どう生きるか――全部、自分で選んでる」


夜風が吹く。


「継承戦で、剣を振るうのはあたしたち。でも、“何のために戦うか”を忘れさせないのは、あなた」


カナトは、しばらく黙ったまま焚き火を見つめていた。


胸の奥にあった重さが、少しずつ形を変えていく。


「……俺、逃げてただけかもしれないな」


「逃げてたなら、ここまで来てない」


エフィナはそう言って、肩を預ける。


「だから一緒にいよう。剣じゃなくて、言葉で。王じゃなくて、人として」


その静けさの中で、カナトは初めて自分が“無力ではない”と、はっきり実感していた。

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