第72話:五人の魔王候補
魔王候補①エフィナ・ルア・ファルミナス
エフィナは今日も酒場での仕事を楽しくこなしていた。
「おかえりなさい」
エフィナはとびっきりの笑顔で冒険者を迎え入れていた。
今日は珍しく顔馴染みの冒険者達ばかりが酒場に集まっていた。
エフィナの笑顔に冒険者達は顔が緩み、一日の疲れが吹き飛ぶような気分だった。
エフィナは笑顔でお冷を出し、注文を聞いた後、カウンターにいる酒場のマスター、ジュードに伝えた。
そんな様子を冒険者達は微笑ましく見ていた。
「いつ見ても可愛いよな、エフィナちゃん」
「ああ、まさしく下界に降りてきた天使だ……。魔族だけど」
「馬鹿っ!!そんな事どうだっていいんだよ。魔族だろうと天使だろうと、エフィナちゃんはエフィナちゃんなんだよ」
「分かってるよ。カナトが羨ましいよ。あんな可愛い子と一つ屋根の下に住んでんだろ?殺意が湧いてくるぜ」
「それに関しては激しく同意だ」
たくさんの冒険者達がカナトを一斉に睨む。
カナトは背中に殺気を感じ、ビクッとするが振り返らず裏に入り皿洗いにいった。
「私は?」
冒険者の一人の背後に笑顔でユナが笑顔で仁王立ちで立っていた。
笑顔ではあるが何とも言えない迫力感が笑顔に混じっていた。
「もももももも、勿論、ユナもこの酒場の看板娘だから可愛いぞ」
冒険者は冷や汗を全身からダラダラと垂らしながら答える。
「分かってればよろしい」
ユナは満足して他の席に料理を運びに行った。
冒険者が安心してると、視線を感じそちらを見るとジュードが鬼のように鋭い視線を送っていた。
(娘に手を出してみろ。分かってるよな?)と言わんばかりの視線に冒険者はまた冷や汗が止まらなくなった。
エフィナはそんな酒場のやり取りを少し離れたところで見ていた。
(こんな日々がいつまでも続けばいいのに……。その中にあたしもいれればなぁ……)
エフィナは少し寂しそうに冒険者やユナを眺めた。
「エフィナちゃん!!お酒おかわり」
冒険者の一人がエフィナに向かって大きな声で言う。
「は〜い♪」
エフィナは笑顔で温かい空気が包み込む場所に戻っていく。
魔王候補②ダルガン・ザ・ブレイズロード
魔界最大の武力派閥を束ねる過激派の筆頭。
魔界南部
火の海が渦巻く戦獄荒原。
噴き上がる灼熱の柱と、黒煙に包まれた大地。
そこに、ひとつの巨大な野営陣が築かれていた。
何千もの兵が炎を纏い、咆哮し、鍛錬し、叫ぶ。
その中心に、ダルガンは立っていた。
筋骨隆々とした獣の体躯、炎の鬣のように揺れる赤黒い髪。
その両眼は、憎悪の熱を宿している。
彼は何十人もの魔族参謀達に囲まれ、継承戦に向けた準備を進めていた。
「我らは勝つ。そして人間界を焼き尽くす。生き残った者は”使ってやる”」
静かで低く、底冷えするほど冷静な声。
ダルガンは戦争狂ではない。
目的のために手段を選ばない合理主義の支配者だ。
人間との共存など最初から頭にはない。
弱者は強者に従うのみ。
それが彼の確固たる思想だった。
「俺様は必ず、魔界の頂点に立つ!!未来の王について来い」
ダルガンの手下達は雄叫びをあげる。
「どんな野郎が来ようが、俺様が喰らい尽くしてやる」
魔王候補③シェーヴァ・ネリス
秩序を重んじる影の支配者。
魔界北部
薄闇に沈む迷宮都市“ネリスフォール”。
そこは全てが静かで、全てが監視され、全てが秘密に包まれている。
冷ややかな霧が路地裏を満たし、人の気配はあっても声がない。
その中心に、光無き玉座がひっそりと存在した。
座しているのはシェーヴァ。
銀色の滑らかな髪。
細い指先。
感情を映さない血色の唇。
まるで氷花のごとく冷たい女。
継承戦自体に興味は薄い。
だが彼女は王座を必要としている。
「魔界の秩序は保たねばならん。魔界の魔王城と人間界の魔王城の重なり……。何者の策略か……」
シェーヴァは独り言のように呟く。
「それも私が魔王になれば杞憂になる。あるいは突如姿を消した”あやつ”なら……」
シェーヴァは憂えるように空を見上げた。
魔王候補④ヴォルツ・アビスホーン
魔族至上主義者、だが理性ある現実主義者。
魔界西部
巨大な闇の洞窟聖域。
そこには古代の魔王石が祀られていた。
蝋燭の揺らぐ青い炎が洞壁を照らし、広間中央に魔族達が集う。
祭壇の前に佇む。
黒き角と深紅のマントを羽織る老齢の男。
ヴォルツ・アビスホーン。
古代魔王の血脈を継ぎ、純粋な魔族の高位家門の代表。
彼は魔族至上主義ではあるが、理性と判断力を忘れない男だった。
「人知れず魔王は生まれていた。だが前魔王までは表立って動く事はなく、裏から魔界を牛耳っていた。昔の馬鹿な魔族達は魔王の掌で踊らされている事にも気づかず、自分達があたかも魔界随一の実力者などとのたまっていた。実に滑稽」
ヴォルツは集まっている魔族達に言い聞かせるように話す。
「ダルガンの思想は魔界に軋轢を生む。シェーヴァは影に潜るだけ。ルシエルは捉え所がない。だがいずれも魔王としての資質はある。あの”三人”と争うのは、ちと骨が折れるの」
魔王候補⑤ルシエル・ヴァル・セレイン
蒼い月光が降り注ぐ天空城。
魔界中空に浮かぶ宮殿、その頂きで、ルシエルは一人静かに瞑目していた。
長い銀髪。
透明な皮膚。
星光のような輝きを宿す瞳。
誰よりも魔王の血脈を濃く持ち、誰よりも何も望まない男。
目を開きゆっくり歩み出し、魔界全体を見渡す。
「誰が魔王になろうとどうでもいい……。どうせ何も変わらん」
従者も持たず、宮殿に一人でいるルシエル。
全てを諦めているその目には魔界はどう映ってるのか……。
「面倒くさいが出るからには、楽しませてもらうとするか」
刻々と迫る継承戦。
それぞれの思惑が入り乱れる。
世界の在り方を決める、思想の戦い。
炎か、闇か、純血か、統一か。
そしてエフィナか。
世界はすでに揺れ始めている。
王が決まるとき、世界が別の形へ変わる。




