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第7話:呼び声の先に

ある晩、エフィナはふとした調子で言った。


「……行かなきゃ」


俺は椅子から顔を上げる。


「どこへ?」


「お城。あの黒い大きいやつ」


「魔王城のことか?」


「うん。呼ばれてるから」


声色に不安はなかった。まるで、日向に出たから庭に行く、というくらいの自然さだった。


俺はしばし黙り、それから苦笑して立ち上がった。


「なら……俺も行く。けど俺達2人じゃ道中や魔王城にいる魔物に太刀打ちできないと思う。冒険者に同行してもらうし、もし冒険者がいなかったら諦めるいいか?」


エフィナは小さくうなずいた。


翌朝


酒場に行くとガルドさんが親父さんが楽しそうに話をしていた。


「おう、カナ坊にエフィ嬢ちゃん。今日も酒場の仕事か?」


俺はガルドさんに近寄りお願いをした。


「ガルドさん、俺達を魔王城まで連れて行ってくれませんか?」


ガルドさんと親父さんは真剣な表情になった。


「何でだ?」


俺は最初、適当にはぐらかそうとも考えたがガルドさん程の冒険者にそれは通じないと思った。


「呼ばれてるから」


エフィナはガルドさんをまっすぐ見つめた。


「……付き合ってもらえますか」


しばし沈黙のあと、ガルドさんは肩をすくめた。


「まったく……仕方ねぇ、付き合ってやるさ」


「ありがとうございます。依頼料はは少ないですがこれで」


俺は少ない銅貨が入ってる袋をガルドさんに差し出した。


「いい、いい。カナ坊にはいつも愚痴とかに付き合ってもらってるし、魔王城なんて観光に行くもんだし。でも魔王城で見つけた物は貰うぜ」


「はい、宝には興味ありません。でいいんだよなエフィナ?」


俺は一応エフィナに聞いてみたがエフィナはにっこり笑い強くうなずいた。


「大丈夫、わたしはお話しができたらそれでいい」


「お話しって、魔王城で誰かと会う約束でもしてんのか?」


「してないよ。でも、わたしを呼んでる声が聞こえるから行くの」


「よく分かんねぇけど、エフィ嬢ちゃん直々の依頼だ、任せとけ」


ガルドさんは胸を叩いた。


「ありがとう、ガルド」


エフィナは満面の笑顔でガルドさんを見た。ガルドさんもへへへとエフィナを見た。


「ガルド”さん”だろ。エフィナ」


俺はすかさず注意するが、がるどさんは気にしてない様子だった。


親父さんが俺の肩を叩き、耳打ちしてきた。


「分かってると思うが、エフィナが魔族だって事は……」


「うん、絶対にバレないようにする」


「それと護身用に武器は持っていけ。そんな強い魔物はいないしガルドがいるから大丈夫だとは思うが……」


「それなら大丈夫」


俺は腰にかけてる短刀をチラッと見せた。


話を裏で聞いていたユナが出てきた。


「気をつけてね。エフィの事しっかり守ってよね」


俺はうなずいた。


こうして俺達は村を離れ、朝日に照らされた古戦場を抜けていった。


折れた槍や錆びた剣が、草の間から顔を出している。


俺は口を開く。


「ここで……勇者達が戦ったんですね」


ガルドさんは足を止め、足元の石を蹴った。


「ああ。俺もあの時は近くの街で、物資を運んでた。……あの時の空は、今でも忘れられねぇ」


エフィナは小川に石を投げて、跳ねる水を眺めていた。


「でも、もう静かだよ。ほら」


その言葉に、俺とガルドさんは小さく息をつき、歩を進める。


道中、魔物が幾度か現れたが全てガルドさんが片付けてくれ、魔王城に辿り着いた。


魔王城は、廃墟のように静まり返っていた。


瓦解した塔、ひび割れた石壁、蔦に覆われた大門。


「……ここが、魔王城か。想像以上に廃れてますね」


俺は魔王城を見上げる。


「まぁな。時々、俺みたいな冒険者は来るが、ほとんどが宝目当てだからな」


中に入ると、廊下は静まり返り、足音が反響した。


砕けた鎧や武器、ちぎれた旗が床に散らばり、時おり窓から差す陽がそれらを照らした。


「魔王城だからな。道中にいた魔物とは少しレベルが違う。油断してやられっちまう連中もいる」


ガルドさんが警戒をしてくれつつ、エフィナは迷うことなく進む。小さな背中が、やけに頼もしく見えた。


重い扉を押し開けると、冷たい空気が三人を包んだ。広間の奥には、かつての魔王が腰かけていたであろう玉座がある。


玉座の間に足を踏み入れると、埃が舞い、長い年月を思わせる沈黙が漂った。瓦解した天井からは陽光が差し込み、黒石の玉座をぼんやり照らしている。


その時、エフィナが小さく首を傾げた。


「……呼んでる」

 

俺とガルドさんが反応するより先に、広間の空気が震えた。瞬間俺とガルドさんの意識は途切れた。

 

そして意識が戻るまでの経緯はエフィナに後々聞いた話によれば……。


玉座の影が膨らみ、揺らめく。人の形をしているようで、していない。


その“影”は低く響く声で、ただ一人に向けて言葉を投げかけた。


『……幼き我が血脈よ』


エフィナの瞳が揺れる。その声には命令も、感情もなく、ただ存在を認める響きがあった。


『我は滅びた。だが、血は途絶えていなかった。この地に残る力は、お前を記すためにある』


広間の床に刻まれた古い文様が光を帯び、円を描くように広がっていく。


エフィナの小さな足元を囲む光は、まるで呼応するように淡く脈打った。


「わたしに何かしてほしいの?」


影は続ける。


『次代を望むものではない。ただ……忘却に抗うために、ここに留まった。お前が歩む先を、我は知り得ぬ。だが……この印が証とならん』


光が集まり、エフィナの手首に小さな紋が刻まれた。それはまるで、古い鍵穴のような形をしている。


「これは?」


『血脈よ。お前に刻まれた“印”は、封印を開くための鍵……。そして、閉じるための楔でもある。その力をどうするかはお前に任せる。使わないのならそれもよし。だが、お前がここにいる限り……世界は、その選択をお前に強いるだろう』


影が少しずつ消え始めた。


「またお話しできる?」


『お前が望むなら……。我はいつでもここで待つ』


やがて影は完全に形を失い、広間に静けさだけが戻った。エフィナは自分の手首を見つめて、小さく呟く。


「……あったかい声だった」


俺とガルドさんは何が起こったか分からなかったが、エフィナの表情を見て察した。


「帰ろう」


「もう終わったのか?」


「うん」


エフィナはその一言だけ呟いた。


「ん?もう帰還して大丈夫な感じか?」


「ありがとう」


「やれやれ……エフィ嬢ちゃんは本当に不思議だな」


帰り道、俺はぽつりと尋ねる。


「エフィナ……怖くなかったのか」


「だって、ふたりが一緒だったから」


ガルドさんは前を歩きながら小さく笑った。


「俺は案内しただけだ。お前達2人はよく頑張ったよ」


村の灯りが見え始めたころには、空にはもう星が散らばっていた。魔王城での出来事は、まるで夢の中の出来事のように思えた。ユナが酒場の前で待っていた。


「遅い!」


怒るような声に、俺は言葉を詰まらせる。


代わりにエフィナが嬉しそうに言った。


「お城すごかったよ。大きくて、壊れてて、ちょっと暗かったけど。ガルドもすごかったんだよ!魔物をいっぱい倒したんだよ」


ユナは目を丸くし、それから深くため息をついた。


「……もう、本当に何を言ってるのか。心配して損した」


それでも声色には安堵が混じっていた。


ユナがエフィナをぎゅっと抱きしめる横で、ガルドさんは肩をすくめ、親父さんへ視線を送った。


「おいジュード、俺の酒、まだ残ってるだろうな」


「……ああ。じっくり聞かせてもらうぞ」


そうして、魔王城での奇妙な旅。俺にとっての初めての冒険は、無事何事もなく静かな村の日常へと溶け込んでいった。

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