第68話:蒼陽連邦の王
魔王の残滓から次の魔王候補を決める戦いが迫ってると聞かされるカナト達。
エフィナも魔王候補の一人だと知り、エフィナは動揺を隠せなかった。
『魔王城の異変は魔王候補の誰かの仕業だろ。目的は人間界への侵攻と支配』
「次の魔王候補の強さは?」
エルネストが残滓に尋ねる。
『まあ、我に匹敵しているのはまず間違いないとして、エフィナの記憶を封印した者は我より上だと考えても良いだろう』
「候補者の人数は?」
『分からぬ。エフィナともう一人は確実だが、ここからどれだけ増えるか……』
エルネストは何かを考えるように黙り込む。
残滓も何も言わずただ揺らめいている。
その沈黙がカナト、ユナ、エフィナにより一層緊張感を与えた。
「ふうー、今あれこれ考えても仕方がないし、俺個人でどうにか出来る問題でもないか……」
空気が少し和らぎ、話は一旦終了となった。
これからの対策に関しては村に帰ってから考える事にした。
『我はできればエフィナになってほしいと願う。エフィナは人間と魔族のあり方を変えてくれる存在だと思ってる』
カナト達は先日あった聖ヴェリシアとの戦いを思い出した。
「それに関しては少しずつだけど変わってきてると思う」
カナトが魔王の残滓に伝える。
『そうか、それならばよい』
残滓の声はとても穏やかに聞こえた。
エルネストが残滓に一歩近づいた。
「俺は、お前を倒した事に後悔はない」
突然そんな事を話し始めるエルネストにカナト達はきょとんとした。
エルネストの鋼のように固い声。
だが次の言葉は、少しだけ弱かった。
「しかし……あの日のお前の最期の表情が、忘れられないんだ」
残滓が静かに問う。
『最期……?』
「ああ。お前は死に際に笑っていた。敗者の笑みではなかった……まるで、“これでやっと、終わる”と安堵したような」
残滓がわずかに揺れた。
エフィナとカナト、ユナは息を止め、二人の対話を聞き続ける。
残滓はゆっくりと答えた。
『我は今残滓だ。当時の事はもう朧げだ。……だがあれは、おそらく”満足感”だ強敵に出会い、全力で戦い、敗北した。悔しい気持ちもあったとは思う。”野心”の部分は貴様を恨んでいたはずだ。だが今の我、”理性”の部分はとてえも心が満たされた。負けて悔いなしと』
「最後に……もう一つ聞かせてくれ。お前はあの日、俺に討たれて……本当に、それで良かったのか?」
霧が揺れ、かつて魔王だった影が微笑んだように見える。
「ああ。先ほども言っただろ、悔いなしと。お前があの時我を倒したからこそ、今の我がいる。それで十分だ」
エルネストは眼を閉じ、小さく呟いた。
「……魔王自身がそう言ってくれるなら、勇者冥利に尽きるよ」
魔王の残滓は静かに消えゆくような気配を漂わせながら、最後の言葉をカナト達へ向けて伝える。
「異変の根は魔界にある。貴様達がそれを正すのなら再び、お前たちの道は魔界へ繋がるだろう」
カナト達は決意を新たにするのであった。
時間は少し遡り……。
蒼陽連邦・王城
白銀の宮殿の最奥、濃紺の絨毯が敷かれた謁見の間に、ラディウスは深く頭を下げた。
彼の前に座すのは、蒼陽連邦を統べる王。
その姿は人間に近いが、額には淡い蒼光を帯びた角が一本。
瞳は夜空のように深く、理性と威厳が見えた。
彼は魔族だがその素性を知るのはラディウスだけである。
しかし暴虐の魔王とは正反対の姿で、温和にして聡明、国を束ねる賢王として君臨していた。
ラディウスは一連の顛末を報告し終えると、王はしばらく沈黙し、腕を組んで目を閉じた。
やがて、静かに息をつく。
「……そうか。エフィナお嬢様は、ご無事なのだな」
その声には、明確な安堵が滲んでいた。
ラディウスは姿勢を正す。
「はい。勇者の血族たちとの衝突がありましたが……彼女は仲間の尽力により救出され、聖都の政は中立都市と共に整理されつつあります。ただおそらく記憶が失われていると思われます。私の事を知ってる素振りは見られませんでした」
「うむ……そうか。それに関しては心当たりがあるので気にするな。よくぞ守ってくれた、ラディウス」
王の言葉は優しいが、その奥にある感情は決して軽いものではない。
エフィナが人間と共に暮らし、救われ、守られた。
その事実こそ、魔族と人間の“未来”を示す最初の証でもあった。
王はゆっくりと立ち上がり、窓から外の青空を見上げる。
「……エフィナお嬢様と、彼女を救った若者にも、いずれ改めて礼を伝えねばな」
「必ず、そうしていただければ喜ぶと思います」
ラディウスが退室した後。
謁見の間に王ひとりだけが静かに佇む。
窓から差す蒼光がその横顔を照らした瞬間、王の瞳の奥に深い決意そして長年秘めていた野心が浮かぶ。
彼はまだ誰もいない部屋に向け、低く呟いた。
「これで舞台は整った。“魔界の統一”。分裂と対立、旧魔王派と人間絶対拒絶派と中立派と友好派……この混沌を終わらせねば、いずれ我らは滅ぶ」
魔界には、現在いくつもの勢力が乱立し、魔王亡き今、誰が頂点に立つべきかで長らく争いが続いていた。
その多くは人間との融和を拒み、一部は今も人間界へ報復の機会を伺っている。
王は静かに椅子へ戻り、机の引き出しから一枚の古い石版を取り出す。
そこには古代魔族の文字でこう記されていた。
——魔界の未来を担う五つの血脈、力目覚めし時そのうち一つが“真の魔王”を継ぐ。
王はその石版を撫でながら呟く。
「前魔王も五つの血脈の一人だったが勇者の手によって殺された。エフィナお嬢様……。あなたも五つの血脈の一つを継ぐ者。あなたが外の世界で人間と共に歩んだ事実は……魔界を変え得る唯一の希望だ」
だが、問題は大きかった。
「……しかし同時に、あなたは過激派の標的にもなる。人間と親しくした魔族など、彼らからすれば“異端”に他ならない」
王はゆっくりと立ち上がり、背後の黒水晶の壁に手を触れる。
ゴウ……と重い音を立てて壁が割れ、黒曜石で作られた巨大な石門が姿を現した。
その奥に、禍々しい気配が揺らめいている。
「こちらも、いつまでも曖昧にはできぬ。魔界を一つに束ねるには、“王”を決めねばならない。」
王の声がわずかに震える。
それは恐怖ではない——覚悟の揺れだった。
「近く……正式に“魔界王位継承戦”が始まる。候補は五名か。前魔王の血脈がいるという事か」
彼は一人ひとりの名を、静かに、しかし確かな声で告げた。
エフィナ・ルア・ファルミナス
人間と共存を望む唯一の血脈。
外界で得た経験は、魔界に最も必要とされる視野を持つ。
ダルガン・ザ・ブレイズロード
魔界最大の武力派閥を束ねる“炎獣王”。
人間との和解など論外と考える過激派の筆頭。
シェーヴァ・ネリス
暗殺者一族の女王。
静かで冷徹、秩序を重んじるが人間を信用はしていない。
ヴォルツ・アビスホーン
古い魔王派の末裔。
魔族至上主義を掲げるが、冷静な判断力もある。
ルシエル・ヴァル・セレイン
前魔王の血脈。
魔界が一つになる事を最優先にしている。
王は五名の名を言い終え、深い深い溜息をついた。
「エフィナお嬢様。あなたが人間と歩んだその一歩は、魔界を救う鍵となる」
「だが継承戦に参加すれば、敵も味方も、あなたを試す。時に牙を向ける者も出るだろう」
王はゆっくりと、闇の底を見つめながら続けた。
「それでも……魔界を束ねる王に相応しいのは、あなただと信じてる」
握りしめた拳が震える。
「……過激派を抑え、人間との未来を繋ぎ、争いなき魔界を作るにはあなたの“優しさ”が、必要なのだ」
そして小さく、決意と願いを込めて呟く。
「エフィナお嬢様……どうかこの世界に、二つの種族が共に生きられる“道”を……お見せください」
蒼陽連邦の王は、静かに“継承戦”の準備へと歩み出した。
その一歩は、魔界の歴史を大きく変える始まりであった。




