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第65話:加速する思い

「……カナト。どんな答えでも、聞くわ。だから……教えて。私の気持ちに、どう応えてくれるのか」


ユナはカナトを真っ直ぐと見つめる。


空気が張り詰める。


カナトが口を開こうとした、その瞬間。


「待って!!」


突然、背後からエフィナが飛びつくようにカナトへ抱きついた。


「ほら、お腹すいてるでしょ?先に朝ごはん食べよ?ユナも一緒にさ」


エフィナは二人の間に入り必死に笑顔を取り繕い二人の話を遮ろうとする。


「エフィナ……」


カナトはエフィナを優しく後ろに下がらせた。


「返事なんて今しなくていいよ!そんなの……そんなの、やめて!!」


背中にしがみつき、必死に服を掴む小さな手。


ユナが驚いて一歩下がる。


「え、エフィ……?」


エフィナはカナトの前へ回り込み、顔を近づけた。


「……カナト、わたしのこと、好きでしょ?」


そのまま背伸びして、唇を……。


カナトは反射的に顔を逸らした。


「っ……エフィナ!!」


唇は当たらなかった。


だが、代わりに……


ちゅっ


ほっぺたの端に、柔らかな感触が残った。


一瞬、時間が止まる。


ユナは目を見開き、顔は顔を真っ赤にし、エフィナだけが、自分のしたことにようやく気づいたように目を伏せた。


「……っ、うぅ……」


次の瞬間、エフィナの瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。


「だって……だって……!」


声は震え、感情が抑えきれなくなる。


「わたしだって……カナトのこと、好きなの!!ずっと一緒にいたいの!!取られたくない……置いていかれたくない……!」


幼い容姿のまま、感情だけが溢れ出す。


まるで迷子の子供のように、必死に主人公の服にすがりついた。


ユナは完全に言葉を失っていた。


「……どうしたら、いいの……」


カナトはエフィナの肩にそっと手を置き、しゃがんで視線を合わせた。


「エフィナ……」


涙でぐしゃぐしゃの顔を、正面から受け止める。


「もう、誰も奪ったりしないし、エフィナを置いていくつもりもない」


エフィナの涙が、少しだけ止まる。


「でも……今、ユナが勇気を出してくれた。だから……それからは逃げちゃいけないんだ」


エフィナは唇を噛みしめながら、小さく頷いた。


「……分かった、カナト……。ユナもごめんなさい」


エフィナはユナに頭を下げ涙を拭きながら離れた。


カナトは、改めてユナの前に立つ。


「ユナ……」


深く息を吸い、はっきりと告げる。


「俺は……ユナのこと、好きだ」


ユナの目が大きく揺れる。


「ユナといると安心するし、真っ直ぐで、優しくて……一緒に未来を考えたいって思った」


ユナの瞳に、涙が浮かんだ。


「……ほんと……?」


「本当だ」


カナトは、視線をエフィナにも向ける。


「……でも」


間を置いて、苦しそうに続けた。


「エフィナのことも同じくらい大切なんだ。守りたいし、失いたくないし……胸が苦しくなるくらい、気持ちがある」


エフィナの瞳が揺れ、ユナも静かに息を呑む。


「ただ、一緒に未来を考えたいって思ったって言ったがそれが恋なのか、幼馴染としての情なのか、今の俺には……まだ分からない」


静かな沈黙のあと、ユナは小さく微笑んだ。


「……好きだと思ってくれただけでも」


胸に手を当て、ゆっくりと言う。


「それだけで、一歩前進ね。ありがとう」


涙をこらえながら、はっきりと。


「今は……それでいいよ」


カナトは息を呑み、エフィナは唇を噛みながらも、涙を拭った。


「でも、絶対に振り向かせてみせるから。覚悟しておいてよね」


ユナはそう言い、この場を立ち去った。


カナトとエフィナはとりあえず朝食をすませ部屋で各々過ごしていた。


その間二人には一切の会話はなかった。


ユナは酒場の裏手でぼーっとしていた。


一人になってから、初めて零れた本音


朝の喧騒が嘘のように静かな場所で、ユナは一人、腰を下ろしていた。


膝の上で、両手をきつく握りしめる。


「……はぁ……」


小さく息を吐いた瞬間、張りつめていた心が、ようやく少しだけ緩んだ。


「好き、って……言ってくれた……」


胸の奥が、じんわりと温かくなる。


それは間違いなく、嬉しかった。


ずっと、ずっと欲しかった言葉だった。


でも。


「……やっぱり、エフィナにも……なんだよね」


視線を落とし、土の上に揺れる自分の影を見る。


「当然だよね……あんなに一緒にいて、あんなに守ってて……」


ユナはカナトがエフィナを取り戻すためにやってきた事、聖ヴェリシアでエフィナを救った時の事を思い出しながら空を眺める。


小さな体で、自分達を救うために命を懸ける覚悟を持ち、怖い思いをしてもカナトの横に立ち続けたエフィナ。


「……私、勝てないよ……あんなのに……」


悔しさが、胸を締めつける。


「かわいくて、まっすぐで、命を預け合う関係で……それなのに、私は……“幼馴染”で、“隣にいるだけ”で……」


拳を強く握る。


でも、


「それでも……」


ユナは、ぐっと顔を上げた。


「“好き”って、ちゃんと聞けた。それだけで、ゼロじゃない」


涙が一粒、こぼれ落ちる。


「今は……今はそれでいい。だって、私が引いたら……自分が嫌いになるもん」


震える声で、はっきりと誓う。


「私は、まだ諦めない。ちゃんと、恋をする。エフィナにも、カナトにも……正面から」


涙を拭い、立ち上がる。


「……負けないよ」


それは誰に向けた言葉でもなく、自分自身へ向けた、初めての本当の覚悟だった。



小さな布団の中で、エフィナは膝を抱えていた。


昼間の出来事が、何度も何度も頭の中で繰り返される。


キスしかけたこと。


泣き喚いたこと。


ユナの前で、感情をぶつけてしまったこと。


「……わたし、ずるい……」


布団に顔を埋め、声を押し殺す。


「だって……こわかったんだもん……また、カナトが遠くに行くのが……」


聖ヴェリシアで、死を覚悟したあの日々。


拘束され、孤独に閉じ込められた夜。


「また一人になるの、いやなんだよ……」


震える肩。


「ユナは……強い。まっすぐで、きれいで……人の世界にちゃんと立ってる」


小さく笑う。


「わたしは……魔族で、出来損ないで……わがままで……」


でも。


「それでも……」


布団の中で、ぎゅっと拳を握る。


「それでも、カナトが好き。どんな理由でも、どういう形でも……好き」


手首に、託されて、返された“印”の力を感じる。


「奪う気はない……でも、譲る気もない」


自分の心に、静かに言い聞かせる。


「わたしは……子供のままじゃ、いない」


涙を拭い、布団の中で小さく体を起こす。


「いつか、ちゃんと……“選ばれる”んじゃなくて……“並んで選ばれる”存在になる」


遠くで、風が鳴った。


エフィナは、そっと目を閉じる。


「……負けない」


それは、恋のためだけではない。


自分自身が“生きる価値がある存在だ”と証明するための決意だった。

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