第64話:女の戦い再び
カナト、ユナ、エフィナの三人で今日も買い物をしていた。
ユナはちらちらとカナトの横顔を見ていた。
そんなユナの仕草を見て、エフィナが静かにまばたきをした。
(……この空気。二人の間に、何かある)
エフィナはカナトの腕に抱きついた。
「え、あ、おい、エフィナ?」
カナトが驚く。
宝騒動でにぎわう村の中心部。
急ごしらえの商業通りには露店が並び、香辛料や甘味の匂いが漂っていた。
「ねぇカナト、今日はいっぱい買い物しよ?お菓子とか、お茶とか……カナトと食べるやつ!」
エフィナはカナトの腕にそっと抱きつき、上目遣いでねだるように笑う。
カナトはあたふたした。
「え、ええと……そんなに買っても食べきれないだろ?」
「食べるよ?カナトが一緒なら、なんでもおいしいもん」
ど直球。
すぐ隣のユナが「ひっ」と変な声を漏らした。
「ちょ、ちょっとエフィ!?なんで……そんな……堂々と……!」
しかしエフィナはまったく動じない。
むしろ、わざとユナの反応を楽しんでいるような笑みを浮かべていた。
露店を歩いている途中、エフィナはすっとカナトの手を取った。
「迷ったら困るし……ね?」
「えっ」
カナトが赤面するより早く、ユナが反応する。
「こ、困るって……カナト方向音痴じゃないよ!?というか私もいるから!!」
エフィナはさらりと言う。
「ユナは違う方向に迷うでしょ……カナトへの気持ちとか」
ユナの顔が真っ赤になった。
「な、な、な……っ!!」
露店に寄るたびにエフィナはカナトの腕にぴとっと密着してくる。
焼き菓子の屋台
「ねぇカナト、あーんして?」
「いや自分で食べられるから!」
「んもう、照れ屋さん……わたしは、カナトに“食べさせてもらいたい”けど?」
「なななな何を言ってるのよこの子は!!」
服の店
エフィナがカナトの手を引く。
「カナト、これ似合うよね?私……カナトが着たの、見たいな」
「服は選ぶけど! 見るのは私も……って何言わせるのよ!!」
「落ち着けユナ!!」
アクセサリーの露店
エフィナが小さな腕輪をカナトの手首にそっとつける。
「……カナトに、似合う。それに……こうしておけば、私のものって分かりやすいでしょ?」
「え、え? そういう……?」
「こ、こらエフィ!!!」
エフィナは涼しい顔で小さく肩をすくめてみせる。
「だって……好きなんだもん。ユナもでしょ?」
「っ!!」
エフィナはさらに追撃するように囁いた。
「抜け駆けしたでしょ?」
ユナは顔を真っ赤にしながら、もはや商品を見ている余裕などなかった。
三人で歩いていると、エフィナがまたカナトに寄り添う。
「ね、カナト。私、カナトとこうして歩くの……ずっとしたかったんだ」
小さな手がぎゅっと手を握る。
ユナはそれを見つめながら唇を噛んだが、結局エフィナに押されて、
「……わ、私も……カナトと歩きたい……」
そう言って、その反対側の手をそっと握った。
右手:エフィナ
左手:ユナ
カナトの心臓は爆発しそうだった。
「こ、これ買い物どころじゃないだろ……!」
エフィナとユナの声が同時に返る。
「「いいの。今日はカナトと一緒がいいから」」
いつのまにか露店の人たちが微笑んで見ていた。
その表情は“青春だなぁ”と言いたげだった。
夜
村の喧騒が嘘のように、カナトの家の中は静かだった。
夕焼けはとうに沈み、窓の外には柔らかな灯りが滲むだけ。
エフィナは買い物帰りからずっと上機嫌で、カナトの隣に座ると、まるで当然のように肩に身を預けてくる。
「……ねぇ、甘えてもいい?」
小首を傾げるその目は、もう答えを求めていない。
許しを求めるというより、“甘えるつもり”でいる目だ。
カナトが戸惑いながらも頷くと、エフィナはぱっと花が開くように微笑み、絡めた指を強く握り返した。
「ふふ。カナト、あったかい」
頬をすり寄せながら、声は甘く、少しだけ震えている。
「もう二度とここに帰ってこれないって覚悟してた。そう思うとわたし……無性にカナトに触れたくて仕方なかったの」
言葉の端が、かすかに寂しさを含んでいた。
カナトの胸が痛む。
彼女がどれほど恐怖と孤独を抱えながら戦ってきたか、思い返せば返すほど、拒む理由などどこにもなかった。
「……エフィナ」
名前を呼ぶと、彼女は嬉しそうに目を細め、そのまま主人公の胸に顔を埋めた。
「ねぇ、離れないで。今だけは……ずっと、こうしていたいの」
カナトは迷いながらも、その背に手を回し、そっと抱き寄せた。
エフィナの肩が小さく震え、胸元に押しつけられた指先が、カナトの服をぎゅっと掴む。
「ありがとう……本当に、ありがとう」
それは、命の恐怖から解き放たれた少女が発する、深い安堵と恋情の混ざった声だった。
カナトは何も言わず、ただその温度を受け止めた。
翌朝。
扉を叩く控えめな音で、カナトは現実へ引き戻された。
エフィナはまだ寝巻き姿で、カナトの腕に抱きついたまま目をこすっている。
「ん……誰?」
カナトが玄関を開けると、そこには、覚悟を決めた顔のユナが立っていた。
いつもより少し硬い表情。
手のひらはぎゅっと握られ、震えている。
「……カナト。あの時の告白の返事を……」
その瞬間、背後からぴょこっとエフィナが顔を出した。
「あ、ユナ……おはよ。えっとね、今はちょっと……」
慌てた様子で話を逸らそうとする。
気まずさを隠そうと必死なのが分かる。
だがカナトはそっとエフィナの肩に手を置き、
「エフィナ。待って。……エフィナが帰ってきたらちゃんと返事するって言ったんだ」
エフィナはびくりと肩を揺らし、振り向いたカナトの真剣な瞳に、唇を噛んだ。
エフィナは昨日強引に行き過ぎた。だからユナが我慢できず返事を聞きにきたと思い一瞬にしてその瞳に涙が滲む。
そして、カナトはユナの方を静かに見つめた。
ユナは深呼吸を一つ。
「……カナト。どんな答えでも、聞くわ。だから……教えて。私の気持ちに、どう応えてくれるのか」
声は震えている。
しかしその瞳は真っ直ぐで、逃げなかった。
カナトは、二人の視線を受け止め、胸の奥にある言葉を、ゆっくりと口にし始めた。




