第53話:聖櫃の塔
ーガルド、ヴァーリンsideー
ガルド潜入組兼エフィナ救出組はアドリアン・ヴェリシアと対峙していた。
「さすがはA級冒険者の二人の事だけはあるな。今の一撃を防ぐとは」
アドリアンは余裕の笑みを浮かべながら言う。
「思ってもない事、言ってんじゃねえぜ!?今のは小手調べだろ」
「ああ、少しずつ威力を上げてやろう」
アドリアンの剣が輝き始める。
「ガルド!!このままじゃジリ貧だ!!お前だけでも聖櫃の塔の地下牢に魔族の嬢ちゃんを救いに行け」
「だが……」
「お前が戻ってくるまで位の時間は稼いでやるさ。だができるだけ早く戻ってこいよ」
「すまん。絶対死ぬなよ」
ガルドは剣を収め聖櫃の塔に向かった。
「行かせるか!!」
光の斬撃がガルドの向かって放たれる。
ヴァーリンと白獅子ギルドの冒険者達が盾になり防ぐ。
「お前の相手は俺達だぜ?王子様」
「逆賊どもが……」
ー聖櫃の塔内部ー
ガルドは地下牢に続く螺旋階段を急いで降りていく。
(待ってろ、エフィナ!!今助けたやるぞ)
ガルドが地下牢に到達する。
しかし、そこにエフィナの姿はなかった。
「嘘だろ……!?確かにこの階層に囚われてるって情報だったのに……!」
ガルドが鉄格子を掴み、力任せに揺らす。
怒りと焦燥が混じった声が響く。
「どこに連れていかれたんだ……!」
ガルドが叫ぶ。
その時、奥の暗がりから低い声がした。
「……探し人なら、もうここにはいない。」
ガルドが振り返る。
別の牢の奥に、ぼろ布のような衣をまとった男が座っていた。
髪は手入れされておらずボサボサで髭も生えっぱなしの姿の男。
だが、瞳だけは異様に澄んでいた。
「……誰だ、あんたは?」
ガルドが問うと、男はわずかに笑った。
「ただの異端者さ、この国にとっての……」
ガルドが近づくと、男の顔がわずかに光の中に照らされる。
そして、息を呑んだ。
「……まさか……あんた……!」
二十年前に魔王を討ち取った、勇者。
「あんたが……本当に……!」
「勇者か?ふふ……その名では呼んでほしくないな。俺はやるべきことをやったに過ぎん」
彼は目を細めた。
「それに、俺はもう勇者ではない。ヴェリシア家にとっては自分達の家系以外から勇者が出てほしくないみたいだしな」
ガルドは言葉を挟めなかった。
だが、やがてガルドが拳を握りしめて叫んだ。
「あんたの力を借りたい!」
「……何のために?」
男の瞳が鋭くなる。
その問いに、ガルドが一瞬言葉を失う。
「戦争を望むのか?」
「違う!」
ガルドが即座に否定した。
「俺達の仲間が……ただ“普通に生きたい”と願っただけの少女が、罪人として連れて行かれた。
彼女は確かに魔族かもしれない。けど……誰よりも優しい”人間”だ。」
沈黙。
ガルドは話を続ける。
「正義ってのは、力を持つ奴が語るためのものじゃない。力を持たない奴らが、
それでも希望を捨てずに生きること、それが本当の正義だと俺は思ってる」
男の瞳がゆっくりと細められる。
その目の奥に、かすかに炎が宿る。
「……“真の正義”と、“ただ普通に暮らしたい少女の願い”か」
しばらく黙考した後、彼は立ち上がった。
鎖がカランと鳴り、長年動かしていなかった足が軋む。
「……久しぶりだな、この感覚は」
彼は手を前に出す。
その掌に淡い光が灯る。
「力を貸そう。俺の剣が、まだ人を守れるのなら……もう一度、振るってみるとしよう」
ガルドが息を呑み、ゆっくりと頷いた。
「ありがとう……本当に……!」
勇者は静かに微笑み、鎖を断ち切る。
まるでそれを待っていたかのように、牢の扉が外れる音が響いた。
「行こう。……彼女の“勇者”に、会いに行こう」
冷たい空気の中、古き勇者が再び歩き出す。
その背には、再び灯された“希望の炎”が揺れていた。
ー聖櫃の塔・入り口ー
「ぐっ……おおおおッ!」
ヴァーリンはレアドリアンの剣を受け止めながら、歯を食いしばった。
全身の筋肉が悲鳴を上げる。
踏み込むたび、床石が砕け、粉塵が舞う。
アドリアンはほとんど動かない。
ただ、剣をわずかに傾けるだけで、すべての攻撃をいなしていた。
「重い剣だ……だが、重いだけだ。」
冷たい声が、響く。
「うるせぇ……!」
ヴァーリンの剣筋が荒くなる。
だが、その一撃一撃に“焦燥”が混じっていた。
ガルドがどれほど先に進んだか、それだけを祈るように、剣を振るう。
「時間を稼ぐ。それだけが俺の仕事だ!」
アドリアンがため息をつく。
「くだらぬ自己犠牲だ。王に刃を向けるなど、それこそが“罪”だ。」
「罪?……ハッ、俺達はもう罪だらけだよ。だがな!!」
ヴァーリンの目に光が宿る。
「仲間を見捨てるほど、腐っちゃいねぇ!」
叫びと同時に、ヴァーリンは腰の短剣を抜き、逆手に構える。
剣と短剣、両手を交差させるように一気に突き出した。
アドリアンの動きが一瞬だけ止まる。
「ッ――」
「今だぁぁぁぁッ!!」
轟音。
二人の間で閃光が爆ぜ、空気が震える。
ヴァーリンの渾身の突きが、アドリアンの防御をわずかに貫いた。
その鎧の表面に、浅いが確かな傷が走る。
アドリアンが視線を落とす。
「……私に傷を?」
ほんの僅か、アドリアンの表情に驚きが走る。
次の瞬間、ヴァーリンはその隙を逃さず、足元の瓦礫を蹴り上げた。
視界を奪い、一気に間合いを詰める。
「オラァッ!!!」
剣を横薙ぎに振り抜く。
アドリアンは防御したが、その衝撃で背後の壁に叩きつけられた。
白い壁がひび割れ、砂煙が立ち込める。
ヴァーリンは膝をつき、荒い息を吐いた。
「……はぁ……はぁっ……どうだ、完璧な足止めだろ……」
しかし、その瞬間。
砂煙の中から、再び冷たい声が響く。
「……足止め、か」
アドリアンがゆっくりと立ち上がる。
鎧の傷口から、青白い光が滲んでいた。
「貴様……一瞬、私の集中を乱した。それは称賛に値する」
「……そいつはどうも……」
「だが、その代償は重いぞ」
次の瞬間、アドリアンの姿が掻き消えた。
空間が歪む。
ヴァーリンは反射的に剣を構えた。
だが、間に合わない。
光刃が一閃し、剣を砕き、衝撃が走り、ヴァーリンの身体が後方の壁に叩きつけられる。
「がッ……はぁ……ッ!」
血が口から溢れ、床に膝をつく。
視界が揺れ、意識が遠のく。
(……まだだ……)
頭の奥で、かすかに声が響く。
“絶対、死ぬなよ……!”
その言葉だけで、再び身体が動いた。
ヴァーリンは両手を床につき、無理やり立ち上がる。
左腕は折れ、右足も感覚がない。
それでも、笑った。
「はは……ギルドでよく言われたな。『ギルド長の意地は、戦場で一番厄介だ』って」
アドリアンが再び剣を構える。
だが、その刃が届くより早く、ヴァーリンは腰の爆裂符を取り出した。
「……悪いが、ここから先は通さねぇ!」
床に符を叩きつける。
一瞬の閃光。
爆音と衝撃が塔全体を包み込んだ。
光が収まった時、床の一部がめくれ上がり、煙が立ちこめる。
ヴァーリンは血に濡れながらも、立っていた。
アドリアンは距離を取り、目を細める。
「……命を捨てるつもりか」
「違ぇよ……ただ、生きて帰るための足止めだ」
ヴァーリンは、満足そうに笑った。
「……これで、少しは……時間が稼げた、な……」
視界が暗くなっていく中、彼の意識はゆっくりと途切れた。
だが、その顔は、不思議なほど安らかだった。
次の瞬間、遠くの通路から眩い光が差し込む。
古びた鎖を引きずるような音。
その光の中から、一人の男が歩いてくる。
「……久しいな。ヴェリシア家の長兄よ」
前勇者が、ついに姿を現す。




