第5話:はじめてのお仕事
夜の帰り道、親父さんの言葉が頭から離れなかった。
「守るってのは、ただ側にいることじゃねぇ」
「必要な時には、自分が悪人になることだってある」
俺は胸の奥に鉛を抱えたような気持ちで、家の扉を押し開けた。
エフィナは嬉しそうにベッドに目がけてダイブしていった。
俺はその様子を見て、安堵し椅子に腰掛けた。
ふと、俺はエフィナと石碑で出会ったときの不思議な言葉を思い出す。
『――ここにいる』
あれは、どういう意味だったのだろう。でも、今の彼女の顔を見ていると、それを深く考えることさえ必要ない気がした。
エフィナはここにいる。それで十分じゃないか。俺は小さく息を吐き、拳を握る。
親父さんの言葉が、また胸に響く。
「……誰も守れねぇ奴には、ならない」
声には出さなかった。だがその一言が、俺の中で確かな誓いになった。
エフィナを守る。たとえ村中を敵に回すことになっても。外では風が枝を揺らし、かすかな音を立てていた。
その中で、俺の心にはひとつの火が灯っていた。小さく、だが消えることのない光が。
翌朝
俺は2人分の朝食を準備していた。そこに扉からひょこっと顔を出したエフィナ。俺は手招きをし椅子に座らせた。
「「いただきます」」
2人で手を合わせ朝食を食べ始めた。
何年ぶりだろうか、こうやって家で誰かと「いただきます」と言うのは。ユナがちょこちょこ来てくれてはいたが、それとはまた別だと俺は感じていた。
朝食を食べ終わると、俺は仕事の準備をして、先に外で待っていた。
「……どう?ちゃんと人間に見える?」
灰色がかった髪を揺らし、少女はおずおずと扉から顔を出した。
額にはもう角はなく、瞳も柔らかな琥珀色をしている。一見すれば、ただの小柄な村娘だ。
「……ねぇ?変じゃない?」
俺が反応してないのを見て不安になったエフィナ。
「うん、完璧!」
それを聞いて、琥珀色の瞳がきらきらと輝く。その無邪気な笑みは、まるで本当にただの村の子供のようだった。
昨晩、親父さんと話し合い、俺が仕事の間は、エフィナを酒場で預かってもらう事になった。
だが、そのままの姿では魔族もろだしなので人間の姿になってもらう事にした。
俺はエフィナの周りをぐるっと周り変な所が無いかを確認し、無かったのでユナと親父さんがいる酒場に向かった。
「エフィナ、お前は俺の遠い親戚って事にするから、村の人達に聞かれたらそう答えるんだぞ」
「分かった」
その後の道中では、俺との関係を何回も確認し合いながらも、楽しく、村の事や他愛もない話をしながら酒場に向かった。
エフィナは俺のする話にいちいち大きいリアクションをして、本当に心の底から楽しんでるのが伝わってきた。
絶対に魔族だとバレるわけにはいかない。エフィナは何があっても俺が守る。俺は再び心に誓うのだった。
酒場の前に着くと、親父さんとユナが笑顔で出迎えてくれた。ユナはエフィナの姿が見えると同時にエフィナに抱きついてきた。
「ああ〜ん、エフィ。おはよう。今日からよろしくね」
ユナは頬擦りをし、エフィナをメチャクチャにしていた。エフィナはそれを嬉しそうに受け入れていた。
「ここに来るまでに問題はなかったか?」
親父さんが俺に耳打ちしてきた。
「問題なかったよ。見かけない顔だから話しかけられはしたけど、俺の親戚だって言ったら反応は悪くなかったよ」
「そいつは上々。普段のカナトの村での働き振りのおかげだな」
親父さんは俺の背中をバンと叩いた。
「じゃあ俺、畑仕事行ってくるからエフィナの事をよろしくお願いします」
俺は親父さんに頭を下げた。親父さんは「任せとけ」と言ってユナとエフィナの元に行った。
俺はそれを見届け、今日の仕事に向かった。
夕方
俺は村での仕事を終え、酒場に向かった。酒場の扉を開けるとそこにはエプロンをつけて拙いながらも頑張っているエフィナがいた。
「えっと……こっちがお肉の串焼きで、こっちがスープ……」
小さな手でお盆を抱え、エフィナは一生懸命運んでいく。
見ているだけで、客たちの顔に笑みが浮かんでいた。
「よぉ、小さいの。新しい店員か?」
「えへへ、エフィナっていうの! 今日からお手伝い!」
「おー、しっかりしてるなぁ。ほら、銅貨一枚お駄賃だ」
「わっ、ありがと!」
にこにこと礼を言う姿は、誰が見ても愛らしい。ただ、途中で足をもつれさせ、お盆の上のパンを床に落としそうになった。
「あっ……!」
慌てて両手を伸ばすエフィナ。奇跡的なバランスで、パンは机の上にぽんっと収まった。
「おぉーっ!」
「やるじゃないか!」
酒場が拍手と笑いに包まれる。エフィナは顔を赤くして、胸を張った。
「えへへ……だいじょーぶ! エフィナ、失敗しない!」
その様子を見て俺は安堵し、カウンターの奥では親父さんが腕を組み、苦笑いを浮かべる。
(……ふむ、危なっかしいが、客受けは悪くないな)
扉の前にいた俺に気づいたユナが大声で話しかけてきた。
「カナト、良かった。皿洗い変わってくれる?今から忙しくなると思うから」
俺は了承して裏に入り皿洗いを始めた。
「お父さん、私もホール手伝う!」
ユナが髪を後ろでまとめ、きびきびと皿を運び始めた。
その姿にエフィナは目を丸くする。
「わぁ……ユナ、かっこいい!」
「べ、別に普通でしょ。慣れてるだけ」
頬を赤らめながらも、ユナはテキパキとテーブルを回って注文を取る。
一方のエフィナはというと、
「こっちは……えっと、パン? お肉? あれれ?」
皿を間違えて客に渡そうとして、慌てて引き返す。
「もう、エフィナ! それ逆だってば!」
「えへへ……ごめん!」
二人でバタバタと駆け回る姿に、客席からは温かい笑い声が上がった。
やがて注文が一段落すると、ユナはカウンターに戻り、ほっと息をつく。
隣で水差しを抱えたエフィナが、にこにこと顔を覗き込んだ。
「ユナと一緒だと、楽しい!」
「……な、なにそれ。変なの」
思わず目を逸らしたユナの頬は、ほんのり赤く染まっていた。
カウンター越しに親父さんが目を細めて優しく見守っているのが見えた。
俺もその様子を見て
(……ふむ。こうして並んでいると、まるで姉妹みたいだな)
と俺は思った。
「今日はもう上がっていいぞ。エフィナ。ありがとうよ。助かったぜ」
親父さんはエフィナの頭を撫でた。
「わたし、頑張れてた?」
「頑張れてたよ。もう私と一緒でこのお店の看板娘だね」
ユナが親父さんの後ろからひょこっと現れ、ユナを誉めた。それを聞いてエフィナは喜んでいた。
「明日もよろしくな」
親父さんの言葉にエフィナは「うん」とうなずいて、俺と一緒に帰路についた。
「仕事どうだった?」
「すごく楽しかった。わたし、ずっと辺境に隠れて生きてたから……」
「隠れて生きてたのに、どうしてこの村に来たんだ?」
俺は聞いていいか分からなかったが聞かずにはいられなかった。
「……呼ばれたから」
月を見ながら呟くエフィナ。月光の下のせいなのか、子供の姿なのに大人びた不思議な雰囲気を醸し出すエフィナに、俺は釘付けになった。
「帰ろう、カナト」
無邪気に笑うエフィナ。俺は「そうだな」と言い、2人で家に帰った。