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第43話:協力要請

昼前。


酒場の一角にはガルドさん、ミリアさん、ユナ、そして親父さんが集まっていた。


皆、まだどこか疲れの残る顔をしている。


親父さんの体には包帯が巻かれ、ユナは険しい目で黙って俺を見ていた。


俺は深呼吸を一つしてから、机の前に立ち、頭を深く下げた。


「……お願いします。俺はエフィナを助けたい。……でも、俺一人じゃ何もできない。だから、皆の力を貸して下さい!」


声は震えていた。


手は強く握りしめ、唇を噛みしめた。


沈黙が、場を支配した。


俺は誰も答えないのを感じて、ゆっくりと目を閉じた。


(……やっぱり、無茶だよな。こんな話、誰も……)


「……やっと、言えたじゃねぇか」


不意に聞こえたのは、ガルドさんの呟きだった。


驚いて目を開けると、目の前でガルドがニッと口角を上げていた。


「黙ったまま勝手に一人で行くつもりだったら、ぶん殴るつもりだったがな」


ミリアさんが微笑みながら俺を見た。


「私達に“相談”してくれて、ありがとうございます」


ユナは涙を浮かべながらも、わざとそっぽを向いていた。


「……バカ。心配してたのよ、本当にガルドさんの言う通りあんたが一人で飛び出すんじゃないかって」


親父さんも静かに頷く。


「お前が本気で考えて、悩んで、そして頭を下げに来た。顔を見れば分かる。それだけで十分だ。……もう、一人じゃない。お前はまだ俺やガルド、ミリアさんから見たら子供なんだ。もっと大人を頼れ」


俺は呆然と彼らを見つめた。


「……みんな……」


ガルドさんが椅子を蹴って立ち上がり、俺の肩を叩く。


「そうだぜ。伊達に歳と経験は積んでないんだぞ」


ミリアさんはまた微笑んでくれた。


「そうですよ。異変を一緒に解決した仲ではありませんか?もっと私達を頼って下さい」


ユナは涙を拭いながら笑う。


「エフィの事になったら周りが見えなくなるんだから……バカみたい。でも……やっぱり、私もエフィを救いたい」


親父さんはゆっくりとグラスを磨きながら言った。


「行くなら準備を整えろ。エフィナのことも、そしてお前自身のことも、背負って行け」


沈黙が嘘のように、そこには笑い声が広がっていた。


泣き笑いのような温かさが、酒場の空気を包む。


俺は、胸の奥の印が優しく脈打つのを感じた。


まるで、遠くでエフィナが微笑んでいるように。


「……ありがとう。みんな」


誰も言葉で返さなかった。


けれど、その場の全員が同じ気持ちで頷いていた。


ガルドさん早速、地図と数枚のメモを机に広げ、肘をつき、低く言った。


「まず白状するが、今の戦力で真正面から聖ヴェリシアとやり合えば、物量で潰されるだけだ。騎士団の動員を見りゃわかる。俺達の剣筋や技量は通じても、数に押し切られる」


ミリアさんは冷ややかに頷き、指先で酒杯の縁を叩く。


「情報も補給も、国対国の器量もない。正面切って城門を叩けば、投石で足元を崩されるだけです。助けられたとしても、帰る場所はなくなる。追われ続ける人生が待ってる」


ユナの声は震えているが、言葉は明瞭だった。


「それで……具体的にはどうしたらいいんですか?」


俺はユナの顔を見た。


「無計画に殴り込むのはただの自殺だ。あいつ一人を奪い返せたとしても、世界中を敵に回す覚悟が必要だ。村も巻き込まれる。俺一人の命で済む話じゃない」


親父さんは深くため息をつき、地図にゆっくりと指を滑らせた。


「問題は“魔族=悪”の論理を世界の共通認識だ。魔族捕縛は正義。それを崩さない限り、俺達は恒久的に正当性を失う。単発の救出作戦じゃ、後ろ指を指され続けるだけだ。」


ガルドさんが続ける。


「だから、二段構えが必要だ。1つは救出の可能性を最大限作る戦術。潜入や情報収集。2つ目は政治戦。聖ヴェリシアのやり方のまずさ、やり過ぎを諸外国は認知している。それを踏まえて諸外国を味方につける。だが後者は簡単じゃない。ジュードの言う通り、魔族=悪、という世界共通認識を変えさせないといけない」


ミリアさんが唇を引き結び、冷静だが厳しい口調で言った。


「どう変えます?情報収集すると簡単に言いますが、王国は情報統制する。反論は“国の安全”で潰される。小さな村の訴えなんて、耳を傾ける国がどれだけあるか……」


ユナが拳を握りしめ、震える声を抑えながら言った。


「でも、黙ってるわけにはいかない。エフィは自分を晒してでも私達を助けてくれた」


俺は地図を見つめ、言葉を落とした。


「要するに、直で城に殴り込むのは愚策で、助けても世界の敵になる。ならばまず“世界の見方を変える”ための準備をする。聖ヴェリシアの暴挙を暴き、同盟を得る。そうして初めて、救出に踏み切る合理的余地が生まれるって事ですか?」


親父さんが静かに頷く。


「そうだ。だが、そのためには時間と人手が要る。捕らえられたエフィナの状況を外部に伝える手段も必要だ。今の俺達の手持ちは限られる。だが行動しないよりはましだ」


ガルドさんが顔を上げ、鋭く言う。


「処刑まで時間はあまり残されていないはずだ。短期でできることを分けよう。情報を集められる者、諸国に話を持ちかけられる者、志を示してくれる中立の冒険者ギルドや都市を探す者。物資を提供してくれる者。全てやらなきゃいけないが、無理して散り散りになるより、役割分担で可能性を高めるべきだ。」


「処刑されるまで、およそどれくらいの期間があると思いますか?」


俺はガルドさんに聞き、ガルドさんはしばらく考えた。


「エフィナは魔王の力を継承してると言ってた。そんな奴を国に連れて行ってすぐ処刑とは考えにくい。必ず政治的な事に利用されるはずだ。絶対とは言い切れないが、おそらくエフィナが処刑されるのは半年後だ」


「半年後?何で?」


俺とユナが分からないと首を傾げると親父さんとミリアさんは何かピンときた感じだった。


「王の生誕祭か!?」


ガルドさんはニヤリと笑った。


「確かに王の前で魔王の力を継承したエフィナを処刑すれば、次の王位継承はあのディオバルドに確定するでしょうね。あの三男坊が王になるにはそれしかないわ」


「あぁ、あの野心剥き出しだった王子がこの機会を逃すわけがない!!」


ミリアさんは笑みを浮かべ同意した。


「そうね。ならば短期の強行と長期の工作、両方を同時に走らせる必要があるわね。短期は陽動と生存率を上げるための最小限、長期は正義の形を取り戻すための戦い。闇雲に突っ込んでも意味がない、ってのが結論ですね」


空気の重さは変わらないが、皆の目に決意の火が灯る。ユナは小さく、しかし確かに言った。


「私達がエフィを助けるなら……ただの復讐じゃなく、世界を変えるために動く。そうじゃなきゃ、同じことを繰り返すだけ」


俺は拳を握り締め、声を震わせながら締めくくった。


「……分かった。無茶はしない。まずは味方を集める。聖ヴェリシアの横暴を諸国に訴え、孤立させる。それが無理なら、俺達は他に道を探す。これが、今ここで出せる“最良の現実”だ。」


静かな時間が流れ、皆がその言葉を反芻する。ろうそくの火がひとつ、またひとつと揺れながら、やがて皆が頷き合った。


誰も希望を約束できない。それでも前を向く覚悟だけは、確かにそこにあった。

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