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第42話:力のない者

夜明けの光が差し込む村は、どこか冷たかった。


昨日まで響いていた子供たちの笑い声も、鳥の鳴き声さえも、今は耳につかない。


広場には血の跡がまだ残っており、乾いた風が埃を巻き上げる。


俺は包帯だらけの体を引きずりながら、背負い袋に最低限の荷を詰め込んでいた。


その動作は荒く、焦燥に駆られたように早い。


扉の前で、ユナ、ガルドさん、ミリアさん、そして村長が立ちはだかっていた。


「……どいて下さい」


俺の声は低く、震えていた。


「無理だ」


ガルドさんが腕を組み、真っ直ぐに俺を見つめる。


「お前の体じゃ、まだ歩くのもやっとだろうが」


「それでも行く!」


俺は叫び、肩の痛みに顔をしかめながら前へ踏み出した。


「……あいつが、エフィナが助けを求めてる!今も……!」


ユナが目を伏せた。


ミリアさんも唇を噛みしめ、目尻に涙を浮かべている。


誰も否定しなかった。


エフィナが助けを求めている。それを、全員が分かっていた。


ユナが声を震わせながら言う。


「……分かってるよ。私だって、エフィを見捨てたくなんかない。でも……どうにもできないんだ」


「“どうにもできない”で済ませるのかよ!」


俺は吠えた。


「昨日、あいつは俺に震えながら小さな声で“助けて”って言ったんだ!この手で……!俺が、あいつを!」


声が詰まり、拳を強く握りしめた。


ガルドさんが一歩、前に出てきた。


その目には怒りも悲しみも滲んでいた。


「……分かってるさ。お前の気持ちも、エフィナの言葉も。だがな!」


ガルドさんは拳を握りしめ、俺の胸を指で突く。


「お前が向かうのはただの国じゃない。聖ヴェリシア王国だ。魔族を討つための国、そして“勇者の血”を継ぐ者が治める国だ。今の聖ヴェリシアにとって、魔族を捕らえるのは“正義”そのものなんだよ」


俺は喉が詰まり、言葉が出ない。


「確かにやり方は間違ってた。お前を含め村に被害が出てるんだからな。あいつらがしたことは、正義なんかじゃない。だが表向きは、“魔族を捕らえた”ただそれだけのことだ。お前が行って何ができる?」


ガルドは重く言葉を落とす。


「兵士一人にだって勝てない。お前が乗り込んだところで、殺されるのがオチだ。……それで何が変わる?」


ミリアさんが震える声で続けた。


「それに……今、あなたが勝手に動けば……村が終わる」


「……村が?」


村長が静かに頷く。


「勇者の直系が戻ってきた時、“あの魔族を匿った村”が一人でも反抗したと知れたら、村ごと焼き払われる。理由なんて要らない。“神の名のもとに裁きを下す”。そう言えば済む国だ」


ユナが歯を食いしばりながら言う。


「カナトの行動一つで……私ら全員、死ぬんだよ」


酒場の外は静まり返っていた。


風に揺れる看板の音だけが、虚しく響く。


俺は唇を噛み、肩を震わせた。


手首で脈打つ“印”が、微かに疼く。


あの時、エフィナが自分に託した光。


それが、まだ確かに生きている。


それでも動けなかった。


ガルドさんが、静かに言う。


「……今は、待て。焦るな。力がないのに戦場に出ても、誰も救えねぇ」


俺は目を伏せ、拳を握りしめたまま、地面を見つめた。


埃の中に落ちた涙が、乾いた土に染みこんでいく。


「……それでも……あいつを助けたい」


掠れた声は、誰にも届かないほど小さかった。


夜は深く、風の音すら息を潜めていた。


村を包む暗闇の中で、俺は寝台の上に横たわりながら天井を見つめていた。


包帯の隙間から滲む痛みが、心の奥の焦りを思い出させる。


(……エフィナ……)


あの時の声、震える瞳、そして手の温もり。


「助けて、勇者様」と囁かれた最後の言葉が、何度も頭の中で反響していた。


静寂の中、ふと手首の“印”が淡く光り始める。


まるで誰かの鼓動のように、脈打つように。


「……っ?」


俺は思わず手首を見た。


次の瞬間、頭の奥に直接、誰かの“声”が流れ込んできた。


『カナト、カナト!!』


それは勇者の石碑の声だった。


俺は急いで着替え村外れの石碑に向かった。


到着すると石碑は淡く光っていた。


『村での一部始終は分かっている。辛い思いをさせてすまなかった』


「あなたのせいじゃありません」


俺は力なく答えた。


『私の血族が起こした事だ。謝罪させてくれ』


「あなたが謝罪してもエフィナは戻って来ません。それにあいつらは”正しい”事をした。そうでしょ?」


俺は石碑に背を向けた。


そして俺は肩を振るわせながら石碑に問いた。


「俺はこれからどうすればいいんでしょうか?エフィナは俺に助けてと言いながらも今までの日常にも戻ってほしいと矛盾した事も願ってる。力のない俺はどうしたら……」


俺は両膝をつき涙をボロボロとこぼした。


『力のない者が選ぶ道は、常に苦しみの先にある。だが、“どうしたらいいか”という答えは、他人から与えられるものではない。それは、お前自身が導くものだ。私も、そうして今日に辿り着いた』


俺は俯いたまま、唇を噛み締める。


「……俺自身で、導く……?」


『そうだ。その答えはお前自身で導かなければならない。これからの人生このように選択を迫られる時は何度も訪れる。だから他人に委ねてはいけない。お前が考えて考えて考え抜いたその先に、お前が求める答えがある』


声が静かに、心の奥に染み込む。


「分かりました。考えてみます」


『後悔のない選択を……』


光が静かに消え、風だけが残る。


俺はしばらく、石碑の前に座り込んだまま動けなかった。


涙が頬を伝い、手首の印が微かに脈を打つ。


「……俺が、自分で導く……か」


拳を握り、立ち上がる。


夜明けの空がうっすらと白み始めていた。


夜が明けきらぬ灰色の光が、窓の隙間から差し込んでいた。


俺は机に両肘をつき、何度も紙の上に線を引いては、消し、また書いた。


地図の端には「聖ヴェリシア王国」と震える文字で書かれている。


だが線は途中で止まり、何度描いてもその先へ進むことができない。


(どうやっても敵わない。ガルドさんが言った通りだ。でも……何もしなければ、エフィナは……)


”印”がわずかに脈打った。


まるで焦るな、とでも言うように。


「……俺は、どうしたい?」


石碑の言葉が脳裏に蘇る。


俺は深く息を吐き、机から立ち上がった。


そして静かに拳を握る。


「……やっぱこれしかないよな」


俺は決意を胸に酒場に向かった。

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