第40話:勇者の力
聖ヴェリシア王国から来た騎士団にエフィナの存在がバレそうになった時、冒険から戻ってきた、ガルドさんとミリアさんが騎士団に立ちはだかった。
「よそから来たってんなら客人扱いしてやるさ。だが村を荒らすつもりなら……俺が相手になるぜ?」
ガルドさんは剣を肩に担ぎ、冷たい視線で騎士団を睨み据える。
ミリアさんは軽やかに前へ出て、杖を構えた。
「探し物は勝手にしていいですが、村の人達を脅かすのはやめてください。村の人達も急にこんな多勢で押しかけられて困惑しています」
村の入口の空気は一気に張り詰め、騎士団と二人の冒険者が向かい合った。
聖ヴェリシアの紋章が輝く鎧と、村に根付いた冒険者達の影。
両者の視線が交差し、今にも衝突が始まりそうな緊張が走る。
「冒険者風情が、我ら聖ヴェリシアの剣を止められると思うな」
ディオバルドは、ガルドさんとミリアさんを鼻で笑い、一蹴するように言い放った。
「どけ。時間稼ぎなど無駄だ」
ディオバルドが剣を一振りするだけで突風が巻き起こりガルドさんとミリアさんが軽く吹き飛ばされた。
その実力差は俺でも分かるくらい歴然だった。
それでも、二人は立ち上がり村を守るため一歩も退かない。
その間、ひとりの村人が俺にこっそり声をかけてきた。
「ここは俺達に任せて、お前達は裏から逃げろ。エフィナちゃんの事がバレた可能性が高い」
俺はエフィナの手を取りその場から離れようとした。
ディオバルドは俺達の行動を見逃さず、俺の前に一瞬で回り込んできた。
「どこに行く?」
俺はディオバルドから視線を外せなかった。その冷徹な視線から目を逸らした瞬間斬られると思ったからだ。
「その二人に手を出すんじゃねぇえええ!!」
ガルドさんが俺の背後から飛び出しディオバルドに斬りかかる。
「雑魚が……」
ディオバルドは楽々にガルドさんの攻撃を避け反撃し斬った。
「に、逃げろ……!お前ら、今すぐ……!」
その言葉は虚しく散り、再びディオバルドが俺とエフィナの前に立ち塞がり騎士団達は周囲を取り囲んだ。
俺はエフィナを背に庇い、声を張り上げた。
「待ってください!ここに魔族なんているわけないでしょう!皆さんが怖いと、この子が言うから離れようとしただけです」
だがディオバルドは一歩踏み込み、俺の言葉を切り裂くように断言した。
「……無駄だ。目くらましは通じぬ」
ディオバルドの瞳がエフィナに向けられる。
「その娘から漂う気配、紛れもなく魔族」
エフィナの顔が青ざめ、震える。
「ち、違う……わたしは……」
「言い訳は不要だ!」
ディオバルドが剣を振り上げ、稲妻のような速さで斬りかかる。
俺は咄嗟に身体を投げ出した。
「やめろッ!!」
自分の身でエフィナを守ろうと、その刃の前に立ちふさがる。
だが、その瞬間。
横から強い腕が俺の肩を掴み、力任せに突き飛ばした。
「下がれ!」
視界を覆ったのは、ユナの親父さんの背中だった。
逞しい体格で、今はただの村の酒場を仕切る男。
だが、その目は若き日に戦場を駆け抜けた戦士の鋭さを宿していた。
「この子らに指一本触れさせん……!」
鋭い閃光が走る。
ディオバルドの剣が、親父さんの胴を深々と裂いた。
血飛沫が散り、赤黒いしぶきが地面に滴る。
「「マ、スター……!!!」」
俺とエフィナの叫びが重なった。
親父さんは苦痛に顔を歪めながらも、振り返って二人に笑みを向ける。
「……心配するな、お前達は、俺が……」
その言葉とともに、マスターの身体が力なく崩れ落ちた。
エフィナの肩が震える。
俺は彼女の腕を掴み、必死に立たせようとする。
「エフィナ、逃げるぞ!ここで捕まったら終わりだ!」
「で、でも……足に……力が……」
騎士達の鎧が擦れ合う音が近づき、剣先が無数に二人を取り囲む。
逃げ道は、もうどこにもなかった。
その時、奥から鋭い叫び声が響いた。
「やあああああぁあぁぁぁッッ!!!」
ユナだった。
親父さんが地面に倒れているのを見た瞬間、彼女の瞳は怒りで燃え上がっていた。
「お父さんを……あんたたちが……!!!」
ユナは、拳を握りしめて騎士団に突っ込む。
その拳は烈風のように騎士たちの鎧を叩き、数人が呻き声と共に床へ崩れ落ちた。
「はあああああっ!」
その勢いは、怒りと悲しみが乗り移った鬼神のごとく。
だが。
「小娘が」
ディオバルドは一歩踏み込み、無駄のない動きでユナの拳を受け止める。
剣の柄で鳩尾を突かれ、次の瞬間、頭を打ち抜かれるような一撃を食らった。
「か……はっ……」
ユナの身体は糸の切れた人形のように崩れ落ち、気絶した。
その光景を見て、エフィナの瞳から光が消えた。
「ユナまで……!いや……いやだ……」
膝から力が抜け、床にへたり込む。
俺は必死に抱き起こそうとする。
「立て!エフィナ!今ここで倒れたら……終わりだ!」
「でも……怖い……足が……動かない……!」
騎士達が二人を取り囲む円は狭まり、剣の刃が容赦なく光を反射する。
「観念しろ」
背後から迫る冷たい声と共に、ディオバルドの剣が振り落とされた。
咄嗟に俺は、気絶する直前のユナが押し付けてくれた、短刀を引き抜き、振り向きざまに受け止めた。
鋼と鋼が激突する、耳を劈くような音。
だが……。
「くだらぬ」
ディオバルドが力を込めた瞬間、短刀は容易く砕け散った。
俺の腕に衝撃が走り、体勢を崩す。
「がっ……!」
剣の衝撃と共に、俺の身体は床に叩きつけられた。
広場には、血と鉄と絶望だけが残った。
親父さんは血溜まりに沈み、ユナは動かず、エフィナは膝を抱えて震えている。
そして俺もまた、倒れ伏して立ち上がれなかった。
ディオバルドの影が、じりじりとエフィナへ迫っていく。
ディオバルドの剣先が、震えるエフィナの喉元へと突き付けられる。
俺は地面に倒れ、必死に手を伸ばそうとするが力が入らない。
地面に広がる血の匂いが、恐怖と焦燥を煽る。
エフィナの掌に、淡い黒紫の光が集まり始めていた。
魔族としての本能が、仲間を守ろうと力を呼び起こす。
「やめろ」
ディオバルドの冷たい声が、その一縷の希望を切り裂いた。
「魔族の力を使うならば、お前を匿ったこの村もろとも、我らの剣で消し去る。老いも女も子供も、一人残らずだ」
その言葉に、エフィナの目が大きく見開かれた。
「そ、そんな……!」
エフィナは震える体で必死に言葉を紡ぐ。
「ま、待って……!村のみんなは……何も知らないの……!」
涙がこぼれ、喉を詰まらせながらも必死に声を張る。
「わたしが……隠れなきゃならなかったから、この村に身を置いただけ!村の人達は関係ない……!だって……」
彼女は胸に手を当て、懸命に言葉を絞り出す。
「今のわたしを……人間だって思ってくれてるのは……わたしの魔法のせいなの!みんなは……わたしのことを魔族だなんて知らない……!わたしが力を取り戻すまで、ただ……わたしが勝手に……隠れ蓑にしてただけ……!」
ディオバルドは冷ややかな眼差しを崩さず、剣を突き付けたまま黙っている。
騎士団の面々がざわめき、互いに視線を交わす。
エフィナは涙で濡れた瞳を上げ、声を震わせて続けた。
「だから……お願い……村人達は……村の人達は、罪なんてない……!罪を背負うなら……わたし一人でいい……!」
その声は広場の空気を震わせ、倒れ伏す俺の胸を締めつける。
エフィナは力を振るうことをやめ、ただ必死に村人を守る方法を探し続けていた。
その姿は、彼女がどれほどこの村に馴染み、愛しているかを雄弁に物語っていた。




