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第4話:秘密

夕暮れ。


俺は昼食のお礼にと酒場の手伝いを申し出た。俺もユナも何も考えずにエフィナも一緒に連れて行った。俺達はこの時の軽率な行動を後々、後悔した。


酒場のランタンに火を灯す親父さんの背中を見て、俺達は親父さんに駆け寄った。


「おかえり。どうだった、カナトのとこは?……っ!」


エフィナの姿を見た親父さんは複雑な表情を浮かべていた。


彼はしばし黙り込み、やがて低い声で口を開いた。


「……そいつは魔族か」


「うん」


「……お前達、何を考えてやがる」


親父さんの声には怒りよりも、深い戸惑いが滲んでいた。


酒場を訪れる村人達や冒険者達の顔が、脳裏に浮かんだのだろう。


その様子にエフィナは全く理解しておらずニコリと笑い、首を可愛らしく傾げ俺とユナを見ていた。


被害はなかったとはいえ、魔王軍にいつ攻め入られるか分からない恐怖は二十年経ったとはいえ、早々癒えるもんじゃない。


ユナは慌てて首を振った。


「でもね、この子……悪い子じゃないよ!“太陽みたい”って言ってくれて……すごく純粋で……」


親父さんはユナの必死な訴えに視線を落とし、ため息をついた。

 

そして、しわの刻まれた大きな手でユナの頭をそっと撫でる。


「……お前がそう感じたなら、そうなんだろう。けどな、ユナ」


「……うん」


「村のみんなが、同じように思うとは限らない。魔族ってだけで、受け入れられねぇこともある。それに魔王はいなくなったとはいえ、20年経った今でも争いはまだ各地で細々と続いている。冒険者達にとってもその魔族は例外なく討伐対象だ」


ユナはぎゅっと拳を握った。


「……だったら、私が守るよ。だってこの子……寂しそうだった」


親父さんはしばらく黙ってユナを見つめ、やがて苦笑を浮かべた。


「……やれやれ、母さんに似て頑固だな」


ランタンの火がゆらめき、酒場の中に温かな明かりが広がっていく。


だがその温もりの裏に、ユナの告げた言葉は確かに影を落としていた。


ユナが言葉を飲み込んだまま黙っていると、父はランタンを最後のひとつに灯し終え、ゆっくりと腰を下ろした。木の椅子が軋む音が、静かな酒場に響く。


「ユナ、カナト。この魔族の事だが……」


「……うん?」


親父さんは低く、重みのある声で続けた。


「今ここで俺に話したこと、村の誰にも言うな。てかここに来るまでに誰かに見られたか?」


ユナは目を瞬かせて困惑していたので俺が代わりに答えた。


「何人かとはすれ違ったけど、夕暮れって事もあって誰も気づいてない……と思う」


俺は気づかれていないという確証は持てなかったがそう言うしかなかった。


親父さんはそうかと一言だけ呟いた。


「……なんで? 別に、悪い子じゃないのに」


ユナが戸惑って聞いてみると……。


「だからだ」


親父さんは鋭い眼差しでユナを見つめた。その瞳に、酒場の主として数えきれぬ人々を見てきた大人の現実が宿っている。


「村の人間は、皆が皆お前みたいに素直じゃねぇ。20年前までの恐怖は早々忘れられるもんじゃない。さっきも言ったが“魔族”ってだけで、子供だろうが、何だろうが、討伐対象だ。刃を向ける奴は必ず出る」


「……っ」


ユナは思わず言葉を詰まらせた。頭では理解できる。けれど、胸の奥の反発が消えないって感じに見えた。


「いいかユナ、カナト。もしその子を守りたいと思うなら――なおさら口外しちゃいけねぇ。秘密ってのはな、知ってる奴が増えれば増えるほど、守りきれなくなるもんだ」


親父さんの声は厳しかったが、その奥に俺やユナを思う気持ちがにじんでいた。


ユナと俺は小さく唇を噛みしめ、やがてうなずく。


「……わかった。誰にも言わない。私とカナト、父さんだけの秘密にする」


父はしばらく見つめたのち、ふっと息を吐いて苦笑した。


「カナトも頼むぞ。……俺の娘は、昔から余計なことに首を突っ込みたがるからな」


「分かった」


「むっ、余計なことじゃないもん!」


口を尖らせるユナに、親父さんは笑みを浮かべた。ユナは心の奥で呟いたと後になって聞いた。


(……どうか、エフィが災いの火種になりませんように)


その後、ユナは残りの開店準備をする為に奥に行き、俺とエフィナと親父さんの3人になった。


「嬢ちゃん、名前は?」


親父さんはエフィナと同じ目線になるように膝をついた。


「エフィナ!」


無邪気に答えるエフィナ。


「エフィナか、いい名前だ」


親父さんはエフィナの頭を撫で、俺に真剣な眼差しで振り向いた。


「再三言ってるが、村の連中や冒険者達にバレたら、あの子は間違いなく排斥される。いや最悪、殺されるぞ」


俺の喉がひりつく。その可能性を考えなかったわけじゃない。だが、改めて言葉にされると胃の奥に重しを落とされたようだった。


「さっきはユナに先を越されたけどそんなこと、俺が絶対にさせません」


俺はエフィナを見て答えた。


「そう言うと思ったよ」

 

親父さんはかすかに笑みを浮かべる。だがその目は真剣なままだった。


「なら覚えとけ。『守る』ってのは、ただ側にいることじゃねぇ。必要な時には嘘も隠し事もする。時には、自分が悪人になることだってある。……それができねぇ奴は、結局誰も守れねぇ」


俺は拳を握りしめ、うなずいた。


「……はい」


「よし。それでいい」


親父さんは肩を軽く叩き、煙草を踏み消す。


「ま、せいぜい気張れ。あの子を守れるかどうかで、お前がただの村人か、それともこの子の“勇者”になれるかが決まるだろうよ」


その言葉は、夜風に混じって俺の胸に重く刻まれた。

 

その夜、親父さんと俺、ユナ、エフィナの間に交わされた“秘密”は、やがて村全体を巻き込む大きな物語の始まりとなるのだった。

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