第39話:勇者の国からの来訪者
夕方
俺とエフィナは村に帰り、真っ先に酒場に向かった。
酒場の扉を開くとそこにはいつも通りの日常があった。
冒険者と村人達が楽しく酒や食事をしていた。
親父さんとユナは慌ただしく働いていたが、俺達に気づきユナが駆け寄ってきた。
「ごめ〜ん。よかったら手伝ってくれない?冒険者の人達がいっぱい戻ってきて、てんてこ舞いなの」
話したい事があったが、それどころじゃないと思い手伝う事にした。
「分かった」
「わたしも手伝うね」
俺達はそれぞれユナに指示された持ち場に入り仕事を始めた。
俺達二人が入っても忙しさは変わらず、時間があっという間に過ぎていった。
ようやく、客が引き始め落ち着きを取り戻してきた酒場。
「ありがとうね。私とお父さんだけでいけると思ったんだけどね、想像以上のお客さんにびっくりだよ」
ユナは頭に巻いていた三角巾をほどき、一息ついた。
「一息ついてるとこ悪いんだけど、親父さんを呼んできてくれないか?」
俺の真剣な表情にユナは何も言わず親父さんを呼びに行ってくれ、少しして親父さんが裏からカウンターに出てきた。
「どうしたカナト?」
俺は今日、村外れにある石碑が語った事について親父さんとユナに話した。
二人とも俺の話を最後まで真剣に聞いてくれた。
親父さんはタバコの煙をふーっと吐くと……。
「その石碑の話が本当なんだとしたら、近日中に【聖ヴェリシア王国】から使者が来るってことか……」
「聖ヴェリシア王国?そこが勇者の国の名前なんですか?」
「あぁ。魔王を討伐した勇者もたしかその国の出身だったはずだ」
「ていうか、お父さん、勇者が前回の人以外にもいたって知ってたの?」
「当たり前だろ、世界の常識だぞ。はぁ〜、お前とカナトにはもう少し世界について勉強させるべきだったな。カナトも知らなかっただろ!?」
親父さんの睨みに俺は目を逸らした。
ユナは、あははと頬をかいていた。
「いいか聖ヴェリシア王国。つまり勇者の国だな。そこは五百年前までは数ある王国の一つに過ぎなかった。だがある日、強い魔族が率いる軍勢が魔界からこの世界に侵攻してきた。その時、迎え撃ったのがシリウス・ヴェリシア、最初の勇者だ」
「シリウス・ヴェリシアは特別な力を持っていた。戦いは三日三晩続いたと言う。そしてシリウス・ヴェリシアが敵側の大将を見事に撃ち取り、魔族達は撤退していった。世界の危機を救ったシリウス・ヴェリシアは勇者として讃えられ、その国の姫を娶り、王になった。その後も何度も魔族からの攻撃を退け、世界最強の王国として君臨した。魔族達もシリウス・ヴェリシアが生きている間は無理だと悟り、死ぬのを待った。そしてシリウス。ヴェリシアが死んだと同時にまた侵攻を始めたが、シリウス・ヴェリシアの子供や子孫達に魔王が現れるまで何百年も撃退されてきた」
「特別な力って?」
ユナが聞いた。
「俺も詳しくは知らんが、魔を祓う力らしい」
「でも魔王にその力は通じなかった?」
ユナが立て続けに質問をする。
「そうだな。勇者の力が通じないと知り世界は絶望に包まれた。当時の俺もこのまま世界は終わるものだと思っていた。だが魔王は討伐された。なんの変哲も無い、たった一人の冒険者に。世界は彼を勇者と呼んだ。聖ヴェリシア王国は一応自分の国の出身だということで体裁は保たれただろうが、内心はらわた煮えくり返ってただろうな」
親父さんはフッと笑った。
「で、その聖ヴェリシア王国から血族、つまり王族が来るってこと?」
ユナは今度は俺に尋ねてきた
「そうみたいだ。エフィナを狙ってる可能性があるって」
「それってエフィナが魔族だってバレてるってこと!?」
「確証はないけど、異変を解決できた事について何かを疑ってるって言ってた」
「なら、来てもギルドの冒険者達と村の人達で解決したって言えば大丈夫じゃない?」
「それはどうだろうな。向こうさんはある程度の確証を持ってくると思うぞ。そうじゃなきゃ、こんな辺鄙な村までわざわざ来る意味が分からん」
親父さんはエフィナを見る。
エフィナは少し怯えた様子を見せる。
それを察し親父さんはエフィナの頭を優しく撫でた。
「まあ来るっていうのが分かってるなら対応はできる。村長に相談してくる。店はお前達三人に任せた。無理と思ったら無理矢理追い出して閉店しろ。いいな?」
親父さんは店を出て村長の家に向かった。
その日は閉店まで親父さんが戻ってくる事はなく、俺とエフィナは帰路についた。
数日後、村の入口に重厚な蹄の音が響いた。
白銀に輝く鎧、漆黒のマントをなびかせた聖ヴェリシアの騎士団が列をなし、村に入ってきた。
先頭に立つのは団長格と思しき壮年の騎士。背筋を伸ばし、鋭い眼差しを村人達に向ける。
「我らは聖ヴェリシア王国より派遣された聖騎士団である。先日、魔王城にて起きた異変について調査せよとの勅命を受け、この村に参った」
その声は広場全体に響き渡り、村人達は固唾を飲んで見守った。
俺はエフィナを後ろに隠した。
村長は緊張しつつも一歩前に出て、頭を下げた。
「は、はい……あの異変は、村の者達と、そして冒険者の力を借りて解決いたしました」
団長は眉をひそめる。
「ふむ……村人と冒険者ごときで、魔王城の異変を解決したと?」
「そ、それが……本当でして……」
村長は必死に平静を装いながら答えた。だが決して、エフィナのことには触れない。
エフィナが魔族の血を持つと知られれば、即座に処刑されることは明らかだった。
その時、騎士団の列の中から若い男が一歩進み出た。
金の髪を持ち、澄んだ瞳には威圧にも似た強い光。
「私はディオバルド・ヴェリシア。勇者の直系の一人だ」
彼こそが「勇者の直系」の一人。血筋の正当な継承者らしい。
ディオバルドは周囲を見回し、鼻を利かせるように深呼吸した。
「ここには……魔族の気配を感じるんだが」
その言葉に、エフィナの存在に気づかれたと村人達の間にざわめきが広がった。
「魔族……?」「まさかこの村に……」
騎士団や団長はすぐに村の周囲を確認する。
「捜索せよ!村を一軒残らず調べ上げろ!」
ディオバルドの号令に騎士達が武器を鳴らし、村の中へ進もうとしたその瞬間……。
「ちょっと待ちな」
荒々しい声が空気を裂いた。
冒険から戻ったばかりのガルドさんとミリアさんが、騎士団の後ろに姿を現した。
ガルドさんは剣を肩に担ぎ、冷たい視線で騎士団を睨み据える。
「よそから来たってんなら客人扱いしてやるさ。だが村を荒らすつもりなら……俺達が相手になるぜ」




