第37話:大樹を救え
翌日
俺、エフィナ、ユナ、そして協力を約束してくれた冒険者二人は、深い森を抜けて再び大樹の前に立っていた。
大樹は陽光を浴びて枝葉を広げているが、その根元は異様なまでに暗く湿っており、根の下へと続く裂け目のような
空洞が口を開けていた。
エフィナがそっと幹に手を置く。
「……来たよ。絶対に助けるから」
その瞬間、俺と手を繋いだことで、再び大樹の”声”が二人に届いた。
『戻ってくれたのだな……ありがとう。根の奥に、黒き影が巣くっておる。力が弱まり、このままでは森全体が蝕まれてしまう……どうか、頼む』
俺は静かに頷く。
「約束したからな。必ず追い払ってみせる」
ユナは鋭く根元の裂け目を見やり、拳同士を叩き合う。
「……行くしかないわね。みんな、気を引き締めて」
冒険者二人も腰の武器を確かめ、短く頷いた。
根の裂け目は狭く、最初は人一人がやっと通れるほどだった。
松明に火を灯し、俺が先頭に立つ。湿った土の匂いと、ひんやりとした空気が肌にまとわりつく。
奥へ進むにつれ、地面には黒い斑点のようなものが浮き出てきた。根の表面を蝕み、じわじわと広がる黒い瘴気。
エフィナが顔をしかめる。
「これ……魔族の気配に似てる。でも……もっと歪んでる」
「嫌な気配だな」
冒険者の一人が低く呟く。
やがて空洞が広がり、五人が並んでも余裕のある大きな空間に出た。
そこには、巨大な根を鎖のように絡めとり、中心に黒い塊が脈打っていた。
その塊からぬるりと姿を現したのは……。
土色の甲殻に覆われた巨大なムカデのような魔物だった。
無数の脚が地面を這い、顎からは酸を滴らせている。
「げっ……こりゃまた厄介そうだ」
冒険者の一人が呻く。
魔物の目が赤く光り、耳を裂くような咆哮をあげた。
次の瞬間、酸を含んだ唾液が飛び散り、地面がじゅうじゅうと音を立てて溶ける。
「みんな散れっ!」
俺の声で全員が飛び退く。
ユナが素早く前に出て、ムカデの横っ腹に拳を打ち込む。
「ここで倒すしかない!」
エフィナの印が輝く。エフィナは印の力を理解してから次々と魔法を覚えていってる。できれば戦闘には参加してほしくはないが、そうも言ってられない。
「炎よ!」
赤い火球が放たれ、ムカデの甲殻を焦がす。だが、分厚い殻に阻まれ、傷は浅い。
「硬ぇな……!」
冒険者が唸り、槍で突きを放つも弾かれる。
俺は歯を食いしばり、短刀を構え直した。
「甲殻の隙間を狙うんだ!根をこれ以上汚させるわけにはいかない!」
ムカデのような魔物が牙を剥き、地面を這うたびに根を削り、瘴気をまき散らす。
その動きは巨体に似合わず素早い。
「くっ……速い!」
ユナが後ろに飛び退ながら、防御をするが、衝撃で腕がしびれる。
すかさずエフィナが声を張る。
「ユナ、下がって!《火炎の壁》!」
炎の壁が迸り、ムカデの突進を押しとどめた。だが炎の間を無理やり突き抜け、酸を飛ばす。
「うわっ!」
冒険者の一人が間一髪で避けるも、飛沫が肩にかかり、鎧が溶けて煙を上げる。
「ぐっ……!だ、大丈夫だ!」
痛みに耐えながら槍を構え直した。
「隙を作る!槍で注意を引いてくれ!」
と俺が叫ぶと……。
槍の冒険者が大声をあげて突進し、ムカデの目を狙う。
その瞬間、もう一人の冒険者が側面から斧を振るい、甲殻にひびを入れる。
「今だ!」
俺は短刀を抜き、甲殻の隙間、関節部に滑り込むように斬り込んだ。
甲殻の間から黒い体液が飛び散り、ムカデが絶叫する。
だが反撃も早かった。巨体をうねらせ、尻尾で薙ぎ払う。
「うっ!」
俺は壁際まで吹き飛ばされ、岩肌に背を打ちつけた。
「カナト!」
ユナが駆け寄ろうとするが、その前にムカデが再び酸を吐く。
「しつこいヤツ……!」
ユナが必死に動き、俺から酸の軌道を逸らしてくれる。
エフィナは印を輝かせ、祈るように唱えた。
「悪い虫さんは、燃え尽きて!《紅蓮の槍》!」
炎の槍が生まれ、ムカデの背中に突き刺さる。今度は甲殻を貫き、黒煙が噴き出した。
「効いてる!」
「ここで決めるぞ!」
俺が立ち上がり、短刀を逆手に握る。
槍の冒険者が最後の力で突撃し、ムカデの体をぐらつかせる。
その隙にユナが跳び上がり、目を狙って剣を突き刺した。
「今よ、カナトっ!」
俺は全身の力を込めて走り込み、甲殻の割れ目に短刀を深く突き立てた。
「うおおおっ!」
甲殻の内側に届いた瞬間、ムカデが断末魔の咆哮を上げ、のたうち回る。
エフィナの炎が再び燃え上がり、ユナの拳がムカデの甲殻を貫く。
冒険者達の槍と斧が重なり、ついに巨体が崩れ落ちた。
ムカデの体は黒い瘴気となって溶け、根元から離れていく。
蝕まれていた大樹の根が、少しずつ清らかな光を帯びて修復されていった。
大樹の声が再び響く。大樹の中ってこともあるのか、エフィナと手を繋がなくても全員に大樹の声が聞こえた。
『よくぞ……倒してくれた。森も、我も救われた……。恩に報いる術は乏しいが、いつの日か必ず……』
エフィナは微笑み、幹に手を当てる。
「ううん、それだけで充分。ありがとうって言ってもらえただけで……嬉しいよ」
俺は短刀を収め、深く息を吐いた。
「……無茶苦茶だったな。でも、約束は守ったぞ」
仲間達は疲労で座り込みながらも、互いに顔を見合わせて笑い合った。
村の門が見え始めた頃、夕暮れの光が赤く染まり、俺達の影を長く伸ばしていた。
疲労は確かに残っていたが、心の奥には達成感が宿っている。
エフィナは歩きながら胸を張り、
「大樹を蝕んでいた魔物も倒せたし、森は少しずつ元に戻っていくはずだよ」
と力強く言った。
その言葉に俺も深く頷く。
「ああ、もう心配はいらない。大樹は俺たちが守った」
村の広場に入ると、人々が気付いてざわめきが広がった。
「帰ってきたぞ!」
「カナト達が戻った!」
子どもたちが駆け寄り、老人たちが笑顔で出迎えてくれた。
「よくやったな、カナト、ユナ、エフィナ」
親父さんが俺達三人を強く抱きしめた。
「ちょっ、お父さん、痛い痛い。は〜な〜し〜て」
ユナは恥ずかしながらもあまり抵抗はしていなかった。
俺は親父さんから脱出し村のみんなに言った。
「大樹を蝕んでいた魔物はここにいる五人で倒した。森はもう大丈夫だ。安心して暮らしてほしい」
歓声が上がり、安堵と喜びの波が広場を包む。
エフィナは小さく拳を握りしめ、大樹に向かって心の中で誓った。
必ずまたあの大樹に戻る。約束は忘れない。




