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第35話:森の囁き

魔物騒動翌日


村長の家。


質素な木の机の上に、布で丁寧に包まれた小箱が置かれていた。


「これを、隣町にいる古い知り合いに届けてほしいんじゃ」


村長はそう言いながら、俺に小箱を差し出した。


「……大切なものですか?」


俺が受け取ると、村長は静かに頷く。


「まぁな。少ししたら戻ってきてくれればいい。道中、最近は魔物も落ち着いてきたし、問題はないはずじゃ」


その場にいたエフィナが目を輝かせる。


「カナトと一緒なら安心だね! 私も行きたい!」


俺が少し迷うと、村長はにやりと笑った。


「構わんよ。外の世界を知るのもいい勉強になるじゃろ」


あれ?エフィナって村の周辺と魔王城以外知らないのか?とふと疑問が浮かんだ。


「わ〜い、楽しみ」


まあその辺は後で聞いたらいいかと俺は村長の頼み事を引き受けた。


空は澄み渡り、道は穏やかだった。


俺とエフィナは馬車に揺られながら、のんびりしていた。


「エフィナ、そう言えばお前ってどこから来たんだ?」


「う〜ん分かんない。気づいたらカナトと出会った石碑の前にいた」


(石碑か……。あれから何度かエフィナと赴いたが、いつもエフィナが一人で楽しそうに話している事以外、特に何もないんだよな……)


「急にどうしたの?」


エフィナが俺の顔を覗き込んでくる。


「いや、俺ってエフィナの事、何も知らないような気がしてな」


その言葉にエフィナは嬉しそうに瞳を大きく開いた。


「えっ!それってエフィナの事をもっと知りたいって事なのかな?」


「そうだな。エフィナの勇者様として知っておきたいかな?」


「そうか、そうか。それならエフィナの事を話してしんぜよう」


俺は少し前のめりになりエフィナの次の言葉を待った。


「……」


「……」


しばらく続く沈黙に俺はごくりと喉を鳴らした。


「やっぱり、分かんないや。カナトと出会う前の事、何も覚えてない!!」


エフィナは胸を張って言った。


俺はガクッとなった。


「俺と会う前の事を覚えてないって、記憶障害か?不安じゃないか?」


エフィナは首を横にブンブンと振った。


「不安じゃないよ。だってカナトに会えたから」


エフィナは少し大人びた笑みを俺に向け、俺はドキッとし顔を背けた。


「ん?どうしたの?」


エフィナが俺の顔を覗こうと回り込んでくる。


「何でもない」


俺は手で顔を隠す。


「えぇ〜何で顔隠すの!?ねぇってば〜」


そんなこんな話やじゃれあいをしながら、村から三時間ほどで隣町に到着する。


町では村長の知り合いの老人が待っており、小箱を受け取ると目を潤ませて喜んだ。


「本当にありがとう……助かったよ」


用事は滞りなく済み、町で少し休憩をとった後、俺達は帰路についた。


夕陽が差し始め、森の木々が赤く染まる。


鳥の鳴き声が遠ざかり、代わりに虫の声が響く頃……。


「……カナト、ちょっと待って!」


俺が馬車を止めると、エフィナが馬車から降り、耳を澄ます。


「どうした?」


俺は周囲を見回すが、特に異常はない。


エフィナは自分の胸を押さえ、顔をしかめる。


「……声、聞こえるの。前に、魔王城で聞いたみたいな……でも、ちょっと違う……」


夕闇の迫る森。


エフィナは不安げな顔をしながらも、何かに導かれるように森の奥へと足を進めていった。


「おい、エフィナ!勝手に入るな!」


俺が慌てて追いかける。


やがて、森の中央にぽっかりと開けた場所に辿り着く。


そこには、村のどの木よりも高く、堂々と天に枝を広げる一本の大樹が聳えていた。


エフィナはその木を見上げ、ふっと目を細める。


「……あなたが呼んでたの?」


風がそよぎ、葉が揺れる。


そのざわめきに重なるように、彼女の耳に確かに声が届く。


《そうだ、娘よ。私はこの森を見守る者……。だが今、根の深くに魔物が巣を作り、力を奪っている。どうか、助けてはくれぬか》


エフィナは息を呑んだ。


「……困ってるんだね」


俺は大樹を見上げながらも眉をひそめる。


「……また”声”か、エフィナ、魔王城の時みたいに俺も聞こえるようにならないのか?」


エフィナは一瞬迷ったが、ぎゅっと俺の手を握った。


「あの時は残滓の力が強力だったからみんなにも聞こえてたから。じゃあ……これならどう?」


彼女の手首に刻まれた「印」が淡く光を放つ。


その光が俺の腕を伝い、胸に溶け込むように流れ込んだ瞬間……。


《……そこの若き者よ。聞こえるか?》


重々しく、しかしどこか温かみのある声が、俺の頭に直接響いた。


「っ!?聞こえた……!」


俺は驚きに目を見開く。


《我が名はこの森を守りし者。この大樹そのものだ。長き時を見守ってきたが……根の下に巣食う魔物どもが、私の力を蝕んでいる。いずれ森は枯れ果て、この土地も荒れ果てよう》


俺はエフィナと視線を交わす。


「……魔王の残滓を倒して、やっと平穏が戻ったと思ったのに……また新しい厄介事か」


エフィナは不安げに、しかし強い目で言った。


「でも……放っておけないよね。森が枯れたら、村も……困る人がいっぱい出てくる」


俺は拳を握りしめる。


確かに助けたい気持ちはある。だが同時に、心の中に警戒心も芽生えていた。


(……本当に大樹の言葉を信じていいのか?魔王の影の一件もあったばかりだ。エフィナを狙う存在じゃないと、どうして言い切れる……?)


その葛藤を見透かすように、大樹は静かに言葉を重ねる。


《無理にとは言わぬ。ただ……私はこの森を守り続けてきた。今もなお、森の獣や鳥たちを見捨てたくはないのだ》


俺は唇を噛み、しばらく黙り込む。


エフィナがその手をぎゅっと握り返す。


「カナト、私は……信じたい。だって、この声……すごく優しいもの」


俺は大樹を見上げ、重く息を吐いた。


「……助けるべきか、それとも……。軽々しく答えは出せないな」


俺は長く息を吐き、深く頭を垂れた。


「……大樹さん。時間的にも戦力的にもすぐにどうこうできる話じゃない。俺はただの村人で、エフィナと二人きりじゃ危険すぎる。どの程度の魔物かも分からないし。けど……」


《……けど?》


俺は拳を握りしめ、真っ直ぐに大樹を見上げた。


「必ず戻ってくる。俺の知り合いにも相談して、力を借りて……あんたの根を蝕んでる魔物を追い払う。だから、それまで持ちこたえてくれ」


しばしの沈黙の後、大樹の枝葉がざわめき、どこか安堵したような響きが返る。


《……よかろう。約束を信じよう。待っているぞ、人の子よ。そして魔族の娘よ》


エフィナは目を潤ませ、小さく頷いた。


「うん……ありがとう。絶対、助けに戻るから」


帰り道、エフィナは主人公の手をぎゅっと握ったまま歩いていた。


「ねぇ……カナト、さっきの声、本当に優しかったよね」


俺は少し考え込みながらも頷く。


「ああ……でも優しさだけで信じちゃダメだ。魔王の影のこともあったし……。今回はちゃんと仲間に相談して、準備してから挑まないと」


エフィナは少ししょんぼりした顔になったが、やがて笑顔を取り戻す。


「……そうだね。でも、約束したから。だから……絶対忘れちゃダメだよ?」


俺は苦笑して頭をかく。


「忘れるわけないだろ。エフィナがここまで真剣な顔するの、久しぶりに見たからな」


エフィナは少し照れくさそうに頬を染め、また俺の手を強く握り直した。


馬車を置いた場所に戻ってきた俺達は馬車に乗り今度こそ村に帰った。

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