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第32話:食材探し

村に戻ってきてからの日々は、嘘みたいに穏やかだった。


朝は畑の手伝いをして、昼は木材を運んだり壊れた柵を直したり。


夕方には酒場へ顔を出し、親父さんとユナに混ざって客の注文を取ったり、皿を下げたり、エフィナが笑顔で冒険者達を相手していたり。


慌ただしいはずなのに、不思議と心地いい。


まるで時間が目まぐるしく流れていくことそのものが、平穏の証のように思えた。


一方、ギルド長や冒険者達は村の外での防衛を整えていたが。


凶暴化していた魔物達も沈静化し、いつもの生態に戻りつつあると確認されると、少しずつ村を後にしていった。


最後にギルド長が深く一礼して、「ここからはお前たちの生活だ」と告げて立ち去った日のことを、俺はよく覚えていた。


そして数日が経ったある日。


「悪いな、ちょっと頼みたいことがある」


夕暮れ時、仕込みで大鍋をかき回しながら親父さんが俺に声をかけた。


「え?俺にですか?」


「そうだ。明日からの仕込みに必要な“山ウリ”と“赤トカゲの乾燥尾”を切らしててな。どっちも村の周りじゃそうそう手に入らん」


山ウリは森の奥にしか育たない大きな実で、甘味と香りが酒の肴に合う。


赤トカゲの尾は乾燥させると独特の旨味が出て、スープや焼き物の隠し味になる。


「本来なら冒険者に頼む仕事なんだが……皆、村を出ちまったろ?俺とユナは開店準備で手が離せん。だから、お前に行ってほしい」


親父さんは申し訳なさそうに眉を寄せながら、しかしどこか期待するような目で俺を見つめた。


「……わかりました。俺でよければ」


そのやり取りを聞いていたエフィナが、ぱっと手を上げる。


「わたしも行く!カナトが行くなら、わたしも行く!」


その勢いは子どもの遠足前のようで、ユナが苦笑しながらタオルで手を拭った。


「……エフィ〜。いいけど、抜け駆けだけはダメだからね?」


ユナはじと目でエフィナを睨む。


「わたしはただカナトと一緒にいたいだけだもん!」


「それが抜け駆けだって言ってるの!」


二人のやり取りに、親父さんがふっと笑いをこぼした。


「まぁまぁ。二人とも気を付けて行ってこい。エフィナ。カナトが一緒なら大丈夫だろうしな」


「任せて!ちゃんと守るから!」


胸を張って答えるエフィナを見て、俺は思わず頬をかいた。


朝の光がまだ柔らかい時間帯。


俺とエフィナは親父さんから頼まれた山ウリと赤トカゲの乾燥尾用の尾を探すため、村を出て森の奥へと足を進めていた。


「ねえねえ、山ウリって大きいの?どのくらい?」


「人の頭くらいの大きさだな。表面はごつごつしてるけど、中は甘くて香りが強い」


「へぇぇ……食べてみたい!」


エフィナは目を輝かせながら、落ち葉を踏むたびに小さく跳ねていた。


道中、鳥のさえずりや風の音が心地よく、緊張感は薄い。


それでも俺は森の奥へ進むにつれて、周囲に耳を澄ませていた。


赤トカゲは臆病だが、いざ追い詰められると鋭い爪で飛びかかってくることがあるからだ。


やがて、木の根元にごつごつとした緑の実を見つけた。


「これだ!山ウリ!」


「よし、慎重にな。皮が固いから足場を崩さないようにして……」


俺が木を支え、エフィナが両手で抱えるようにして山ウリをもぎ取る。


「とれたーっ!」


エフィナは嬉しそうに掲げて、足元の葉っぱに滑りそうになったが、俺が腕を支えてやる。


「っと、危ない。ほら、気を付けろ」


「えへへ……ありがとう」


少しだけ頬を赤らめるエフィナ。


山ウリを袋に収め、赤トカゲの住処である岩場に足を踏み入れたときだった。


ガサッ。


「……動いたな」


視線の先、岩陰から赤い鱗の大きなトカゲがぬっと現れる。


「わぁ……大きい……」


「気を抜くな。尻尾が狙いだ、傷つけすぎると価値がなくなる」


俺が木の枝で牽制すると、赤トカゲが甲高い鳴き声をあげて飛びかかってきた。


俺は難なく避けた。冒険者達に比べたら単調で一直線の動きだ。避けるなんて造作でもない。


「今だ!」


俺が横へ回り込み、素早くナイフで尻尾の根元を切り離した。


尻尾は切り落とされると暴れるように跳ね、赤トカゲは威嚇の声を残して岩陰に逃げていった。


「やった……!」


「ふぅ、うまくいったな。これで親父さんに顔向けできる」


尾を拾い袋に入れ、帰路につこうとしたとき。


エフィナが突然「あっ」と声をあげた。


「どうした?」


「……靴が、木の根っこにひっかかっちゃって……」


バランスを崩し、俺の胸に思い切り倒れ込んでくる。


「わっ、と……だ、大丈夫か?」


「……うん。大丈夫……」


小さな声でそう答えるエフィナの顔は、どこか嬉しそうに真っ赤だった。


森を出る帰り道、エフィナはずっと俺の横を歩いて、ちらちらと俺を見上げていた。


「ねぇ、これって……二人で冒険してるみたいだね」


「冒険……まぁ、そうかもな。ただの食材探しでも、こうして出かけるとそんな気分になるな」


「……えへへ」


二人で他愛もない会話をしながら村への道を進んだ。


夕方前、俺とエフィナは袋を背負って村に戻ってきた。


村の門をくぐると、ちょうど酒場の前でユナが大鍋を洗っていた。


「ただいま戻ったぞ」


「ふふっ、ただいま~!」


と元気に手を振るエフィナ。


ユナは俺達の姿を見るなり、眉をひそめて小走りに近づいてきた。


「ちょっと……思ったより帰りが遅かったじゃない。何かあったの?」


「いや、赤トカゲと少し手間取っただけだ。ちゃんと尾は取ってきた」


俺は袋から赤い尾を取り出し、ユナに見せる。


「おお……!本当に取ってきたのか」


背後から声がして、酒場のドアから親父さんが顔を出した。


「山ウリまで揃ってるじゃねぇか。よくやったな」


大きな手で袋を受け取り、満足げに頷いた。


「へへ~、ちゃんと一緒に頑張ったんだよ!」


エフィナが誇らしげに胸を張ると、ユナはじとっとした視線を送る。


「……なんか楽しそうにしてるじゃない」


「え? うん! すっごく楽しかったよ!冒険してるみたいで!」


「……抜け駆けしてないでしょうね」


ユナのツンとした声音に、エフィナはきょとんとした顔をする。


「昨日の夜から抜け駆け、抜け駆けって言うけど、抜け駆けってなぁに?」


「っ……な、なんでもないわよ!」


耳まで赤くして視線を逸らすユナ。


俺はそのやり取りを見て、仲良いのか悪いのか分からなくなり困って頭を掻いた。


「別に何もなかったぞ。ただの採集だ」


「ふーん……まぁ、いいわ」


ユナは膨れっ面をしたまま大鍋を持ち上げて店に戻ろうとする。


あいつは何であんな不機嫌なんだ?と俺が首を傾げていると……。


そんな空気を和らげるように、親父さんがどっしりと笑った。


「ははっ、いいじゃねぇか。二人で行動して信頼も深まったんだろう。だがな……」


俺の肩に手を置き、低い声で続ける。


「この前も言ったがユナとエフィナを泣かしたら、俺は絶対に承知しねぇぞ」


「っ……!は、はい……(俺、二人に何かした?)」


俺はたじたじになり、苦笑いしながら返事をした。


その様子を見て、ユナは小さく「ふん」と鼻を鳴らし、エフィナは「えへへ~」と嬉しそうに笑っていた。


その後、俺とエフィナ、ユナの三人はそのまま酒場の中へ。


夕方の開店に備えて、店内にはすでに香ばしい匂いが漂っていた。


「はい、これ赤トカゲの尾。下処理は私がやるから、切り分けてくれる?」


ユナがエプロンをつけ、まな板を用意する。


「俺が切ればいいのか?」


「そう。変に力を入れすぎないでよ。固いけど、刃を滑らせる感じで」


「お、おう……」


俺がぎこちなく包丁を握る横で、エフィナは山ウリの皮をむいている。


「見て見て!きれいにむけたよ!」


「おお、なかなか上手じゃないか」


「えへへ~!」


それを見ていたユナは、つい口を尖らせる。


「……ふん。私だってもっと上手にできるし」


そう言いつつも、エフィナの皮むきを横目で確認し、こっそり満足げに微笑む。


調理場にはトントンと包丁の音と、二人のはしゃぐ声が響いていた。


「ねぇねぇ、これ終わったらまたカナトと一緒にどこか行きたいな!」


「そうだな……」


「だめ!次は私も一緒に行くんだから!」


ユナが即座に割って入る。


「ふふっ、じゃあみんなで行こうよ! 三人ならもっと楽しいよ!」


エフィナがにっこりと笑い、ユナは一瞬言葉に詰まった。


「……っ、まぁ……そうね。三人なら、悪くないかも」


俺は二人のやり取を微笑ましく見守りながら、黙々と赤トカゲの尾を切り分けていた。


仕込みを横で見ていた親父さんが、ニヤリと笑う。


「おお、なんだか賑やかでいいな。料理も手際がいいし、こりゃ今日の酒場も盛況間違いなしだ」


「でしょ!わたし、がんばったよ!」


とエフィナが胸を張ると、


「……私だって頑張ってるんだから」


とユナがそっと付け足す。


俺は二人を見ながら、心の奥が少し温かくなるのを感じていた。


「……まぁ、こうして過ごすのも悪くないな」


小さく呟いた言葉は、料理の音にかき消されて、誰にも聞かれることはなかった。

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