第31話:女の共闘
今日も朝っぱらからエフィナとユナは俺に何かしらの事をしてきて俺は正直疲れていた。
ーエフィナ&ユナ視点ー
今日の仕事もひと段落し、村が静まり返った頃。
酒場の裏庭で、木箱に腰かけたユナと、草の上に寝転ぶエフィナが夜空を見上げていた。
「ふわぁ……今日もいっぱい頑張った……」
「……エフィは元気すぎよ。昼間、カナトを振り回しすぎてたじゃない」
ユナが横目で睨むと、エフィナはけろりとした顔で笑った。
「だって好きだもん!カナトが一緒にいると、楽しいんだよ?」
「……っ……そ、そんなの……私だって同じよ」
ユナは頬を赤らめてそっぽを向いた。
少しの沈黙。虫の声が夜に溶けていく。
「でも……ユナもカナトのこと、いっぱい考えてるよね。分かるよ」
「……何それ」
「だって……ユナ、いつもカナトを助けてるもん。すごいなって思ってた」
ユナは言葉に詰まり、少しだけ肩を落とした。
「……エフィに褒められても、嬉しくないわよ」
「えへへ。わたしは嬉しい」
エフィナはころんと寝返りを打ち、星空に小さな手を伸ばした。
「ユナも私も……カナトを大事に思ってるのは同じだね」
「……まぁ……そうね」
ユナは小さく息を吐き、やがて観念したように微笑んだ。
「だったら……カナトに一番似合うのは私よ。エフィには負けない」
「うん!わたしも負けない!」
二人の声が重なり、裏庭に小さな笑い声が響く。
翌朝、ぐったりしたカナトが仕事もせずカウンターに座っていると、
ユナとエフィナが並んで笑顔で朝食を運んできた。
「はい、カナト!今日も元気に働きなさい!」
「食べて食べて!いっぱい元気になって!」
(……なんか二人とも、前より仲良くなってないか……?)
カナトは首を傾げながらも、差し出された料理を受け取るのだった。
夕焼けが村を赤く染める頃、ユナとエフィナは人気のない広場裏に集まっていた。
手にはそれぞれ買い込んだ食材や布の束。
「……で、本当にやるのね?エフィと一緒に」
ユナが腕を組みながら、不満げに目を細める。
「うん!カナトに喜んでほしいもん」
エフィナは満面の笑顔。
「ねえねえ、明日のお休みの日にさ、カナトに内緒でお料理作ってあげよ?あと、ユナが縫ってたやつも渡してあげようよ!」
「……勝手に決めないで。これは私が仕立ててる物なんだから」
ユナは呆れながらも、手元の布をそっと撫でる。
そこには、カナトが普段の仕事で使うための丈夫な上着の生地があった。
「ユナって、本当にすごいね。わたし、縫い物とか全然できないから……」
「……褒めても何も出ないわよ」
ユナは顔をそむけたが、耳は真っ赤だ。
「じゃあわたしはいっぱいお料理作る!大きなお肉料理とか、甘いお菓子とか!」
「ふん、子供のすることね」
「えへへ! だってわたし、まだまだ子供だもん!」
エフィナは無邪気に笑い、ユナは思わず吹き出してしまった。
「ってエフィ、前に200歳って言ったわよね。それでまだ子供って……はぁ。分かったわよ。明日は一緒にやりましょう。ただし、カナトが喜ぶのは私の方の準備だから」
「違うよ!わたしのだもん!」
二人は言い合いながらも、並んで夕暮れの道を帰っていった。
その背中はまるで姉妹のように仲睦まじく見えた。
そして村人達は「青春だなぁ」と目を細めて見守っていた。
ー翌日・昼ー
「えっ……な、なんだよこれ……」
カナトの前に並んだのは、ユナが仕立てた新しい上着と、エフィナが用意した山ほどの料理。
しかもテーブルクロスまでかけられ、小さな宴のように整えられている。
「ど、どう? 似合ってる?」
ユナがツンと澄ました顔で尋ねる。
「す、すごい……ありがとう……」
「こっちはわたしの!いっぱい食べてね!」
エフィナが皿を次々と並べ、にこにこ笑顔でカナトの口にスプーンを押し込む。
「ちょっ、私の服が先でしょ!」
「えへへ、こっちも美味しいんだから!」
二人に挟まれて右往左往するカナト。
(……なんで俺、こんなに疲れてるんだろ……嬉しいんだけど……)
そして窓の外では、村人達がそっと覗き込みながら、にやにや笑っているのだった。
ーカナト視点ー
俺は片付けを手伝い終え、酒場の片隅でぐったりと腰を下ろす。
「……はぁ……なんか、ここ何日かで、鍛錬でしごかれてた時くらい疲れた気がする……」
額を拭いながらつぶやく俺の背後から、低い笑い声が聞こえた。
「ほぉ、随分とモテモテじゃねぇか」
ユナの親父さんが酒瓶を片手に近寄り、どん、とテーブルに腰を下ろした。
その隣では村長も湯呑みを手に、にやにやと笑っている。
「ユナとエフィナに取り合いされるなんざ、男冥利に尽きるってもんじゃろう?」
村長が茶化すと、俺は顔を真っ赤にして両手を振った。
「ち、ちがっ……俺はそんなつもりじゃ……!」
「ははは、言い訳しても無駄じゃ。村中みんな知っとるわい」
村長は愉快そうに湯呑みを傾ける。
だが次の瞬間、親父さんの表情がぐっと引き締まった。
「……いいか、カナト」
低く、重みのある声。
「ユナとエフィナを泣かせたら、俺が承知しねぇからな」
その声音にはわずかに怒気が混じり、俺は背筋を凍らせた。
「ひ、ひぃ……!は、はいっ……!」
情けない声で返事をする俺を見て、村長が年甲斐もなく腹を抱えて笑う。
「はっはっは、まぁそういうことじゃ。大事にしてやれ」
「……っす……」
俺はたじたじになりながらも、二人の視線を正面から受け止めた。
外からは虫の声が静かに響き、村の夜は更けていく。
俺の胸の内には戸惑いと同時に、二人の存在の重さを改めて実感する思いが残っていた。
翌朝、俺が家の戸を開けると、すでに待ち構えていた二人の少女がいた。
「おはよー!」
エフィナが元気いっぱいに手を振る。
「……おはよう」
ユナは少し眠たげな顔をしながらも、じっと俺を見つめている。
「エフィナはともかく、何でユナまで……?また何かするつもりじゃ……」
俺が身構えると、エフィナは胸を張って答えた。
「だって!今日もカナトと一緒にいたいから!」
「……わ、私も。別に、昨日の続きとかじゃないから……ただ……一緒にいるのが当たり前になってるだけよ」
ユナは頬を赤らめながら、そっぽを向いて小声で付け加える。
俺は苦笑しつつも、どこか温かい気持ちに包まれた。
昨夜の親父さんの言葉が胸に残っているせいか、二人の存在を改めて大事に感じる。
「……ありがとな。二人とも」
ぽつりと口にすると、エフィナが満面の笑みを浮かべて駆け寄ってきて、俺の腕にぎゅっと抱きつく。
「えへへ!カナトだいすき!」
「ちょっ……!ま、またそういう子どもみたいなことを……!」
慌てて引き剥がそうとするユナだが、結局は諦めたように横に並び、少しだけ俺の袖をつまむ。
「……私だって、好きよ」
か細い声が風に紛れて届き、俺は聞き返そうとしたが、ユナはすぐにそっぽを向いてしまった。
村の朝は変わらず穏やかだ。
畑からは農夫の声、通りでは子どもたちの笑い声。
その中を、三人は並んで歩き出す。
魔王城の騒動がまるで夢だったかのように、平和な日常が再び彼らを包み込んでいた。




