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第29話:日常へ

焚き火の炎と笑い声が遠ざかる。


俺は杯を手にしながら、宴の輪から少し離れて夜空を仰いだ。


そこには、かつて魔王の影に覆われかけた空とは思えないほど澄んだ星々が瞬いている。


「……終わったんだな」


ぽつりと漏れた言葉は、夜風に溶けて消えていった。


勝利の喜びと、胸の奥に残るわずかな痛み。リオンさんの姿、ガルドさんの傷、そしてエフィナが流した涙。そのすべてが交錯し、心に重く沈む。


だが同時に、隣で笑い合う仲間達の声が、確かに俺を支えていた。


「なに黄昏れてんのよ」


背後から声がして振り返ると、ユナが杯を掲げて立っていた。


「せっかくの宴なんだから、しけた顔しないの」


「……悪い。ちょっと、色々考えてただけだ」


「考えるのは明日でもできるでしょ?」


そう言ってユナは俺の手を取り、強引に宴の輪へと引っ張っていく。


その横を、エフィナが笑顔で駆けてきた。


「ほらほら! もう一回乾杯するよ!」


「……ああ」


俺は自然と笑い、杯を高く掲げた。


再び焚き火の光の中に戻ると、仲間たちの歓声が全身を包み込む。


夜空の星々は見えなくなったが、それ以上に確かな「光」がそこにあった。


盛大な宴も終わりに近づき、人々は酔い潰れて寝息を立てる者、まだ火のそばで語らう者と、それぞれの余韻に浸っていた。


酒と肉の香りが漂う広場も、先ほどまでの喧騒が嘘のように静まり返っている。


ーガルド視点ー


ギルド長は焚き火の残り火を眺めながら、手にした杯を空にして、ぽつりと呟いた。


「……長い戦いだった。だが終わったわけじゃない」


その隣に、俺とミリアが腰を下ろす。二人ともまだ鎧の上半身を脱いでおらず、肩には戦いの余韻が色濃く残っている。


「そうだな」


俺は低く答える。


「魔王の憎悪と野心の残滓を封じたとはいえ……奴が完全に消えたわけじゃない。エフィナを見てりゃ分かる」


ミリアも杯を置き、静かにうなずく。


「エフィナさんの力も、彼女の存在も……人々にとってはまだ受け入れきれないもの。村が彼女を仲間として迎えたのは奇跡に近いわ。それに……今後も彼女を狙う者が現れないとも限らない」


ギルド長は腕を組み、深く息を吐く。


「冒険者ギルドとしても動かねばならんだろうな。凶暴化した魔物の件も片付いたわけじゃない。今後は各地で調査と防衛に人員を回す必要がある」


「俺達も手伝うさ」


俺は力強く言った。


「だが……」と視線を焚き火に落とす。


「俺は、あの子ら、カナトやユナ、そしてエフィを中心にしたこれからの歩みを、きちんと見届けてやりたい。リオンの時みたいに、二度と……後悔はしたくないんだ」


その声には、リオンを失った痛みと、深い信頼がにじんでいた。


ミリアはそんな俺を見つめ、そっと肩に手を置いた。


「ガルド……あの子たちはきっと大丈夫。私達が信じて、支えてあげれば」


「……ああ」


俺は頷くが、その拳はまだ固く握られていた。


ギルド長は二人を見て、にやりと笑う。


「まあまずは彼らが今後どうするつもりなのかは聞かねばならんがな」


「そうだな」

「ですね」


焚き火の炎が、三人の顔を照らす。


夜風に揺れる炎の音だけが響き、重いけれど確かな未来への決意がそこにあった。


ーカナト視点ー


朝の村はまだ眠っていた。昨夜の宴の名残で、あちこちから酒瓶と笑い声の余韻が漂う。


そんな中、俺とユナ、そしてエフィナは、広場に呼び出される。そこにはガルドさんとミリアさんが待っていた。

ガルドさんは真っ直ぐな視線で俺を見る。


「よぉ、昨日はよくやったな。……お前があの時、踏みとどまってくれたからエフィナは戻ってこれたんだ」


俺は少し戸惑い、目を逸らしながら答える。


「いや、俺なんて……最後はみんなの声が届いただけで」


「そういう謙遜はいらない」


ガルドさんは俺の肩を力強く叩いた。


「お前の言葉がなきゃ、あの子は戻れなかった。お前の一歩が道を開いたんだ」


エフィナは横で微笑み、小さな声で「ありがとう」と呟いた。


俺はその声に少し赤くなりながら頷く。


すると今度はミリアさんが前に出る。

「エフィナさんから聞いた話によると、魔王の残滓が完全に消えたわけではありません。危険はないと言っても、それが100%保証されているわけでもありません。魔物の異変もまたいつまた起こるか分からない」


ミリアさんは少し間を置き、俺とユナを見つめる。


「でも、あなたたちが中心になって歩んでいく必要があるの。エフィナを守り、仲間と共に未来を紡ぐ。その役目は……きっとあなたたちにしか果たせない」


ユナは腕を組み、少しムッとした表情を浮かべる。


「……なんだかんだで、私達をこき使うつもりね」


ミリアさんは笑いながら首を振る。


「こき使うんじゃないわ。託すのよ。あなたたちにしかできないから」


ガルドさんも笑いを漏らす。


「俺たちができるのは道を整えることぐらいだ。だが、その道を歩くのはお前たちだ。――胸を張れ」


俺は唇を噛み、しばらく考え込んだ。


だが次の瞬間、まっすぐ二人を見返す。


「……分かりました。俺はまだ強くない。でも、逃げない。この先どんな困難があろうともエフィナと、ユナと、一緒に進んでみせます」


ユナは小さく笑みを浮かべる。


「ま、放っておけないしね。一緒にいててあげるわ」


エフィナもその二人を見上げて、にこりと笑った。


「私も……二人と一緒に歩みたい。だから、頑張る」


ガルドさんとミリアさんは互いに顔を見合わせ、誇らしげに頷いた。


朝日が村を照らし始める中、託す言葉と共に、新たな一歩が静かに始まっていた。


「で、具体的にカナトはこれからどうするつもりだ?」


ガルドさんが俺に尋ねてきた。俺は……。


数日後。


宴の熱気もようやく冷め、村は再び静かな日常を取り戻しつつあった。


俺は畑で鍬を振るい、ユナは隣で手際よく草を刈り、エフィナは村の子供たちに混ざって笑いながら水汲みをしている。


その姿は、どこにでもある平穏な村の風景そのものだった。


広場の中央では、旅支度を整えたガルドさんとミリアさんが立っていた。


革鎧に新調した剣を背負うガルド、白衣を纏い祈りの杖を握るミリア。


俺は鍬を置き、二人に駆け寄る。


「……もう、行っちゃうんですか?」


ガルドさんはにやりと笑い、肩をすくめた。


「俺達の仕事はまだ残ってるからな。凶暴化した魔物どもを片付けねぇと、いずれまたどこかで誰かが泣くことになる」


ミリアさんも優しく微笑みながら言葉を添える。


「各地で混乱が残ってるの。私たちができる限り力を貸して、少しでも被害を減らしたいのよ」


エフィナは少し寂しそうに二人を見つめ、ぽつりと口を開いた。


「……また帰ってきてくれる?」


ガルドさんはその小さな問いに真剣に頷いた。


「ああ、必ずだ。ひと段落したら、またお宝探しだ。魔王城にはまだまだ手つかずの財宝が眠ってるはずだからな。命を懸けて戦うんじゃなく、笑いながら掘り出す旅ってのも楽しかったしな」


ユナが呆れたように腕を組む。


「ほんと、懲りないですね。命がけで潜った場所に、またお宝探しで戻るなんて……」


ミリアさんはくすくすと笑い、少しだけ肩をすくめた。


「でも……そういう人だから」


俺は胸の奥が熱くなるのを感じた。


「俺達は……ここで待ってます。また帰ってきてください」


俺は今後どうするか聞かれたあの日、即座にこの村に残るとガルドさん達に伝えた。


俺は旅をするつもりも魔物を退治して名声を得るつもりもない。俺はただの村人だ。


御伽話の主人公になるなんてまっぴらごめんだ。俺はこれからもただ平穏にみんなとこの村で過ごす。


ガルドさんは大きく頷き、ミリアさんと並んで歩き出す。


二人の背中は、再び冒険の旅路へと消えていった。


そして村には、静かな平穏が戻る。


だがその平穏は、ただ守られるものではなく仲間と共に戦い、勝ち取った尊い日常だった。


〜魔王城編・完〜

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