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第24話:対峙

中は、以前来た時とまるで違っていた。


荘厳な石造りの広間は跡形もなく、漆黒の蔦と血のような赤黒い光に覆われ、壁も床も天井も生き物の体内のように蠢いている。


中央に伸びる赤い絨毯だけが不自然に残されており、その先、玉座には影のような存在が腰かけていた。


「……やっぱり変わってるな。以前はエフィだけが影を見た。だが今回は全員が見えてる」


ガルドさんが低く唸る。


影は人の形をしているようで、しかし輪郭は揺らぎ、目の奥には闇が渦巻いている。


「来たか……」


低く響く声が広間に満ちる。


それは誰に語りかけているのか判然としないが、エフィナの肩が微かに震えた。


俺は隣を振り返る。


「……大丈夫か?」


エフィナは苦しそうに呼吸を整えながらも、前を見据えた。


「うん……。でも、前に来た時に見た影とは感じるものが違う……」


言葉を続けようとした時、影が嘲るように笑い、手を掲げた。


ドンッ!


広間の周囲の闇から次々と魔物が溢れ出す。


鎧をまとった骸骨兵、翼を持つ悪魔の獣、そして形容しがたい異形の存在たち。


「やっぱり簡単には行かせてくれねえか」


ガルドさんが剣を構え、玉座を睨む。


「ここを突破しないと、先には進めない」


ミリアさんが杖を掲げ、祈りを始める。


ユナは拳を握り、俺の背を叩いた。


「行くわよ!ちゃんとついてきてよね!」


俺は短刀を強く握りしめた。


この先に、答えがある。


この先に、エフィナを苦しめる”何か”の正体がある。


玉座の間に、戦いの幕が切って落とされた。


影がゆらりと立ち上がり、闇のような視線をエフィナに向ける。


その瞬間、エフィナの胸を刺すような痛みが走り、彼女は息を詰めて膝をついた。


「……っ!」


俺はすぐにエフィナを支えた。


「エフィナ!」


影はゆっくりと声を発した。


「……我が欠片よ。ようやくここまで来たか」


その声音には、聞いた事がないはずなのにどこか聞き覚えのある響きだった。


エフィナが苦痛の中で目を見開き、かすかに言葉を返す。


「……あなたは……誰?……呼びかけてきた……あの時の声の人はどこ……?」


影は嗤った。


「ふん。あれは“理性”の残滓にすぎん。人間に討たれ、砕け散った我の心の一部……弱き未練だ。だが、我こそが真の魔王……憎悪と野望を受け継ぎし、滅びを望む者だ」


影の声は玉座の間全体に響き渡り、壁が脈打つように震える。


俺は短刀を構えながら吐き捨てる。


「理性?未練?そんなの関係ない!お前はただの化け物だ!」


しかしエフィナは、影から目を逸らさずにいた。


「……違うの。あの声は……“止めてくれ”って……ずっと言ってた……。わたしに、わたしの中に眠る力に……」


ガルドさんが低く唸る。


「つまり……その声は魔王の理性の断片で、お前は野心の塊ってわけか」


影は愉快そうに嗤った。


「その通りだ。理性は我が分裂した愚かしい残滓……滅びを受け入れる弱き声。だが我は違う。私は野望と憎悪の化身……!そして器を得る。その器は、お前だ、エフィナ」


エフィナの身体に黒い瘴気が絡みつき、影の腕のように伸びてくる。


エフィナは必死に抗いながら叫んだ。


「やめて……!わたしは……村のみんなと……一緒にいたいの!」


俺は影とエフィナの間に立ちはだかる。


「……誰が渡すかよ! エフィナは、お前のものじゃない!」


影の目が細くなり、声が低く響く。


「小僧……貴様ごときに、何が守れる?」


その瞬間、広間の闇がざわめき、魔物達が一斉に咆哮を上げた。


だが、ガルドさんとミリアさんが前に出る。


「守れるかどうかじゃねえ。守るんだよ、こいつは」


ガルドさんが剣を振りかざし、前方に立つ。


ミリアさんも杖を掲げ、祈りの言葉を紡ぐ。


「彼女は“器”なんかじゃない。私達の仲間です」


ユナも二人の横に並び、拳を握った。


「エフィナを狙うなら、私達全員を敵に回すってことよ!」


エフィナは震える体で顔を上げ、涙を滲ませながら微笑んだ。


「……ありがとう……。でも、わたしも……戦う」


影はしばし黙り込み、やがて低く唸った。


「面白い……ならば力を示せ。守れるものなら、守ってみせよ!」


広間が震え、闇が爆ぜる。


その瞬間、戦いの幕が本格的に上がった。


魔物達は一斉に俺達に襲いかかってきたがガルドさんの一振りで押し返される。


俺も負けじと一匹の魔物を突き刺し、倒した。


ミリアさんは祈り、光が広間を包み込み、魔物達が次々と消滅していく。


ユナは魔物の攻撃をいなし、動きを鈍らせ、そこにガルドさんと俺が剣と短刀で斬った。


影は笑い声を響かせると、俺達を無視し、黒い靄のようなものを伸ばし、エフィナの胸に触れた。


「……さあ、器よ。目を閉じるがいい。お前の心は弱い……私に抗えるはずもない」


「やめろっ!」


俺が短刀を振るうが、影は霧のように掻き消え、エフィナの中へと溶け込む。


エフィナの瞳が大きく見開かれ、光が失われていく。


「……いや……!わたしは……!」


必死に抗う声が広間に響く。


ーエフィナ視点ー


頭の中に、声が溢れていた。


『憎め』『滅ぼせ』『裏切られたのだ』『人間など信じるな』


どす黒い感情が波のように押し寄せ、わたしの心を呑み込もうとする。


わたしは膝を抱え、精神世界の闇の中で必死に叫ぶ。


「ちがう……!わたしは……!」


思い浮かんだのは、村での小さな日々。酒場でのお手伝い。


子どもたちの笑顔。ユナの真っ直ぐな瞳。


そして、隣で励ましてくれたカナトの言葉。


それでも……。


『弱い……お前は弱い。守りたいものを守れる力がない。だから私に委ねろ。』


影の声が囁く。


『お前の体を乗っ取れば、滅ぼし尽くせる。守れなかった痛みを、復讐に変えられるのだ』


「……っ……」


涙を流しながら、わたしの心が揺らぐ。


そして。


ーカナト視点ー


エフィナの体が震えたかと思うと、ふっと表情が消えた。


「…………」


次に顔を上げたとき、その瞳には赤黒い光が宿っていた。


「エフィナ?」


俺は名前を呼んだ。


だが返ってきたのは、冷たい声。


「エフィナ……?違う……私は“魔王”。憎しみの器だ」


瞬間、彼女は手を振り上げ、黒い炎を生み出す。


ユナが咄嗟に俺を突き飛ばし、爆ぜた炎が床を焼き焦がした。


「っ……!本気で……!」


ユナは驚愕と怒りを滲ませ、構える。


ガルドさんが低く唸る。


「くそっ……エフィナの姿でなんて事を……!」


ミリアさんが祈りを込め、光の壁を展開する。


「でも……攻撃できない……彼女の体を傷つけるわけには……!」


俺は短刀を握りしめたまま、震える声で叫ぶ。


「エフィナ!戻れ!お前はそんなやつじゃない!魔王なんかに負けるな!」


だが、赤黒い瞳が冷酷に彼を射抜いた。


「……小僧。お前の声など、この小娘には届かぬ」


エフィナの体を操る魔王は、容赦なく俺達へ牙を剥き、攻撃を繰り出す。


俺達は刃も拳も振るえず、ただ必死に防戦に回るしかなかった。


玉座の間には、エフィナを傷つけられない苦悩と、迫る滅びの気配が満ちていた。

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