第23話:突入
漆黒の城門をくぐると、俺達の目に飛び込んできたのは、この前見た時の魔王城とはまるで異なる光景だった。
「……ここ、本当に魔王城か?」
冒険者の一人が思わず呟く。
かつて石造りの荘厳な回廊だったはずの廊下は、歪んだ有機物のような壁に覆われ、触れると脈打つように震えている。床には黒い液体が溜まり、靴が沈み込むたびにじゅう、と煙が上がった。
「俺が知る魔王城じゃない……造りが全く違う」
重戦士唸るように呟いた。
「結界か……いや、それとも城そのものが変質してるのか」
ガルドさんが剣に手をかけながら険しい目で周囲を見渡す。
冒険者達も顔を見合わせる。何度も魔王城に挑んだ猛者たちでさえ、初めて見る異様な変貌に息を呑んでいた。
一行は迷宮のように入り組んだ廊下を進む。
だが、そこかしこから唸り声が響き……。
不意に壁の裂け目から魔物が這い出てきた。牙を剥いた狼型の魔物、羽を広げる蝙蝠の群れ、そして人間ほどの大きさの黒い虫。
体表はただれ、眼は赤く光り、かつての魔物の形を留めながらも狂気に染まっている。
「下がってッ!」
ユナが前に出て魔物の突撃を受け止め、拳で弾き飛ばす。
その隙に俺は短刀を抜き、隙を突いて魔物の脚を切り裂いた。
「お見事です。後はお任せを!」
ミリアさんが詠唱を終え、光の槍を放つ。炸裂音と共に群れは吹き飛び、闇の壁に焼き焦げた痕が刻まれた。
「ちっ、囲まれたっ!」
後衛のレンジャーが弓を引き絞る。矢が二体を射抜くが、それでも止まらない。
「突破する!」
重戦士が大剣を振り下ろし、床を砕きながら三体をまとめて叩き伏せる。
ユナは俊敏に動き、槍で迫る魔物を横薙ぎに弾き飛ばした。
「こっちは任せて!」
俺は短刀を逆手に構え、魔物の喉元へ滑り込みざまに切り裂く。
血ではなく黒い液体が飛び散り、床に煙を上げて焦げ跡を残した。
「っ……!普通の魔物じゃない!」
「気を抜くな!」
ガルドさんが吠え、剣を叩き込むと、魔物の体が骨ごと斬れ吹き飛ぶ。
ミリアさんは後衛で祈りを捧げ、仲間達を守る光壁を展開する。
その直後、天井から巨大な触手が落下。
「くっ!」
光壁が衝撃を受け止め、火花のような光を散らした。
「エフィナ、下がれ!」
俺は叫んだ。
エフィナは、俺の後ろに隠れた。
「近づかせねぇ!」
俺は触手を切り落とした。
レンジャーが笑みを浮かべ、矢を放つ。
混乱の中でも、息は徐々に合っていく。
重戦士が突破口を作り、俺とユナがそこを突く。
ミリアさんと僧侶が後方で支援し、シーフが二本の短刀で道を切り開く。
「行くぞ!」
冒険者達の声に背を押され、俺達は血路を開き、さらに奥へ進む。
「怯むな! 玉座は奥だ!」
ガルドさんの声に冒険者達も呼応し、隊列を組んで進軍を続ける。
だが、広間へと差し掛かった瞬間、地鳴りのような咆哮が響き渡った。
ずしん。ずしん。
現れたのは三階建ての家ほどもある巨大な魔物。
獣と昆虫を掛け合わせたような異形で、四本の脚が防壁の柱のように床に突き刺さり、口からは酸の飛沫を撒き散らす。
「な、なんだありゃ……!」
「退けるか? いや……逃げ場はねえな」
冒険者達の顔に恐怖が走るが、すぐに互いに頷き合い、前へ出る。
ガルドさんが冷静に声を張った。
「俺達が足止めをする!カナト達を玉座に送るんだ!」
重戦士が叫んだ。
「お前達が行け!ここは任せろ!これ以上前に進ませるわけにはいかねえ!」
「……分かった」
ガルドさんが短く応え、俺・ユナ・エフィナ・ミリアさんを促して広間を駆け抜ける。
背後で巨大な咆哮が再び響いた。
「レンジャー! 目を狙え!」
「重戦士は脚を止めろ! 倒れさせれば隙ができる!」
冒険者達は即座に役割を分担する。
矢が雨のように放たれ、巨大魔物の複眼に突き刺さる。黒い体液が飛び散り、魔物が怒り狂って暴れる。
戦士達はその脚に斬撃を浴びせる。だが一撃一撃が重く、叩きつけられる度に床石が砕け、重戦士達は盾ごと吹き飛ばされる。
「ぐっ……まだだ! 倒れるわけにゃいかねえ!」
立ち上がった重戦士が仲間を庇い、歯を食いしばって再び斬りかかる。
後方では僧侶が必死に詠唱を続ける。
「光よ、束となりて敵を貫けライトニング・ジャベリン!」
光の槍が放たれ、巨大魔物の関節に突き刺さる。呻き声と共に動きが鈍り、そこを狙って重戦士達が斬り込み、シーフが影のように背後へ回って喉元へ短剣を突き立てた。
「効いてる!押せ!」
冒険者達は仲間が傷つき倒れても互いに支え合い、決死の覚悟で巨大魔物を引き受け続けた。
その背後を、俺達は走り抜け、玉座の間へと向かっていく。
広間を抜け、幾重にも歪んだ廊下を駆け抜けた俺達は、やがて巨大な扉の前に辿り着いた。
扉は本来の荘厳な黒鉄ではなく、まるで脈打つ肉の塊のように変質し、重々しく閉ざされている。
「……ここか」
ガルドさんが息を整え、剣を構える。
「いやな感じがする……」
エフィナの声はかすれていた。苦痛に歪む顔を、それでも必死に保ち、扉を見つめている。
「無理はするな」
俺がそう言うと、エフィナは小さく首を横に振った。
「行かないと……。呼んでた声がどんどん小さくなってる」
扉の表面に手をかけた瞬間、ぬるりとした感触が返り、血管のような筋が脈動する。
ユナが顔をしかめながら声を張り上げた。
「気持ち悪い……!さっさと開けて中に入ろう!」
ガルドさんが力を込め、剣を扉に突き立てた。ミリアさんが続けて祈りの言葉を唱え、聖光を重ねる。
すると、不気味な呻き声と共に扉がひび割れ、ゆっくりと左右に開いていった。
俺達は玉座の間に入った。




