第21話:三度、魔王城へ
翌朝、まだ朝靄の残る村の広場に人々が集まっていた。
俺とユナ、回復したエフィナが並び立ち、その周囲には数人の冒険者達が武具を整えている。
そこへ、新たに到着した一団が現れた。
ギルドから派遣された冒険者達、そしてガルドさんが道中で声をかけてきた歴戦の者達。彼らは短い挨拶を交わし、
村の空気を敏感に読み取る。
「……ここが、魔王城に挑む拠点か」
「静かな村だな。だが空気が張り詰めている」
その視線の先に、少し緊張した面持ちで立つエフィナがいた。
ギルド長が一歩前に出て、エフィナをじっと見据える。
彼の目は鋭く、まるで彼女の奥に潜む何かを探るようだった。
だがすぐに視線を逸らし、ゆっくりと口を開いた。
「……なるほど、そういうことか」
周囲がわずかに息を呑む中、ギルド長はガルドさんの肩に手を置く。
「俺はお前を信じる。だから聞かない。余計な詮索もせん。村のことは俺達に任せろ。お前達は……思い切り暴れてこい」
ガルドさんは黙って頷き、その言葉を胸に刻んだ。
村人達が食料や水袋を抱えて集まり、次々に手渡してくる。
「これを持って行きなさい」
「帰ってきたら、酒場で乾杯だ。もちろんお前らはジュースだけどな」
「……絶対に帰ってこいよ」
子供達はエフィナに駆け寄り、小さな手を振った。
「エフィナお姉ちゃん!がんばって!」
「帰ってきたら、また遊ぼうね!」
エフィナは涙をこらえ、にっこりと笑って応える。
「うん、絶対に帰ってくるね」
こうして俺達一行は、村人達の見送りを受けて出立した。
背後で響く「気をつけろ!」という声援に振り返ると、村全体が一つの大きな力で彼らを支えているように見えた。
朝陽が昇り、影が長く伸びる街道を、俺達は魔王城へ向かって歩き出した。
魔王城へ向かう街道。
先頭にはガルドとミリアが並び、後方には主人公とユナ、エフィナ、そして同行を決めた冒険者達が歩いていた。
今回同行するのは、
・盾を構える重戦士 ― 頑丈な鎧に身を包み、仲間を守る壁の役目。
・敏捷なシーフ ― 短剣を二本携え、周囲を警戒しながら軽快に動く。俺に戦いを教えてくれたロックさんとは別のシーフ。
・弓を携えたレンジャー ― 森で鍛えた狩人で、遠距離からの援護が得意。
・回復と支援を担う僧侶 ― 優しい眼差しで一行を見守り、杖を手に歩む。
それぞれが緊張を抱えつつも、言葉を交わし始める。
重戦士が振り返り、俺に声をかけてきた。
「坊主、短刀を使うんだったな?洞窟での訓練の事は聞いてる。だが実戦は一度きりじゃ身に染みん。敵が群れで来たら、必ず俺の後ろに回れ。盾はそのためにある」
シーフは鼻で笑いながら肩をすくめる。
「甘やかすなよ。生き残るには、自分の間合いで動けるようにならなきゃ意味がない。俺と同じ短刀使いなら、逃げ道を探すことも攻めることも自分で判断できなきゃな。まあ、そこんとこはロックがしっかり教えてるだろうが」
ユナが少しむっとして言い返す。
「あなた達に鍛えてもらったんだから、カナトは大丈夫です。……少なくとも私よりはね」
俺は苦笑しながら頭をかき、エフィナは横で「えへへ」と笑っていた。
僧侶がそんなやり取りを和ませるように口を開いた。
「喧嘩腰はやめましょう。互いを補うために旅をしているのですから」
やがて森を抜ける途中、茂みから唸り声が響く。
牙を剥き、目を血走らせたオオカミ型の魔物が数体飛び出した。
通常よりも動きが荒々しく、明らかに凶暴化していた。
「出たな……!」
重戦士が盾を構える。
「三体は俺が受ける! 残りを散らせ!」
弓を引き絞ったレンジャーが矢を放つ。一直線に飛んだ矢が魔物の一頭を射抜き、地面に崩れさせる。
シーフは素早く背後に回り込み、短剣で急所を突く。
「ほら見てろ、これが“間合い”だ!」と俺に声をかけながら。
俺も負けじと短刀を抜き、ユナに庇われながら一頭の足を狙って切り込む。
鈍い悲鳴を上げた魔物を、ガルドさんの一撃が粉砕した。
「よし、通るぞ!」ガルドさんの声に一行が走り出す。
戦闘を終えると、僧侶が前に出て怪我の確認をする。
「傷は……ないようですね。よかった」
エフィナは少し青ざめた顔で魔物を見つめていた。
「やっぱり……魔王城が近づいてるから、こんな風に暴れてるのかな」
ミリアさんが短く頷く。
「間違いありません。城の“瘴気”が周囲の魔物を狂わせている」
重苦しい沈黙が流れるが、レンジャーが口を開く。
「まあ、今の程度なら問題ない。俺達にとっちゃ、ただの準備運動だ。カナト、ユナちゃんはエフィナちゃんを守る事に専念してくれたらいい。さっきみたいに積極的に前に出る必要はない」
そう言って空を見上げると、陽は既に西に傾き始めていた。
彼らは歩を進めながら、やがて迫る本番への覚悟を新たにしていった。
夕暮れ、空が赤紫に染まる頃。
遠くにそびえる魔王城の黒々としたシルエットが、森の向こうに見え始めた。圧迫感は距離を隔てていても伝わってきて、俺達は自然と足を止めた。
ガルドさんが周囲を見回し、短く告げた。
「今日はここまでだ。あの気配の中で夜を迎えるのは愚策だ」
ミリアさんも頷き、僧侶やレンジャーの協力で焚き火の準備が進められた。
焚き火の炎がぱちぱちと弾ける。
重戦士が鎧を外し、焚き火に当たりながら口を開いた。
「ここまで来ちまったな……。正直、胃が痛ぇ」
レンジャーが草を噛みながら笑う。
「お前が弱音を吐くとはな。けど、まあ分かる。あの城、まるで生き物のように圧してくる」
シーフは短剣を磨きつつ、俺に視線を向けた。
「なぁ坊主。お前は怖くねぇのか? さっきも平然と短刀を振るってたように見えたが」
俺は焚き火を見つめながら少し黙り、正直に答えた。
「怖いです。でも……エフィナを守るって決めたから」
その言葉にシーフは鼻を鳴らし、
「……ま、口先だけじゃない事を期待している」と呟いた。
焚き火の炎が、パチパチと乾いた音を立てていた。
少し離れた場所で、エフィナは火に手をかざしながら主人公に微笑む。
「ありがとう、さっきの……わたしのことを言ってくれて」
「本当のことを言っただけだよ。俺にできることは少ないけど、守りたい気持ちに嘘はない」
火の明かりに照らされるエフィナの横顔は、子どものように無邪気でもあり、どこか遠くを見つめる大人びた影もあった。
エフィナは手を火にかざしながら、ぽつりと口を開いた。
「……魔王城が見えたとき、胸の奥がぎゅっと締め付けられたの。怖いっていうのとは、ちょっと違うんだけど……呼ばれてるみたいな、そんな感覚」
俺は少し考えてから、正直に返した。
「やっぱり……魔族だから、なのか?」
エフィナは小さく頷く。
「うん。だからね、わたし……もし途中でおかしくなったらどうしようって、時々思うの。どうしてわたしだけに聞こえる”声”があるのかも分からないし」
焚き火の明かりに照らされたその表情は、不安を隠して笑顔を作ろうとしているのが痛いほど分かる。
俺は迷わず言葉を重ねた。
「それでも、エフィナはエフィナだよ。俺達の仲間で、守りたい友達で……」
少し照れながらも、はっきりと続ける。
「たとえ呼ばれていようと、揺らされていようと、俺が隣で支える。だから大丈夫」
エフィナは驚いたように俺を見つめ、次の瞬間、ふっと力を抜いたように笑った。
「……やっぱり、変わってるね。普通は怖がって距離を置くのに……。初めて出会ったあの石碑の前でも、わたしが突然家を訪ねて行った時も、魔族だって分かってたのにカナトは普通に話してくれた。あの時すっごく嬉しかったよ」
俺も笑い返す。
「怖くなかったって言ったら嘘になるけど……それ以上に、エフィナと一緒にいたいって思うから」
エフィナは焚き火の揺らぎに目を細め、そっと主人公の肩に頭を寄せた。
「……ありがとう。なんか、少し安心した」
そのとき、ぱちん、と薪が大きく弾けた音とともに、ユナがずいっと二人の間に割り込んできた。
「なーに二人でいい雰囲気出してんの。ずるいでしょ、私も混ぜなさいよ」
エフィナが目を丸くする。
「えっ、別にそんな雰囲気じゃ……」
俺は慌てて否定するが、ユナはにやにや笑いながら腕を組んで腰を下ろした。
「ふふん、いいのいいの。どうせ真剣に話してたんでしょ? だったら今度はくだらない話でもしてリラックスしなきゃ」
エフィナは少し考えてから、頷いて微笑んだ。
「じゃあ……ユナ、この間の鍛錬のとき、カナトが派手に転んだの見た?」
ユナは声を上げて笑った。
「見た見た!しかもあれ、転んだだけじゃなくて自分の短刀に引っかかってたんだよ!」
「お、おい! 今ここでその話はやめろ!」
俺は顔を真っ赤にするのを見て、二人の少女はけらけらと笑う。
焚き火の揺らぎの中、ただの旅路の一幕のような他愛ない笑い声が響き、魔王城を目前にした緊張をほんのひととき和らげていた。




