第20話:仲間と呼ぶ理由
エフィナを心配して見てる俺にガルドが近づきてきて肩に手を置いて、一緒に心配してくれた。
そこに何人かの冒険者達も寄ってきた。俺はみんながエフィナの事が心配してくれてると思い顔を上げた。
だが、そこにあった表情は懐疑的な表情だった。
「エフィナちゃんは何で苦しんでる?”声”って何だ?」
「エフィナちゃんはただの村人だろ?なあそうだろ?」
「魔王城の異変とエフィナちゃんは何か関係があるのか?」
冒険者達は不安げな表情を浮かべていた。
怪訝そうな眼差しと、押し殺した声。
信じたくない気持ちと、恐れの混じった視線がエフィナに突き刺さる。
ガルドが低い声で口を開く。
「……もう隠し通すことはできん」
ミリアさんが静かに頷き、ユナと俺が苦渋の表情を浮かべる。
そして俺が一歩前に出て、勇気を振り絞って告げる。
「……エフィナは、人間じゃない。魔族だ。でも……ずっと僕らと一緒にいて、村でみんなと同じように生きてきた」
沈黙。
冒険者達の顔に、一斉に戸惑いと嫌悪が走る。
「……魔族、だと?」
「ふざけるな! 仲間の中に魔族を置いていたっていうのか!」
「いくら子どもの姿でも、魔族は魔族だろう!」
一部の者は腰に手をかけ、立ち上がろうとする。
周囲の空気が一気に重く張り詰める。
「待って下さい。隠していたのは申し訳ありません。エフィナは確かに魔族だけど、みんなが思ってるような魔族じゃありません」
俺はエフィナを庇うように抱きしめる。
「魔族なんて信じられるか。そもそもこいつが異変の原因じゃないのか!?」
「そうだそうだ。そいつを殺せば異変が収まるんじゃないか?」
冒険者達は口々にエフィナを罵る。
ユナやガルドさんミリアさんが必死に宥めてくれるが止まる気配は一向にない。
冒険者達、いや魔王がいた時代を知っている人達にとっては魔族は”絶対悪”。それを嫌というほど分からせられる瞬間だった。
「ガルドさんよぉ。あんたが魔族を庇うって事はこいつが魔族だって随分前に知ってたって事だよな?」
冒険者の一人がガルドさんに詰め寄る。ガルドさんは何も言わず冒険者を見る。
「ふざけるな。魔族は人類の敵!!そうだろうが」
「お前さん若く見えるが、魔族に何かされたのか?」
「何もされてねぇが、でも魔族=人類の敵。これは世界共通認識だろ!?」
「そうだな……」
「だったら何で庇う!?」
「俺はエフィを魔族としてではなく一個人として見て、危険はないと判断した」
「はぁ?魔族は狡猾だ!!俺達を油断させて一気に殺そうって算段かもしれないだろ」
「魔族が狡猾だと何故分かる?お前さんは実際に魔族と対峙したわけじゃないだろ」
冒険者は一瞬たじろぐが語気を強めた。
「うるせぇ。魔族に絆された裏切り者。この事はギルドに報告する」
冒険者が立ち去ろうとした時、無骨な剣士が肩を掴み引き止め話し始めた。
「確かにその子は魔族なのかもしれない。けどな……俺、あの子に飯をもらったことがあるんだ」
彼の声に、視線が集まる。
「魔王城で少しヘマをしてボロボロだった俺に、ただ『たくさん食べて元気になって』って笑ってよ。……魔族だとか、そんな風には見えなかった。ただの、優しい子だった」
彼の目には、ふとその時の笑顔が浮かんでいる。
続いて、背の高い弓使いの女が腕を組んで呟く。
「私だって覚えてる。その子が薬草を摘んできてくれた時のこと」
彼女の視線は遠くを見つめていた。
「矢傷で動けなかった私に、必死に薬草を抱えて戻ってきて……『これで楽になる?』って心配そうに覗き込んで……。……あんな目をする魔族なんて、私は聞いたことがないし、その時のその子が私を騙そうなんて思ってるなんて、どうしても思えない」
大柄な斧使いが頭を掻きながら笑う。
「俺なんざ、酒代が足りなくて困ってたら、エフィナがこっそり追加でスープをよそってくれてよ」
思い出すと顔が赤らみ、ぼそぼそと続ける。
「『また今度いっぱい稼いできてね!』って、励まされたんだ。あれで、どんだけ救われたか……。……恩を仇で返すなんざ、俺の流儀じゃねえ」
隅で黙っていた老魔術師が口を開いた。
「わしはあの子に……子守唄を歌ってもらったことがある」
驚いた視線が一斉に集まる。
「眠れぬ夜に、何気なく声を掛けられてな。『大丈夫?』と……あの素朴な歌声で、心地よく眠れたんじゃよ。魔族だろうがなんだろうが、あんなものは“人”でなければできん」
冒険者達の表情に、次第に険しさが薄れていく。
それぞれが自分だけの思い出を胸に思い起こし、否応なく認めざるを得なくなっていた。
「そうだ……俺達はもう知ってるんだよな。あの子がどういう存在かを」
「魔族って肩書きより、あの笑顔や仕草を思い出すんだ」
「お前さんもそうなんじゃないのか?」
ガルドさんを罵った冒険者はバツが悪そうに俯いた。
誰も彼を責めない。当たり前だ、彼の考えこそがこの世界にとっては普通なのだから。
「だったら答えは一つだろう」
戦士が剣を握りしめ、力強く言う。
「俺は、エフィナを仲間として信じる。魔族だろうが関係ねえ。あの子は、俺たちを支えてくれた一員だ!」
弓使いも、斧使いも、老魔術師も、次々に頷く。
「同じだ」
「俺もだ。エフィナを苦しめる奴はたとえ魔王だろうが神だろうが許さねぇ」
「ここまで来たら、共に進むしかあるまい」
張り詰めていた空気は、不思議な温かさに包まれる。
冒険者達の心は一致団結し、これから待ち受ける困難に立ち向かう覚悟を新たにしていた。
エフィナは少し目を開けその様子を涙で曇る瞳で見つめ、震える声で呟く。
「……わたし、ここにいても……いいんだね」
その言葉に、場にいた全員が一斉に頷き返した。
全員が「エフィナを仲間として受け入れる」と決めたその後、ガルドが静かに口を開いた。
「だが……この場にいない者達、これから来るギルドの冒険者達には、まだ話すべきではない」
皆が頷く。
「そうだな。外から来た奴らにゃ、余計な混乱を与えるだけだ」
「知らなくていいこともある。あくまで“俺達の村のこと”としておこう」
空気がひとつにまとまり、次の段階として村人への告白の場が設けられる。
夜遅くにも関わらず、広場に集まった村人達の前に、俺とユナ、ガルドさん、ミリアさん、そして少し怯えた表情のエフィナが立った。
俺が一歩前へ出て、震える声で切り出す。
「……エフィナは、魔族なんです。ずっと隠していました。怖がらせたくなくて……でも、もう隠せません」
ざわめく村人達。
「魔族……?」
「なぜそんな子が村に……」
重苦しい空気が漂ったその時、子供達の声が響いた。
「エフィナは魔族なんかじゃないよ!」
「だって、一緒に遊んでくれるし、お菓子だって分けてくれた!」
「泣いてた時に頭なでてくれたの、エフィナお姉ちゃんだもん!」
小さな声だが、真っ直ぐで強い声。
その言葉に、大人達が顔を見合わせ、迷いが揺らぎ始める。
沈黙を破ったのは村長だった。
「子供らの言葉に偽りはないのう。わしらが目にしてきたのもまた事実じゃ。あの子は酒場で働き、笑い、泣き、共に村の日々を過ごしてきた。魔族であることは確かじゃろうが、それ以上に“この村の一員”であることもまた確かじゃ」
ゆっくりと、しかし確かな声で言い切る。
一人、また一人と頷く村人達。やがて誰かが笑い混じりに言った。
「……ったく、カナト、お前も水臭いな!」
「そうだぞ、なんで相談してくれなかったんだ」
「お前一人で抱え込むなんざ、らしくねえ」
次々と茶化し混じりの声が飛び、俺は気まずくなり頭を掻いた。
「ごめん……どう言えばいいか分からなくて」
「ははっ、それでこそお前だな!」
「まあ、これからは隠し事なしで頼むぞ!」
重苦しかった広場は、笑いと温かさに包まれた。
エフィナは目を丸くして、また涙ぐみながら小さな声で呟いた。
「……みんな、ありがとう。今まで隠していてごめんなさい」
その瞬間、村はひとつになった。
彼女を受け入れ、共にこの先を歩む覚悟を決めて。




