第2話:出会い
オアシーでの仕事を終えた俺は村長の家に向かって歩いていた。道中、村の大人や子供達が話しかけてきてくれて、退屈せずに村長の家に着けた。
「村長、カナトです。薪割りに来ました」
俺がドアを開けて奥に向かって声をかけると杖をついたヨボヨボなおじいちゃん、もとい村長が出てきた。
「すまないのぉ。木や道具は準備してもらっておるから、適当にやってくれるかのぉ?」
震えた声で言ってくる村長に俺は「分かった」と一言だけ言って家の庭に行き、木と斧があるのを確認し、早速薪割りに取り掛かった。
何個か割っていると村長が来て、丸太の椅子に腰掛け俺の薪割りを何も言わず、にこやかな顔で見ていた。
「そんな直射日光がガンガンの所で見てたら倒れるよ?終わったら声をかけるから家でゆっくりしてたら?」
「ふぉ、ふぉ、ふぉ、わしはまだ90じゃよ。この位で倒れはせんわい」
いつお迎えが来てもおかしくない年齢じゃねぇかと思ったけど、口にはせず俺は黙々と薪割りを続けた。
置いてある木が半分ほど終わったところでまた村長が話しかけてきた。
「カナトはこれからどうするんじゃ?」
「今日はこれが終わったらまたオアシーに戻って親父さんの手伝いかな……」
「そういう事じゃなくてじゃな、将来どうするのかと聞いておるんじゃ」
村長に聞かれて俺は少し考え込むが、今日一日一日を生きるので精一杯な俺には将来の事なんて考えている余裕なんかなかった。そんな様子を察したのか、村長はゆっくりした足取りで俺に近づいてきてギュッと抱きしめてくれた。
「カナトはこの村にとても貢献してくれておるし、皆感謝しておる」
その言葉に俺は今朝ユナに言われた事を思い出していた。
「じゃがな、カナトの人生はカナトのものじゃ。お前さんの人生はまだまだ長い、好きなように生きて良いのじゃぞ?村を出たいと思うならそうしてもよいのじゃ」
村を出る?そんな事1mmも考えた事がなかった。俺はこのままこの村で仕事をして、のんびり暮らし、緩やかに死んでいくと自分では思い込んでいた。そうか、村を出る選択肢もあるのか……。しばらく真剣に考えて出した答えを俺は村長に言った。
「俺の事を考えてくれてありがとう。そうだな、村を出るのも楽しそうだ。でも今はこの村でこうやって過ごしていたいんだ。明日には考えが変わってるかもしれないけど」
俺は少しおどけてニコッと笑い、答えた。村長は俺のそんな顔を見て「そうか」と笑顔で返してくれた。
昼食を村長と一緒に食べ、俺はオアシーに行く準備をしていたら、村長が引き止めてきた。
「ジュードのところの仕事はすぐ行かないとダメなのか?」
「いや、夕方までに行けばいいから、少し時間はあるけど?何か頼みたい事あるの?」
「村外れにある石碑は知っておるの?」
何かそんな物あった気がするなと思いながら村長の話を聞き続けた。
「いつもは少し離れて住んでいる息子が見に行ってくれてたんじゃが、今孫と一緒に仕事で遠出していてのぉ、見てくれる者がおらんのじゃ。すまないが、見て来てんはくれんかのぉ?」
村長の息子とお孫さんは商人だったかな?いつもは早朝に出かけて近くの町や村に物を売りに行ったり買ったりとしにいって、当日には帰ってくるのだが、今回はもう少し販路を拡げる為に遠出をしているらしい。村がそれで潤うならいい事なんだが、息子さんっていつも何を売りにいってるんだ?特産品?村にそんな物あったっけ?
「息子さんとお孫さんって何を売ってるの?」
「確か、魔王城に行った冒険者達から要らないアイテムを買い取って、それを加工したりして売ってると言っておったかのぉ。あとはこの村の野菜とか周辺の魔物の肉じゃな。肉と野菜はこれが中々高値で買ってくれるらしいのじゃ」
へぇ〜知らなかった。俺がいつも普通に食べている野菜や肉は他の場所では高値で取引されてるのか。世の中って分からないもんだなぁ。
「それでどうかのぉ?見て来てくれるだけでいいんじゃが。何もなければそのままジュードの店に行ってくれればよい」
村長は申し訳なさそうに話した。特に断る理由がないので俺は二つ返事でOKした。
こうして俺は村外れに行き石碑を確認しに行った。だいぶ昔からあるみたいなんだが、何の為にここにあるのか、誰が石碑を置いたのか村長も知らないらしい。代々守るようにとそれだけが引き継がれているらしい。
石碑がある場所に着く頃には日が少し傾き始めていた。
「ん?誰か石碑の前にいる?」
石碑の前に見覚えのない少女がちょこんと膝を抱えて座っていた。俺は少し離れて様子を窺った。
「……そうなんだ、昔からここにいるんだね」
小さい声で誰かと話しをしてるみたいだけど俺からは何も見えなかった。もう少し少女に近づき話しを聞こうとすると、少女は石碑に向かって話しをしている事に俺は気づいた。
「……うん、わたしもここにいて、いいのかな?」
「今日もね、風がふわっと気持ちよくて……あ、そっか。君が呼んでくれたのか」
銀色の髪が風に揺れ、夕日を受けて淡く光っている。その横顔に宿る微笑みは、誰に向けたものなのか。
俺は思わず、口を開いた。
「……お前、誰に話しかけてるんだ?」
少女は、ぱちりと瞬きをして振り返った。大きな赤紫色の瞳が、まっすぐ俺を映している。
「君だよ」
「……いや、俺は声をかけてないぞ」
「ううん、“ここにいる”って言ってるから、わたし返事したの」
少女はそう言って、にこりと笑った。それは無邪気で――けれど、どこか不思議な“重さ”を持つ笑顔だった。
俺は一瞬だけ言葉に詰まったが、次に口から出たのは、肩の力が抜けたような呟きだった。
「……まあ、村に悪さしないなら好きにしてくれ」
俺は見た目でその子が人間じゃなく魔族だとすぐ気づいていた。魔族は怖いと小さい時に嫌になるくらい聞かされてたが、見た目のせいだからだろうか、この少女からは全く恐怖を感じなかった。
「うん!ありがとう、カナト」
あれ、名前、言ったか?
俺が疑問に思った時には、少女はもう石碑に向き直り、また膝を抱えて座っていた。
ただ、ほんの一瞬、石碑にそっと触れたその指先が、僅かに淡く光っていたことに、俺は気づいていた。
そうこうしてる内に日が完全に沈んだ。
「あああああ!仕事おぉぉぉ!完全に遅刻だ!!」
俺は叫んだ。てかそんなに時間経ってたのか!?俺は急いで店に向かおうとして、少しだけ足を止め少女に振り返った。
「暗くなるから、お前も早く家に帰れよ」
俺はそれだけ言い、店に向かって走った。最後にもう一度走りながらチラッと振り返ると少女は立ち上っていて、俺をただ黙って見ているのが見えた。
その後、店に辿り着いた俺に待っていたのは大量の仕事だった……。