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第17話:次なる師を求めて

ガルドさん達が旅立ってから一週間。俺は今日もユナに鍛えてもらっていた。


朝の広場。まだ日が昇りきらぬ冷たい空気の中で、俺ととユナは向かい合っていた。


足元は踏み固められた土。風が木々を揺らし、鳥の鳴き声が響く。


ユナが軽く拳を構える。


「はい、来てみて。全力で」


俺は深く息を吸い、思い切って踏み込んだ。木製の短刀を横薙ぎに振り払うが、その瞬間、ユナの体がすっと沈むように低く動いた。


「甘い」


木製の短刀が空を切り、次の瞬間、主人公の腕は背中に回されていた。


軽く体勢を崩され、地面に転がる。


「ぐっ……いてて……!」


「倒したいんでしょ?でも私は“倒す”動きはしてない。あくまで“制する”動きだから」


ユナは手を差し伸べ、俺を立ち上がらせる。


「……分かってるけど、実際にやられると悔しいな」


俺は再び構え直す。額にはすでに汗が滲んでいた。


今度は突きを放つ。直線的に伸ばした木製の短刀を、ユナは掌でそっと受け流す。


手首を軽く押されただけなのに、短刀は思った方向へ進まず、力が抜けてしまう。


「力で押しても駄目。ほら、こう」


ユナが俺の背後に回り込む。次の瞬間、膝の裏を軽く押され、再び尻もちをついた。


「……まただ」


「相手を“倒す”んじゃなくて、“動きを奪う”。これが私のやり方」


俺は膝に手をつき、息を整えながら呟く。


「奪うだけじゃ……魔物は止まらない」


その言葉に、ユナは静かに頷いた。


「そう。だから……私じゃもう、これ以上は教えられない」


俺は木製の短刀を見つめた。


振り下ろす腕は震え、全身は土と汗で汚れている。


それでも、ほんの少し前よりは、姿勢が崩れにくくなっていることに気づく。


ユナは腕を組み、わずかに笑みを浮かべた。


「でもね、基礎はちゃんと身についてきてる。あとは実戦を知ってる人に学ぶしかない」


主人公は小さく息を吐き、頷いた。


「つまり……現役の冒険者達に?」


「そういうこと。あの人達、きっと容赦ないよ」


ユナの笑みに、不穏な予感を覚えた俺だった。


一度休憩を挟み昼間に村外れの広い草原にエフィナと共に呼ばれ、俺はその場に向かった。


そこには既にユナと何人かの顔馴染みの冒険者達が集まっていた。


「ようこそカナト。ユナちゃんに頼まれて来てやったぜ?」


戦士風の冒険者が大声で笑いながら近づく。でも何か様子が変だった。


「いっつもいっつも、ユナちゃんとイチャイチャしやがって。しかもエフィちゃんとは一つ屋根の下で一緒に暮らしてて、いいご身分だなと常々思ってたんだよ」


シーフがニヤニヤと肩を組んでくる。


「べ、別にイチャイチャなんて……。ユナとは幼馴染ですよ。エフィナは遠い親戚だし……!」


俺が慌てて否定する間もなく、魔法使いが杖を構えて宣言した。


「俺達にとっては羨ましいシチュエーションなんだよ!!だ・か・ら、今日はたっぷり俺達が可愛がってやるからな」


「お、おい待て待て!?何か鍛錬とは別の思惑が混ざってる気がするんですけど」


「遠慮するな。さあ始めるぞ野郎ども!!」


ウオオオオオオオオ!!!


冒険者達の“鍛錬”は容赦がなかった。


戦士は木剣で主人公の剣筋を叩き落とし、


「甘い!そんなのじゃ敵の鎧や外皮は貫けませーん!」と豪快に笑う。


シーフは背後に回り込み、足払いで転がす。


「ほらよっと!背中ガラ空き~!」


魔法使いは火花を散らす小規模の魔法を飛ばしてくる。


「避けなきゃ火傷するぞー?」


「ってこれ鍛錬じゃなくてイジメだろ!!」


僧侶はニコニコと治癒魔法をかけながら、にっこり。


「はい、まだまだ続けられるね」


「鬼か!?」


ユナとエフィナは少し離れた場所から見ていた。


ユナは苦笑しながらも、どこか安心したように腕を組む。


「……あの人達に任せて正解だったわね」


エフィナはパンをかじりながら、無邪気に言った。


「いっぱい転んでるけど、なんか楽しそう!」


日が暮れる頃、俺は泥だらけになりながらも、膝をついていた。


「……ぜぇ、ぜぇ……生きてるのが奇跡だ……」


戦士が手を差し伸べ、にやりと笑う。


「だがな、最初に比べりゃマシになった。体の軸がブレにくくなってる」


シーフも肩を叩く。


「隙だらけなのは変わんねぇけど、目は死んでないな」


「……ありがとう……なのか……?」


俺はよろよろと立ち上がり、心の中で苦笑した。


ただ痛いだけじゃなく、確かに学びがある。


最初はどうなるかと思ったが、本物の鍛錬だった事に俺は安堵した。


翌朝、俺は村の仕事をこなした。


畑の手伝い、薪割り、荷運び、ただの労働ではあるが、身体を動かすことは確かな基礎鍛錬になっている。エフィナは水汲みをして戻ってくる。そうした小さな日常が、どこか張り詰めた空気を和らげていた。


昼過ぎ、仕事を終えると俺は冒険者達の集まりへ向かう。


すでに数人の冒険者が待っており、彼らは以前のような私怨混じりのからかいは見せず、真剣な眼差しで俺を迎える。


「今日からは“遊び”じゃない。お前に教えるのは、俺達が生き残るために叩き込まれた術だ」


ひとりの熟練冒険者が言い放つ。


鍛錬はまず“複数に囲まれた時の対処”から始まった。


俺は三人に囲まれ、最初は右往左往するばかり。だが冒険者は容赦なく木剣を振るい、隙を突くたびに俺の肩や背に痛みが走る。


「敵は一人ずつ倒そうとするな。突破口を作り出し、抜け出すことを考えろ!」


声に押され、俺は相手の足の動きを見て、最も動きが鈍い冒険者に一瞬だけ体当たりを仕掛け、狭い輪から抜け出すことに成功する。


次に教えられたのは“相手の実力を見極める方法”。


冒険者は一人ずつ俺に立ちはだかり、手合わせをする。


「剣を握る力の強さ、最初の一歩の速さ、呼吸の乱れ……そういう小さな差を見逃すな。戦いの最初の数瞬で、命のやり取りが決まる」


俺は何度も打ち倒されながらも、少しずつ相手の癖を見抜けるようになっていく。


最後は“自分の限界を見極める訓練”。


重りを背負い、泥の中を走らされ、息が上がったところで模擬戦を強いられる。


「戦場では疲れてからが本番だ。限界を知り、越えられなければ生き残れねぇ。敵は疲れたからって待ってくれないぞ」


身体は鉛のように重く、意識も霞む。それでも俺は短い木刀を握り続け、何とか立ち上がる。


夕暮れ、鍛錬が終わる頃には身体中が痛みで悲鳴を上げていた。


しかしその痛みの向こうに、自分が“生き残るための力”を少しずつ掴み始めていることを俺は確かに感じていた。


家に帰ったらエフィナが濡れたタオルを持って待ってくれていた。


「お疲れ様。大丈夫?」


「大丈夫ではないかな……。でもありがとう」


俺は身体中痛かったがニコッと笑った。


「無茶はしないでね」


エフィナは俺をその小さな体で抱きしめてくれた。


「分かった……」


その後はエフィナが作ったごはんを食べ、お風呂に入り眠りについた……。


冒険者達との鍛錬が始まってから数週間。少しずつ形にはなってきていた。


中でも主に教えを請うのは、軽装のシーフのロックさん。小柄だが素早く、隙を突く戦い方を身上としている男だ。


ある日。


「短刀を使うなら正面から斬り合うな。俺たちの武器は“逃げるための武器”だ」


ロックさんはそう言って木製の短刀を投げて寄越す。


最初に叩き込まれたのは足運びだった。


「敵の剣は避けるんじゃない、ずらすんだ。半歩横、半歩後ろ。それだけで刃の軌道から外れる」


俺は幾度も足を引っかけ転びながら、それでも少しずつ身体に覚えさせていく。


次に教えられたのは急所を狙う技術。


「俺らが重装の戦士に勝つなんて無理だ。だが、腕や足の腱を狙えば動きを奪える」


ロックさんは藁人形に素早く短刀を突き立て、肩の付け根や太ももの筋を示した。


俺は最初は刃先を逸らしてしまうが、日を追うごとに正確さを増していった。


さらに戦場を離脱する術。


数人に囲まれた時、俺はあえて一人の懐に飛び込み、足を払って体勢を崩す。その瞬間に空いた隙間から走り抜ける。


「勝つんじゃなく、生き残る。それが短刀使いの戦い方だ」


ロックさんの言葉は何度も繰り返され、俺の耳に残った。


更に数週間後


身体は常に打撲や切り傷だらけだったが、俺は確かに変わっていた。


以前のようにただ剣を振り回すのではなく、相手の呼吸や足の動きに意識を向けることができる。


短刀を握る手も、ただ必死にしがみついていた頃と違い、狙いを持った動きへと変わっていた。


鍛錬を見守っていたユナは、ふっと笑った。


「まだまだ弱いけど……少し、戦える顔になってきたよ」


エフィナも無邪気に手を叩き、


「カナト、倒れにくくなった!」と喜ぶ。


俺は泥だらけのまま、苦笑して答えた。


「まだ死なないための練習だからな。……でも、きっと無駄にはならない」


夕暮れの空の下、短刀を握り直したその手には、少しずつ“生き抜く覚悟”が宿り始めていた。

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