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第16話:密談・備え

会議が散会し、ざわめきが徐々に遠ざかっていく。


残されたギルド長と、ガルド、ミリアの三人は奥の部屋のギルド長室に移動した。


外の広間では冒険者たちが新たな計画を話し合っているのに対し、この部屋だけが静寂に包まれていた。


ギルド長は重々しく椅子に腰を下ろし、深いため息をついた。そんなギルド長にガルドは話を始めた。


「……村の三人のことだが。さきほどは皆に“鍵になる”と伝えたが……戦わせるつもりはない。あくまで異変の終息にあの三人は必要だって事だ」


ギルド長は短く頷く。


「それが賢明だ。その子達は戦士じゃない。力で戦う役目は俺達冒険者が担う。その子達には……別の意味で、この戦いに不可欠なものがある」


「同感です」ミリアも言葉を添える。


「彼らを無理に戦場に立たせれば、希望の象徴が潰えるだけです。守られるべき存在こそが、人々を動かす力になるのですから」


ギルド長はその言葉にうなずきつつも、眉間に皺を寄せた。


「それと……あの国の事も考えねばならん」


その言葉に、ガルドの表情が険しくなる。


「……あの国、か」


ミリアはわずかに声を強めて言った。


「私は反対です。あの国の騎士団は、確かに実力は折り紙つき……。ですが彼らが動けば、必ず横柄な態度を見せ、村や町から法外な供出を求めるでしょう。異変が終息した後、残るのは荒れ果てた人々の生活です」


ギルド長は苦々しげに頷いた。


「分かっている……。だが奴らに頼めば、速やかに片はつくだろう。それも事実だ。それにこの異変に気づいてないって事はないだろう。俺が得ている情報によれば、奴らは近辺の魔族狩りをしているらしいから、すぐこちらに向かってくるって事はないだろうが……」


ガルドが机に拳を置いた。


「だからこそ俺達が先にやる。村人も、冒険者も、僧侶も戦士も……力を合わせれば道は開ける。あの国に頭を下げる前に、俺達でやれることをやるべきだ」


ミリアも静かに続ける。


「人々が団結して立ち向かった記憶は、きっと未来の糧になります。外の力に頼るだけでは……また同じことが繰り返されるだけです」


ギルド長はしばし沈黙し、窓の外を見やった。


街灯の火が遠く揺れている。


「……分かった。今はまだ“あの国”を動かす時ではない。まずは周辺の村々と冒険者を結集させよう。それでも押し潰されそうになった時、その時こそ奴らに声をかける」


ガルドは静かに頷き、ミリアも目を伏せた。


三人の間に重い沈黙が落ちたが、その中にかすかな決意の炎が宿っていた。


ギルド長は深くうなずいた。


「……よし。まずは周辺の村々に伝令を走らせよう。魔王城の異変は、もう誰も否応なしに巻き込む。ならば早い方がいい。おい!!」


外で控えていた若い書記官が部屋に入ってきてギルド長が話し合った内容の説明を始めると、羊皮紙と羽ペンを手にした。


「伝令用の書状をすぐに整えます。数時間もあれば」


「頼む」


ギルド長は短く答え、その視線をガルドとミリアに向ける。


「……お前達はどうする?」


ガルドは立ち上がり、腰の剣を軽く叩いた。


「俺とミリアは一度、武器を整えに行く。知り合いのドワーフがいる村があるんだ。奴らの鍛えた武器なら、凶暴化した魔物にも通じるはずだ」


ミリアも微笑を浮かべ、少し冗談めかして言う。


「正直、このままではガルドの剣も、私の杖も長くはもちませんからね。折れたら困りますし」


ギルド長は渋い顔をしつつも、二人の意志を理解したようにうなずいた。


「分かった。武具の補強は必要だ……。ただし気をつけろ。まだ手を焼く程ではないが魔物の凶暴化は進んでいる」


「承知している」


ガルドは短く答え、背にかけたマントを整えた。


その瞳には迷いのない光が宿っている。


翌朝、まだ薄明るい街道口。


ガルドとミリアは荷をまとめ、二人だけで歩み出す。


見送るギルド長が声をかけた。


「……戻るときは、必ず生きて戻れよ」


「当然だ」


ガルドは振り返り、短く答えた。


ミリアも笑みを浮かべ、小さく手を振る。


「こちらでできることを済ませてきます。皆さんも……どうかご無事で」


二人の背が遠ざかるにつれ、街道の先に続く空が赤く染まり始める。


街を離れた街道は思った以上に荒れていた。


かつては馬車が行き交っていた道も、魔物の凶暴化の影響か、人影はほとんど見られない。


「……やはり、村の近くまで来ているな」


ガルドはしゃがみ込み、地面に刻まれた深い爪痕を指でなぞる。


「魔物同士の争った跡、ね」


ミリアが杖を持ち直し、周囲を見回す。


その表情は冷静だが、気配を探る目は鋭い。


道中、二人は小規模の魔物の群れと遭遇した。


牙を剥いて突進してくる狼型の魔物を、ガルドは剣で正面から受け止め、一撃で沈める。


ミリアは光の術式を展開し、仲間を呼ぼうとする魔物の口を光弾で打ち抜いた。


戦いは短く、そして無駄のないものだった。


「……やっぱり、数が増えてるな」


「けれど今のところ、魔王城周辺に比べたら脅威は感じないわ。これなら少し腕に覚えのある冒険者達でも対処は可能ね。村までは大丈夫でしょう」


そう言い合いながら、二人は足を速めた。


夕暮れ時、斜面に掘られた石造りの家々が姿を現す。


山の斜面に抱かれるように建つその村は、煙突から立ちのぼる黒煙が遠くからでも分かる。


「変わらないな」


ガルドが小さく呟いた。


鍛冶場の熱気と金属の打ち鳴らす音が響き渡る。


村の入り口で声をかけてきた屈強なドワーフの男は、ガルドを見るなり大声をあげた。


「おお! 生きてたか、ガルド!」


その顔に刻まれた皺と煤は、以前と何一つ変わらない。


「久しぶりだな、ブラム。腕は鈍っちゃいないようだ」


「当然だ! ミリアも元気そうだな」


「お久しぶりです。ブラムさん」


ブラムは豪快に笑い、二人を鍛冶場へと案内した。


鍛冶場の炉は夜に赤々と燃え、火花が雨のように散っていた。


ガルドは旧い剣を机に置き、黙ってブラムに差し出す。


「……お前の剣だな」


ブラムは剣を手に取り、刃先を目に近づける。


「まったく……ひでぇ使い方だ。リオンのやつと一緒に使い潰してた頃を思い出すぜ」


その名前を口にした途端、場にわずかな沈黙が落ちる。


「そういや、リオンの奴はどうしたんだ?」


ガルドは視線を逸らし、低く答えた。


「……リオンは、もういない」


火の揺らめきに照らされ、ブラムの目が大きく見開かれた。


「……なんだと」


彼は刃を机に置き、拳を固く握る。


「馬鹿野郎……あんな腕の立つ奴が……いや、腕だけじゃねえ。あいつの気骨は、本物だった」


その声は怒りとも悲しみともつかぬ響きを帯びていた。


「もっと早く会いに来りゃよかった。……俺の鉄で打った剣なら、少しは長く生きられたかもしれねぇのによ」


ガルドは言葉を返さず、黙って拳を握りしめた。


隣に立つミリアがそっと目を伏せ、祈るように杖を胸に抱く。


ブラムは深く息を吐き、やがて顔を上げた。


「……分かった。ならばリオンの分も込めて、最高の剣を打ってやる。こいつはただの鉄じゃねぇ。俺とお前と……リオンの想いが乗るんだ」


再び鉄槌が振り下ろされる。


ミリアも自分の杖を差し出した。杖先の宝石には細かなひびが入り、魔力の流れも鈍い。


「これも頼めますか?」


「おうとも。木組みは俺の専門じゃねえが、鉱石の細工なら任せとけ」


夜を徹して、火花が飛ぶ。


鉄を打つ音が、まるで太鼓のように鍛冶場を響かせた。


ガルドは火花を見つめながら、短く言った。


「……これで少しは戦える」


ミリアは微笑を浮かべ、頷いた。


「剣も杖も、あなたと同じく最後まで折れませんように」


ブラムの笑い声と、炉の唸り声が、夜の村に響き続けていた。


火花が闇を裂き、鍛冶場の空気を熱で満たす。


その光の中で、ガルドの胸に去来するのは過ぎ去った声。


笑って肩を叩いてきたリオンの姿、無謀に突っ込んでは共に剣を振るった日々。


そして、守れなかった夜の記憶。


ミリアが静かに呟いた。


「……リオンも、きっと隣で見てるわよ」


ガルドは短く頷き、再び炉の赤を見据えた。


その瞳に宿るのは、消えぬ悔恨と、それでも歩みを止めぬ決意だった。


数日間、鍛冶場には絶え間なく鉄槌の音が響いていた。


炉の炎は夜をも照らし、火花が星のように散っては消える。


そして迎えた朝。


ガルドは新しい剣を腰に下げていた。


鍔には細かな装飾はなく、ただひたすらに実用を追い求めた造り。だがその質実剛健さは、彼の手に驚くほど馴染んだ。


「……重さも、切れ味も、理想通りだ」


隣ではミリアが杖を手にしている。


宝石の光は澄み渡り、ひび一つなく魔力の流れが研ぎ澄まされていた。


「魔力がすごく自然に流れてくる……まるで自分の一部みたい」


二人が確かめ合うように武器を握った時、ブラムが豪快に笑った。


「よし、これなら間違いねぇ!俺の渾身の仕事だ。……リオンが生きてりゃ、きっと羨ましがったろうな」


笑みを浮かべながらも、その声の奥にはかすかな哀惜が滲む。


ガルドは静かに目を閉じ、短く呟いた。


「……あいつの分まで、振るう」


村の外れまで見送りに出てきたブラムは、二人の背を強く叩いた。


「命を削るなよ。お前らの戦いは、まだこれからだ!」


「ありがとう、ブラムさん」


ミリアが深く頭を下げる。


ガルドは短く頷き、村を後にした。


背中に響くのは、鉄を打ち続ける鍛冶場の音――それは、仲間を失った者同士の無言の約束のようでもあった。


山道を下りながら、ガルドは新しい剣の柄を強く握りしめる。


その重みは、彼自身の決意そのものだった。


こうして二人は、カナト達の待つ村へと戻っていった。

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