第15話:作戦会議
カナト達が来るべき日に備えて村で準備を進めてる裏で、ガルドとミリアは協力要請の旅に出ていた。
夕暮れ、街道の空は茜色に染まっていた。
ガルドは無骨な鎧に旅の埃をまとい、黙々と歩いている。
その隣でミリアは白衣を羽織り、首に下げた小さな聖印を指先で弄びながら周囲を見渡していた。
「……村を出て、もう三日目ですね」
「そうだな」
短く返すガルドの声は低く、風にかき消されそうになる。
やがて二人は、道端にうずくまる傷ついた冒険者の一団と出くわした。
鎧は割れ、武器は血に濡れ、恐怖に目を見開いている。
「魔王城から……逃げてきた……あそこは、もう……地獄だ……」
震える声を聞いた瞬間、ガルドの顔に陰が落ちた。
「あぁ、知ってる……。俺達も行ってきたからな」
彼はすぐに腰を落とし、肩を貸して立ち上がらせる。
「立てるか。……ここで死ぬな」
ミリアはすぐに治癒の祈りを唱える。
掌から柔らかな光が溢れ、裂けた肉がゆっくりと塞がっていく。
だが、その表情に微笑みはなかった。
「……彼らはほんの少し魔王城に足を踏み入れただけで、この有様です。 周りの街やギルドに、この現実を伝えなければ」
ガルドは黙ったままうなずき、冒険者を担いで街道を進む。
背中に重みを感じながらも、足取りは迷いがない。
「……リオンなら、こういう奴らを放ってはおかなかった」
ぼそりとこぼれた言葉に、ミリアがわずかに目を伏せる。
「ええ……だから、私たちが背負うんです」
その言葉を受け、ガルドは僅かに口元を引き結んだ。
夕陽が二人の影を長く伸ばし、街道の先へと続いていた。
街道を進むガルドとミリアは、道すがら出会う冒険者達に声をかけていた。
「魔王城の気配はもう隠せないほど膨れ上がっている。無謀に挑めば命を落とすだけだ。だが、力を合わせれば……備える道はあるはずだ」
粗野な戦士、慎重な弓使い、旅の途中の魔法使い。
耳を貸す者もいれば、顔をしかめて立ち去る者もいた。
それでもガルドは諦めず、低い声で淡々と語り続けた。
隣でミリアが小さく頷く。
「私たちは仲間を失いました。それでも進むしかない。……どうか、あなたたちも村々を守るために、共に考えてほしい」
冒険者達の胸に、迷いと恐れ、そして小さな決意の芽が芽吹く。
その言葉を残し、二人は街へと歩みを進めた。
石造りのギルドに辿り着いたとき、空気は張り詰めていた。
掲示板には未処理の依頼が溢れ、冒険者たちの顔には疲労と苛立ちがにじむ。
カウンターの奥では、ギルド長らしき壮年の男が紙を睨みつけていた。
「……魔王城の異変、やはり気づいていたか」
ガルドの言葉に、ギルド長は顔を上げる。
「当然だ。ここ数日、討伐に向かった連中が次々と戻ってきては負傷者の山だ。中には戻らない者もいる……」
重い声が部屋を満たした。
ミリアが一歩進み、柔らかくも強い調子で続ける。
「無策では犠牲が増えるばかりです。私達は村や街を守りたい。……そして共に備えたい。情報の共有と、人員の協力をお願いできませんか?」
ギルド長はしばらく沈黙し、机を叩くように指を鳴らした。
「ちょうど対策を練り始めていたところだ。だが人手も知恵も足りん。……お前たちのように実際に見てきた者の声は貴重だ」
その場にいた冒険者達がざわめく。
「やっぱり魔王城はただ事じゃないのか……」
「なら俺達はどう動くべきなんだ……」
ガルドは彼らを見渡し、ゆっくりと言葉を落とした。
「誰か一人で挑むものじゃない。だが逃げ続けても守るものは失われる。……だからこそ、手を貸してほしい」
ギルドの空気に、少しずつ熱が帯びていく。
討伐のためではなく、村々を守るための戦い。
その意味を噛みしめながら、ガルドとミリアは互いに目を合わせ、静かに頷いた。
ギルドの重い扉が閉じられると、場のざわめきが収まり、奥の大きな机に数名の幹部と冒険者代表が集まった。
壁際に立つ冒険者達も真剣な眼差しを向ける。
ギルド長が深く息を吐いた。
「魔王城からの瘴気は日ごとに広がっている。街にまで届くのも時間の問題だ。……だが、こちらが散発的に動いても消耗するばかり。まずは足並みを揃える必要がある」
ガルドが低く頷く。
「まだ幸い、各地の村や小さな町が襲われたという報告は受けていない。だがいつ襲われるか分からない。それに孤立させれば守り切れない。……俺達も村の一つを守っているが、もし襲われれば持ちこたえられる保証はない」
その言葉に、幹部の一人が口を開く。
「確かに……魔王城を攻めるどころか、防衛の線を広げねばならん状況だ。各村に連絡を回し、最低限の避難路と補給の線を作らねば」
ミリアは真剣な目で提案する。
「ただの戦力集めでは駄目です。僧侶や治癒師を必ず加えてください。戦えば負傷者は必ず出る。癒やす人がいなければ、人々は続けられません」
「なるほど……」と幹部が頷くと、今度は若い冒険者が声を上げた。
「斥候も必要だ! 魔物の動きを探る者がいなきゃ、まともに備えられない!」
別の者も続ける。
「各地の戦士や魔術師を一か所に呼び寄せるのは現実的じゃない。集結地点をいくつか決めて、そこから交代制で魔王城周辺を監視するのはどうだ?」
次々と意見が飛び交い、机の上の地図に石駒や木片が置かれていく。
街道沿いの村、山間の集落、補給拠点となる町。線と点で結ばれ、やがて「結集の網」が姿を現し始めた。
ギルド長はその光景をしばし見下ろし、低く言った。
「よし……まずは周辺の村に伝令を出す。戦える者も、支えられる者も、一度に集めて意見を交わす場を設ける。これからの戦いは、冒険者だけのものではない」
その言葉に、場の空気がわずかに引き締まった。
ガルドは静かに目を閉じる。やっと、一つ目の道筋が見えた。
隣でミリアが小さく微笑む。
「これで……少しは前に進めますね」
ガルドは応えず、ただ頷き、拳を固く握った。
議論がひと段落し、地図の上に駒が並べられた頃。
ガルドは重々しく息を吐き、机を見回した。
「……最後に、一つ伝えておきたいことがある」
集まった冒険者達の視線が一斉に彼に集まる。
普段は言葉少なな男の発言に、空気が自然と張りつめた。
「今回の魔王城の異変……それに最初に気づき、俺達を導いたのは、ただの村人達だ」
一瞬の沈黙の後、場にざわめきが広がった。
「村人だと……?」
「そんな馬鹿な。戦士でも魔法使いでもない連中が?」
「子供のお伽噺じゃあるまいし!」
疑念と嘲笑が入り混じった声。
だが、ガルドの表情は揺るがなかった。
隣のミリアが静かに続ける。
「彼らは戦う力を持ちません。青年と、少しの武術を心得ている娘、そして一人の少女……ただそれだけです。ですが、彼らの存在が私達を支えました。怯まず、共に歩み、道を開いてくれたのです」
「村人が……道を開く?」と誰かが鼻で笑った。
しかし別の者は顔をしかめながらも呟く。
「ミリアがそう言うなら……何かあるのかもしれん」
ギルド長が低く問いかける。
「お前達は、その村人が“鍵になる”と本気で言うのか」
ガルドは力強く頷いた。
「理由は明かせん。だが事実として彼らなしに、俺達はここまで辿り着けなかった。……今回の戦いにおいて、その三人こそが必ず要になる」
その言葉に、場が再びざわついた。
嘲笑はもうなかった。代わりに、困惑と戸惑い、そしてかすかな期待が混じっていた。
「村人が……鍵になる戦いなんて、聞いたことがねぇ……」
「でも……もし本当なら、希望はまだ残ってるのか……?」
重苦しい沈黙を打ち破るように、ギルド長が机を拳で叩いた。
「よかろう。前代未聞だが、俺は信じる。その村人がどんな者であれ、今の我らにはどんな可能性も捨てる余裕はない」
場に広がるざわめきは、もはや疑念ではなかった。
不安と共に、薄いが確かな希望の灯が宿り始めていた。




