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第13話:撤退

凶暴化した魔物達が現れ、ガルドさんミリアさんの戦闘を見ている事しか出来なかった俺は自分の非力さを痛感していた。


戦闘後、少し休憩を挟んだ後、俺達は魔王城を目指した。


そして黒々とした城壁が、霧の中から姿を現した。


人の手で積み上げられた石ではない。大地そのものがせり上がり、形を変え、牙を剥いているかのようだった。


「……これが、魔王城……」


ユナの声はかすれていた。


歩みを進めるほど、空気は重くなり、肺に鉛を流し込まれるように苦しくなる。


一行の足音が石畳を打つたび、心臓に直接響くような脈動が返ってきた。


俺も胸を押さえ、息を荒げながら他の人達を見た。


(前に来た時と全然違う……。本当にここはこの前来た時の魔王城とおんなじ場所なのか)


ユナは震えるていた。ミリアさんの頬には玉のような汗が滲んでいる。


エフィナだけは平然と立っていたが、彼女の瞳もどこか怯えたように揺れていた。


「……ここ、この前来た時と全然違う。ただ近づくだけで人を蝕む」


ミリアさんが震える声で告げた。


「この瘴気……何十人の祈りを重ねても、薄めることはできない」


「まだ、門の前にも立ってないのに……このざまか」


ガルドさんが呟いた瞬間、俺達の頭の奥にざらついた声が響いた気がした。


聞き取れない呪詛のような囁きが、心を侵食してくる。


ユナは膝をつき、必死に首を振る。


「やめて……頭が割れそう……」


ガルドさんが即座にユナの腕を支え、険しい声で叫んだ。


「退くぞ!ここで踏み込めば、命を落とすだけだ!」


「でも、ここまで来たのに」


俺は魔王城を見上げる。


「駄目だ‼︎この圧迫感……、魔王がいた時の空気と同じだ。って魔王がいる時にここに来たことはないけどな。でも同じだあの時と……」


「魔王が復活したって事ですか!?」


「それは分からねぇが、今魔王城に突入するのは得策じゃねぇ。悪いなエフィ。連れて行くって言っといてこのざまだ。だけど命が優先だ。無謀な事はしない」


ガルドさんは悔しそうに項垂れていたがエフィナはガルドさんの手を掴んだ。


「大丈夫だよ。ここまで来れただけで充分。でもあとちょっと待っててくれる?」


エフィナは一歩踏み出し、魔王城に向かって目を閉じ必死に何かを無言で伝えてる感じだった。


俺達はそれをただ見守る事しか出来なかった。


しばらくしてエフィナがこちらに振り返った。


「お話終わったよ。とりあえずこれ以上酷くならないように抑えてくれるって。でも長くは抑え込めないから出来るだけ早く対策を考えてほしいとも言ってるよ」


「誰と話したんだ?」


ガルドさんはエフィナに尋ねた。


「この前来た時に会った声の……人?」


エフィナはどう表現したらいいか分からない様子だった。


「何が起こってるのか、その声の主は知っているのですか?」


次はルミアさんが尋ねた。


「魔王が復活しようとしてると思うだって。でも勇者に一度完全に滅ぼされてるから力も精神も不完全で、暴走して魔王の残滓が魔王城から世界中に溢れて覆ってる状況みたい」


「魔王復活……。ならますますこの先を進むわけには行かない。俺達だけじゃ手に負えない」


ガルドさんの言葉を聞いた俺は悔しさで拳を握り締めた。


ここまで来て、引き返すしかないのか。


魔王城の巨大な門は、ただ沈黙のまま、すべてを拒むように聳え立っていた。


「……撤退だ」


ガルドさんの口から出た声が、ひどく小さく聞こえた。


誰も反論しなかった。ユナも、ミリアさんも、俺も。


ただエフィナだけが、無表情に城を見つめていた。


「……待っててね。必ず戻ってくるから」


その言葉に、俺は必ずここに戻ってくると誓うのだった。


振り返り、坂を下る。


背中に突き刺さるような圧迫感が、村へ戻るまで決して消えることはなかった。


岩場に腰を下ろすと、誰もが黙り込んだ。


ユナが俯き、拳を握る。


「……情けないな。エフィの役に立ちたかったのに」


俺は言葉を探したが、悔しさが喉を塞いで声にならなかった。


代わりにガルドさんが低く言った。


「情けねえかどうかなんざ、どうでもいい。あれを見て、生きて帰れたこと自体が奇跡だ」


ミリアも静かに祈るように言葉を落とした。


「……次のために戻ろう。恐怖も悔しさも、全部持ち帰って」


その後ろで、エフィナが小さく呟いた。


「……負けてないよ。だって、まだ死んでない。声の人も頑張ってくれてる」


俺はその言葉に、ほんの少しだけ前を向けた気がした。


それから二日かけて歩き、村の灯りが見えてくると、俺達の足取りは自然と重くなった。


ユナがぽつりと漏らす。


「みんな、私達が魔王城に挑むのを見送ってくれたんだよね……。どう伝えたらいいんだろう」


俺は言葉を探しながら答える。


「正直に言うしかないだろう。俺達はまだ、あそこに立つだけで精一杯だったんだから」


ユナは顔を曇らせる。


「でも、心配させたくない……」


「心配させるさ」


ガルドさんが淡々と答えた。


「だが、それでいい。期待されてるならなおさら、次に応えるために、悔しさも、恐怖もそのまま伝えるんだ」


ミリアさんも頷き、静かに微笑んだ。


「隠し事は不安を膨らませるだけ。誠実に伝えたほうが、村もきっと力になってくれるわ」


村の広場に入ると、夜更けにもかかわらず灯りがともされ、村の人達や冒険者達が待っていた。


子供達が無邪気に駆け寄ろうとするのを、大人が止める。


その表情には、安堵と不安と期待が入り混じっていた。


ガルドさんは深呼吸をし、俺達を見回す。ユナが小さくうなずき、ミリアさんは祈るように微笑んでいた。


ガルドさんは前を向き報告をした。


「……魔王城は、想像以上に強大だった。今の俺達では無理だと判断し撤退してきた」


村人達の顔に暗い影が差す。


俺は言葉を継いだ。


「だけど、諦めて戻ってきたんじゃない。俺達に足りないものを知ったからこそ……必ず、次は超えてみせる」


村人達の顔に、不安と同時に小さな光が宿る。


村長が静かに頷いた。


「ならば、村はお前達を支えよう。恐れるな。今は休むのだ」


その言葉に、俺は肩の力を抜いた。


ユナの親父さんが近づいてきた。


「帰ってきただけで十分だ。三人ともよくやったな」


親父さんは俺とユナとエフィナを力強く抱きしめてくれた。


悔しさは胸に残ったままだ。だが同時に村が共にあることが、確かに心を支えていた。

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