第12話:再び魔王城へ
ガルドさんに魔王城への同行を認められた俺は準備をする為に一旦家に戻ってきた。
ユナが手際よく荷を詰めながら言う。
「食料と水袋は三日分。村に戻ることを考えても、これくらいは必要ね」
「前は日帰りで帰って来れたけど……」
「前回と今回は違う。多分慎重に進むと思う。だからこれくらいはいる!!」
ユナは俺にバッグを押し付けた。
「それに私もいるし」
ユナが胸を張った。
「はあああああああ!!何でユナも一緒に来るんだよ!?」
「さっきガルドさんから許可貰ったもんね。あんたが無茶しないように見張が必要だからって」
ユナは勝ち誇った表情で俺を見ていた。
「いや、俺が言うのも何だけど……」
「ううん。行かせて。私も自分の目で何が起こってるか確かめたいの。ただ無事を祈って待ってるだけって、カナトが思ってる以上に辛いんだからね」
ユナは真剣な眼差しで俺を見た。
「それに私、結構強いよ?酒場で飲んだくれを日々相手にしてきたんだから」
と思ったらニヤケ顔でシュッ!!シュッ!!とパンチをし始める。
そうだった。酒場では基本的にはみんなお酒やご飯を楽しんでいるが、時には酔っ払って大暴れする冒険者がいる。親父さんと俺が仲裁にはいるのがほとんどだが、酒場のあちこちで他の冒険者達も暴れ始められたら、手が回らない。
そんな時、ユナが屈強な冒険者達を制してたのを何回か見たな……。さすが親父さんの娘だと感心した事もあった。エフィナが酒場で働き始めてからは一回もなかったからすっかり失念していた。
「足手纏いになるなよ」
俺はぶっきらぼうに言った。
「それはこっちのセリフよ」
エフィナは真剣な表情で薬草を仕分けている。
「これ、熱を下げる葉っぱ。……あとは傷を治すの。前に森で見つけた」
「すごいじゃない、エフィ」
ユナが褒めるとエフィナは照れくさそうににやけていた。
準備が出来、広場に戻るとガルドさん、ミリアさん、親父さん、村長、ここを守ってくれる冒険者達が待っていた。
村長が前に出て、俺達を見渡す。
「村を背負わせてしまうこと、心苦しい。しかし、この村から歩み出るお前達にしか果たせぬ役目もある……」
ユナが背を伸ばし、しっかりとした声で答える。
「大丈夫です。私たちは必ず戻ります。みんなの顔を見に帰ってきます」
親父さんがおれに近づき、肩を軽く叩いた。
「武器は使い過ぎるな。命を守るため、生き残るために振れ。……それだけ覚えてりゃいい」
それは父親のような眼差しだった。
そして最後に、ミリアさんが、残ってくれる人達に静かに祈りの言葉を紡ぐ。
「この旅路が、光に照らされますように」
その祈りを合図にしたかのように、人々は小さく拍手を送り始めた。
大きな声援ではない。けれどそれは、誰もが心から彼らの無事を願う証だった。
ガルドが口の端を上げる。
「行くぞ。……背中を押されすぎると、逃げ場がなくなるな」
俺達は笑みを交わし、魔王城の方角へと歩み出した。
背後で鳴り続ける祈り混じりの拍手が、しばらくの間、彼らを包んでいた。
俺達が出発してしばらくすると前から傷だらけの三人組の冒険者達が命からがら走ってきた。
鎧は裂け、杖は折れ、息は荒く、血と煤の匂いをまとっている。
「水を……頼む……!」
「もう少しで……やられるところだった……」
ガルドさんがすぐに水と布を差し出し、ユナとエフィナも慌てて手当てを手伝う。
やがて落ち着いた冒険者の一人が、震える声で口を開いた。
「……魔王城。中は……もう昔とは違う。あそこに残っていた魔物どもが……狂ったように暴れてやがる」
「壁も……廊下も、黒い瘴気で満ちて……並の冒険者じゃ、一歩踏み入れるのも無理だ」
彼は拳を握りしめ、悔しそうに太ももを叩いた。
「俺達だって、それなりに場数は踏んできた。だが……相手にならなかった。目が血走った魔獣の群れに囲まれ、剣も、魔法も通じにくくなってる……!」
ユナが息を呑む。
「並の冒険者じゃ太刀打ちできない……」
エフィナは黙ってうつむき、俺の袖をぎゅっと掴んだ。その小さな仕草に、俺は言葉を飲み込む。
やがてガルドさんが口を開いた。
「……魔物どもが凶暴化、か。魔王の残滓か、あるいは……別の“何か”が目を覚ましたのかもしれんな」
彼の低い声に、場の空気が凍りつく。
ミリアさんが冒険者に優しく布をかけながら、静かに言った。
「ありがとう。あなたたちの言葉で、私たちは備えられる。どうか今は休んで……。私達は進むわ」
冒険者に治癒を施した後、俺達は再び魔王城を目指した。
森を抜け、岩場を越える頃。一行は黙々と歩いていたが、ふいにガルドが足を止めた。
風が黒い雲を運び、遠く魔王城の影を覆う。
ガルドさんは振り返り、エフィナをまっすぐに見た。
「……エフィ、お前にどうしても聞いておかないといけない事がある。お前は魔族なのか?」
問いかけ。
だがその声には刃のような鋭さも、怒りもなかった。
ただ確かめるような、重みを帯びた声音だった。
ユナが思わず立ち止まり、俺は慌てて説明しようとガルドさんに歩み寄ろうとするとミリアさんが俺の肩を掴み、首を黙って横に振った。
「エフィが他の子供達と違うのは薄々感じてはいたし、魔族かもしれないとも思っていた。でもカナトやユナと仲が良いし、村をどうこうするつもりはないとも分かっていたから、あえて聞かなかった。それに俺が気付いてるのに、ジュードの奴が気付いてないとも思えんかったしな」
ガルドさんはフッと笑った。
「初めて魔王城に行きたいと言われた時は正直迷った。もしエフィが魔族で何か少しでも不審な動きをすればカナトの前でお前を斬らなくちゃいけなかったからな。まあ結果そうはならなかったから良かったがな……。もう一度聞くぞ。お前は魔族なのか?」
ガルドさんの真剣な表情にエフィナはしばし瞬きを繰り返し、やがて小さくうなずいた。
「……うん。そうだよ」
あまりにも素直な答え。
それは隠すでも、誇るでもなく、ただ当たり前の事実を言った子供の声だった。
沈黙が落ちる。
緊張で手を握りしめたユナと俺に対し、ガルドさんは低く息を吐いた。
「……そうか。なら、なおさら油断はするな。人間でも魔族でも、命は軽くはない」
その一言に、エフィナは目を丸くし、やがて安堵したように微笑んだ。
「……ガルド、やさしい」
ガルドさんは顔を背け、ただ前を向いて歩き出した。
その背を見たミリアさんはフフフとだけ笑いガルドさんの後に続いた。
しばしの静けさの後、ユナがぽつりと口を開く。
「……エフィが魔族だって分かっても、変わらず接してくれるって嬉しいね。私にとっては、ずっと友達だから」
俺もうなずき、優しく言葉を重ねる。
「そうだな。今まで一緒に過ごしてきた日々が、何よりの証拠だ。俺も……同じ気持ちだよ」
エフィナは瞬きをして二人を見つめ、胸の奥にふわりと温かいものを感じた。
「……ありがとう」
小さな声が風に混じり、彼女の微笑みが夜道をほのかに照らした。
翌朝
魔王城の影が、目前に迫っていた。大地は黒ずみ、空気は鉄錆のような匂いを帯びている。
そのとき、岩陰から獣じみた咆哮が響いた。
「来るぞ!」
ガルドさんが剣を抜き、低く構えた。
現れたのは、かつて村の周辺でよく目にする程度の魔物だった。しかしその姿は歪み、眼は血のように赤く濁り、涎を垂らして唸っていた。
明らかに、ただの魔物ではない。魔王城から溢れ出す禍々しい気配に侵され、凶暴化したのだ。
「……つい最近まで見かけてた奴らとは違うな」
ミリアさんが息を吐き、杖を握りしめる。
魔物が突進した瞬間、ガルドさんの剣が地を滑るように走った。
鋼と肉がぶつかる鈍い音――しかし怯むことなく、魔物はさらに跳びかかる。
「硬いな……!」
低く呻くガルドさんの横を抜け、ミリアが回り込む。
「ガルド、援護するわ!」
ミリアさんが前に出て、両手を組む。柔らかな光が迸り、結界が展開される。
魔物の突進が防壁に激突し、鈍い衝撃音が響いた。
「今だ!」
結界がきしむ隙に、ガルドさんが踏み込み剣を振るう。しかし刃は硬い鱗に阻まれ、深くは通らない。
巨体が唸り声をあげ、反撃の爪がガルドさんを薙ぎ払った。
「《癒光》!」
ミリアさんがすかさず詠唱し、ガルドの身体を包むように光が広がる。
受けた衝撃は和らぎ、彼の足は崩れずに踏みとどまった。
「助かった……!」
ガルドさんは短く返し、再び剣を構える。
ミリアさんはさらに声を重ねる。
「《聖槍》!」
光の槍が放たれ、魔物の片目を貫いた。絶叫に似た咆哮が響き、巨体がよろめく。
その隙を逃さず、ガルドさんが吼えた。
「うおおおおッ!」
剣が一直線に走り、魔物の喉元を裂いた。
鮮血が飛び散り、巨体は地を揺らして崩れ落ちた。荒い呼吸だけが残る。
ユナが不安げに呟いた。
「……こんなのが、まだいるの?」
ミリアさんは杖を下ろし、汗を拭った。
「いるでしょうね。けれど……心配しないで。私達が必ず守るから」
ガルドさんは剣を払って血を落とし、ただ前を向いた。
俺はその背中を見つめながら、自分達が立ち向かっているものの重さを、初めて実感した。




