第10話:再会・異変
ガルドさんの話を聞いた翌朝。今日は俺もエフィナもやる事がないので、家でダラダラしていた。
「今日はお出かけしないの?」
エフィナが俺の顔を覗き込んで尋ねてきた。
「う〜ん……」
俺は曖昧な返事をし、エフィナは頬をぷくーっと膨らませ少し怒っていた。
どうしようか考えてると戸がコンコンと叩かれた。開けるとユナが立っていた。エフィナは嬉しそうにユナに抱きついた。
「エフィ!!どうしたの?」
「カナトがどこにも連れて行ってくれないの」
「そうなの?」
ユナは俺を見た。
俺は何も答えずとりあえずユナを家に招き入れた。
「エフィ、ちょっとカナトとお話ししてくるからお庭で待っててくれるかな?」
「分かった!!」
エフィナは笑顔で庭に出ていった。
それを見送りユナは俺の方に振り返った。
「何だよ」
俺はぶっきらぼうに言った。そんな俺にユナは優しく話してきた。
「別に。何もしたくない日だってあるわよね」
ユナは俺の隣に立ってじーっと上目遣いで見つめてきた。
「はぁ〜昨日のガルドさんの話を聞いてから、ちょっとな」
「うん、ガルドさんっていつも豪快な感じで村の人達からも好かれていて良い人だよね。たまにツケ払いにされるけど……」
「そんな人でも、過去に色々あったんだな〜って思って」
「そうだよね。それなのにガルドさんって何で今も冒険者続けてるんだろうね?」
「仲間に対しての贖罪?」
俺はポツリと呟く。
「う〜ん、ガルドさんを見てたらそんな感じではないと思うけど」
「じゃあ何だよ?」
俺とユナは沈黙し考えてると……。
「仲間だった二人の思いを大事にして背負ってるんじゃないかな?」
いつの間にかエフィナが戻ってきていて俺たちの話に混ざってきた。
「何でそう思うんだ?」
「んん〜。そう思ったから。理由とかないよ。ガルドを見てて何となくそうだと思っただけ」
その幼い顔に、どこか遠い影が映った。
「そうかもね。私もエフィの考えになんか妙に納得したわ」
エフィナの言葉に俺は頭ではまだ納得できなかったが何故か心では腑に落ちてるのを感じた。
「でも……ひとりで背負ったら、重すぎるよ」
ユナが視線を俺に向ける。
「じゃあ、私達にできることは……なんだろうね」
問いかけは真剣で、けれど少し震えていた。
しばしの沈黙の後……。
「……一緒に歩くこと、かな」
俺はゆっくりと言葉を探すように答える。
「ガルドさんが前を歩いてるなら、俺達はその隣を歩いて……時には後ろから背中を支える。それなら、きっと……」
「うん!」
ユナが力強く頷く。
「わたしも……」
エフィナは小さく微笑む。
「一緒に笑って、一緒にごはん食べて……それも、支えることだよね」
その言葉には、確かな温かさがあった。
三人の間に流れる空気は、静かだがやわらかかった。
三人がそう決意した時。
コン、コン。
外から軽い戸を叩く音がした。
今日は来客が多いな、と首を傾げつつ戸を開けると、
そこには旅装束の女性が立っていた。
淡い金色の髪を布でまとめ、長旅の埃をかぶっている。手には使い込まれた治癒の杖。
だがその瞳には、確かな温もりと静かな強さが宿っていた。
「……ここに、ガルドがいると聞いて来たのですが」
柔らかな声。けれど震えを帯びている。
ユナとエフィナが思わず見合う。
俺は一瞬言葉を失い、それから小さく答えた。
「はい……この村にいますが。あなたは?」
女性はかすかに笑んだ。
「私はミリア。……かつて、あの人と共に剣を交えた者です」
名前を聞いた瞬間、場の空気が揺れた。
昨日語られた、酒場での記憶。名前は語られなかったが、この女性がガルドさんのかつての仲間だってのはすぐに分かった。
エフィナが胸に手を当てて呟く。
「……会いにきたんだね」
ミリアの瞳がほんの少し潤んでいた。
「ええ。……長い間、会えなかったから」
「今の時間なら多分、ガルドさんまだうちの店にいると思います!!あっ、私ユナと言います。この村の酒場の店主の娘です」
「エフィナだよ。わたしもお店のお手伝いしてるの」
「カナトです。その……あなたの事はちょうど昨日ガルドさんに聞きました。もう一人のお仲間の事も」
「そう、あの人……私達の事を話したのね……」
ミリアさんは目を少し潤ませ微笑んだ。
「改めまして。私はミリアと言います。ガルドの所まで案内を頼んでもいいかしら?」
俺達は急いで準備し、ミリアさんを酒場まで案内した。
酒場の裏手。
ひんやりとした空気の中で、ガルドさんは珍しく薪を割っていた。
「……ガルド」
背後から呼ぶ声に、ガルドさんの斧を振り上げた手が止まる。
振り向いた瞬間、彼の目が大きく見開かれた。
「……ミリア」
低く押し出された声は、割った薪よりも重く、深く響いた。
ミリアは小さく笑い、歩み寄る。
「ずっと……会いたかった。十年ぶり、ね」
互いの間に言葉が途切れる。
鳥のさえずりだけが、二人の沈黙を包んだ。
ガルドさんは視線を落とし、握った斧をゆっくり下ろす。
「……今さら、何だよ」
それは責めでもなく、ただ長すぎた年月を呟いただけの言葉だった。
「ごめんなさい」
ミリアさんは小さく首を振る。
「でも、生きていてよかった。あなたが」
その声は震えていたが、瞳は確かだった。
やがてガルドは深く息を吐き、ようやく彼女を真正面から見つめ返した。
ふたりの影が、朝の光の中で静かに重なった。
ガルドさんとミリアさんは並んで座り、空になった水桶の上に肘をついていた。
「……リオンのこと、夢に見る?」
ミリアさんが小さな声で問う。
ガルドさんはしばし目を伏せた後、無骨に答えた。
「見るさ。あいつは笑ってやがる。いつもな」
ミリアさんはその言葉に、微笑んだのか、泣きそうになったのか、どちらともつかない表情をした。
「……あの子、無鉄砲だったわよね」
「そうだな。だから……あの時。あの時俺に力がもっとあればあいつは……」
ガルドさんは体を震わせていた。
「でも、リオンに後悔はなかったと思う」
「どうしてそう思うんだ?」
「最期のリオンの顔……。とても満足そうだった」
ガルドさんは息を吐き、手のひらに残る薪の感触を握りしめた。
「……俺はまだ、そうは思えねえ」
「ええ」
それ以上は言わず、二人はただ沈黙を共有した。
十年分の空白を、言葉では埋めきれなかった。
けれど、静かに並んで座る時間だけが確かにあった。
その様子を見届けた俺達は、二人を残し立ち去ろうとした。
ふと、エフィナが足を止めた。
目の奥に、子どもらしくない静けさが宿った。
「……聞こえる」
ユナがエフィナを見る。
「え?何が?」
その時、何者でもない俺でも分かるくらい、空気が重たくなったのを感じた。それはユナも同じだったようだ。体が小刻みに震えていた。
エフィナは遠くにそびえる黒い影、魔王城の方角を見つめる。
「呼んでる……誰かが。前と同じ。けど、様子が変……」
俺とユナは息を呑んだ。
遊び半分の言葉ではない。
エフィナの声は澄んでいて、背筋に冷たいものを走らせた。
異変が俺達の前に迫っているのを肌で感じた。




