第1話:何でもない日常
勇者が魔王を倒して20年の歳月が過ぎた。俺は勇者と魔王との壮絶な戦いを知らない。俺が生まれたのは魔王が死んでから5年後だからだ。
魔王を倒した当時、世界中で宴が開かれたが、ここフィリア村では一際壮大な宴が開かれたと聞いている。
何故ならこの村は、魔王城近くにある辺境の村だからだ。
魔王がいた当時は、日々死の恐怖に怯えながら過ごしていたと村人達は言う。
でも、よくよく話を聞いてみるとこの村を魔王軍が襲った事はないらしい。
まあこんな何もない村を襲ってもメリットがないと見逃されたんだろう。
俺にとって”勇者”はどこか遠い世界の夢物語に出てくる登場人物で自分には関わりのないものだと思った。
俺は今日も畑を耕したり、ご飯を食べたり、誰かとおしゃべりしたりと、平和に特に変わらない日々を過ごしているのだから。
「おーい、カナト!今日はもういいぞ」
畑を耕している俺に声をかける村のおじさん。俺は首にかけた手ぬぐいで顔を拭き、ちょうどいい大きさの岩に座った。
「ふぅ〜、今日もよく働いたなっと」
俺は夕空を見上げて一息ついた。
「ほれ、今日の収穫品だ。持っていってくれ」
おじさんはたくさんの野菜を袋いっぱいに詰め込んでくれ俺に渡してくれた。
「こんなにいいの?」
「いいさ、いいさ。カナトにはいつも手伝ってもらってるし、お前がいたら畑仕事がいつも以上に捗るしな」
おじさんは俺の背中をバンバンと豪快に叩きながら笑顔で言った。
そういう事ならと俺は野菜を貰い家に帰った。
「ただいま……。誰もいないけど」
俺の両親は3年前に荷台を運んでいる最中に崖から落ちて亡くなった。それから俺は一人暮らし。自分の食い扶持は自分で稼がないといけなくなり、村の仕事を色々しながら何とか暮らしている。
村のみんなはいい人ばかりだ。俺は恵まれている。仕事は紹介してくれるし、食べ物もくれる。これ以上の望みは贅沢だ。でもやっぱり夜になると一人は少し寂しい。俺は今日もらった野菜と家にストックしてあった肉を炒め、一人で食べた。
俺は食事を手早く済ませ、水でタオルを濡らし外で体を洗い今日一日の汚れをきれいに洗い流す。
そして寝る前に窓から映る月を眺めた。
「父さん、母さん、おやすみ」
俺はそう呟きベッドに入り眠りについた。
翌朝
俺は顔を洗い、酒場に向かった。
「おはようさん。カナト」
酒場の親父さんがフライパンを振りながら挨拶をしてくれた。
がっしりとした体格、日焼けした浅黒い肌、顎髭を無造作に生やしている彼の名はジョード・グレイユさん。酒場【オアシー】のマスターだ。
「カナト来たの?」
店の奥から三角巾エプロン姿で出てきたのは、オアシーの看板娘、ユナ・グレイユ。俺の幼馴染だ。
柔らかな栗色の髪は普段は肩の長さくらいまであるが、今は結っている。
「おはようユナ。とりあえず床掃除したらいいか?」
「うん、お願い。私は材料の仕込みの続きをしてくるね」
ユナの茶色い明るい瞳はいつ見てもキレイだと思って見惚れていた。
「ん?私の顔に何かついてる?」
首を横に傾げるユナに俺は顔を横に振り、慌てて掃除道具を取りに行った。
しばらくモップで床掃除をしていると、店のドアが開いた。
「悪いねぇ、まだ準備中で……ってお前かよ」
親父さんは入ってきたお客さんの姿を見て、心底面倒臭そうにため息をついた。
「ガハハハ!!相変わらずそっけないじゃねぇか、ジョード」
重鎧を着たまま、店に入ってきたのは冒険者で戦士のガルド・スミス。筋骨隆々でとにかくデカいの一言。
「おはようございます。ガルドさん」
俺は掃除の手を止めてガルドさんに頭を下げた。
「おう、カナ坊か!今日はここの手伝いか?感心、感心」
ガルドさんは俺の頭を乱暴に撫でた。
「ガルドさんは今日も魔王城に?」
「おうよ。今日こそ魔王城の秘宝を見つけてみせるぜ。ついでに魔物の数も減らしてきてやるよ」
フィリア村には、ガルドさんの様な冒険者がまだ度々出入りしている。理由は魔王城にはまだ宝がたくさんあると言われており、実際宝を持ち帰ってくる冒険者もちらほらいる。あと、魔物がまだ魔王城から定期的に湧いてくるのでそれらの討伐もしてくれている。魔王城から湧いてくる魔物はそこらへんにいる魔物より格段に強いので、討伐してくれるのは正直ありがたい。
「帰ってきたら、またお話を聞かせてくださいね」
俺はそれだけ言い掃除に戻った。ガルドさんは了解的な感じで手だけ上げてくれた。
ガルドさんは親父さんと何か話をしていたけど、特に興味はなかったので掃除に集中することにした。
あらかた掃除が終わり、汚水を流しに店の裏に行ったら、ユナが椅子に座って休憩していた。
「お疲れ様。カナトも休憩する?」
俺はうんと頷いた。ユナは椅子を出してくれて横に置いていた入れ物から水をコップに注いでくれ俺にくれた。俺はそれを一気に飲み干した。
「次は別の場所で薪割りの仕事だっけ?」
「ああ、村長の家の薪のストックがそろそろ無くなりそうだからな、行って切ってやらなきゃ」
「カナトはこの村になくてはならない存在だね」
ユナが笑顔で言う。
「そうか?まあ本当にそう思ってくれてるならありがたいけどな」
その言葉にユナは強く言い返してきた。
「思ってるよ!だってカナトがいるおかげでみんな助かってるもん。……少なくても私は」
ユナは少し顔を赤らめ顔を逸らした。
ん?どうしたんだ?と思って俺はユナの顔を覗き込んだ。
「あわわわ、何?」
「何って、ユナこそ顔赤くしてどうしたんだ?熱でもあるのか?」
俺はユナのおでこに自分のおでこを当て熱を測った。うん、熱はないなと思い、おでこを離しユナの顔を見たら、さっきより更に顔を真っ赤にしていた。
「なっ、な、な、な、」
ユナは言葉にできない言葉で混乱している様子だった。
「おい、本当に大丈夫か!?」
そう言って俺は慌ててユナをおんぶして親父さんの所に連れて行った。親父さんはまだガルドさんと話していたが俺たちの様子を見て、ん?と一瞬フリーズしていた。ガルドさんはヒューッと口笛を吹き親父さんの方を見てニヤニヤしていた。その後、何故か親父さんとユナに床に正座させられこっぴどく叱られた。何でだ?