第55話「水の祠への到着」
嵐が去った海は、嘘のように静かだった。
高く澄んだ青空。
鏡のように穏やかな海面。
帆を膨らませる風も、優しく船を押していた。
「見えたぞ!」
甲板で見張りをしていた船員が叫んだ。
リュシアたちは急いで船首に集まる。
遠く、水平線の先――
白い霧の中に、ぼんやりと浮かび上がる影があった。
「あれが……」
リュシアは息を呑んだ。
ザックが、望遠鏡を覗きながら頷く。
「間違いない。水の祠がある孤島だ!」
***
シーファルコン号は、慎重に島へと近づいていった。
やがて、霧が晴れる。
そこに現れたのは――
神秘的な美しさを湛えた、青と白の島だった。
島全体が、ほんのりと青白く輝いている。
中央には、高くそびえる白亜の建物。
水の祠だ。
「すごい……」
エルナが、感嘆の声を漏らした。
「風や炎とは違う……これは、穏やかで深い力だ」
リュシアも頷いた。
肌に触れる空気が、やわらかい。
だが、底知れぬ力を秘めている――そんな感覚だった。
***
小舟で島へ上陸することになった。
マリオンは、出航前にリュシアたちに言った。
「この船は沖合で待つ。合図があればすぐ迎えに行く。……気をつけるんだ」
「はい!」
リュシアたちは、しっかりと頷いた。
そして、小舟で青白い砂浜へと向かう。
オールを漕ぐ音だけが、静かな海に響いた。
***
砂浜に降り立った瞬間――
リュシアは、はっきりと感じた。
島全体を包む、圧倒的な魔力の気配。
「ここは……まるで、水そのものが生きているみたいだ」
ザックが周囲を観察しながら言った。
「島全体が、封印の一部になっているのかもしれないな」
白い砂の道が、島の内部へと続いている。
道の両側には、古びた石像が並んでいた。
人魚、海竜、波の精霊たちをかたどった彫像。
ガルドが剣に手をかけながら言う。
「案内してくれているようだな。進もう」
***
島の中心へ向かって進む四人。
道中、信じられない光景が広がった。
青く光る小さな池。
逆さに流れる滝。
空中に浮かぶ水の球体。
「これが……水の魔力……!」
エルナが目を輝かせた。
精霊たちも、嬉しそうにリュシアたちの周りを舞っている。
「歓迎されている……のか?」
リュシアが苦笑する。
しかし、その光景に油断はできなかった。
幻影と現実の境界が、ここでは曖昧なのだ。
何度も、幻に惑わされかけたが――
四人は互いに声を掛け合い、迷わずに進んだ。
「絆が、私たちを導いている……」
リュシアは、そう実感した。
***
やがて、彼らは島の中央に辿り着いた。
そこに建っていたのは――
青白い石で作られた、優美な神殿。
壁や柱には、水の文様が刻まれ、
絶えず清らかな水が流れていた。
入口には、透明な水のカーテンが垂れている。
ザックが呟く。
「この結界……中に入るには、守護者の許可がいる」
リュシアは、一歩前に進み、声を張った。
「七賢者議会からの使者として、封印の調査と修復のために参りました!」
静寂。
しかし、次の瞬間――
水のカーテンが、静かに揺れた。
そして、中から人影が現れた。
***
現れたのは、
流れるような青い衣をまとった若い女性。
銀色の長髪が、光を受けてきらめく。
彼女は、静かに微笑んだ。
「よく来たな、七賢者の使者たち」
柔らかな声。
だが、底知れぬ気高さを感じる存在だった。
「私は水の守護者、ナイア。来訪の目的は知っている」
リュシアが一礼し、答える。
「封印の調査と修復のために参りました」
ナイアは頷く。
「中へお入り。だが、忘れるな」
その瞳が、リュシアたちを真っ直ぐに射抜いた。
「水の試練は、これまでのものとは違う。――覚悟はあるか?」
リュシアは、強く頷いた。
「はい。必ず乗り越えてみせます」
水のカーテンが割れ、四人は祠の中へと足を踏み入れた――




