第50話「アルカードの影」
王都アルカディア――その華やかな街並みの裏に、闇は確かに存在していた。
下層区画、地図にも記されない一角。
そこに、王国の誰もが知らぬもう一つの市場――闇市場があった。
腐敗した空気、ひそひそと交わされる密談。
宝石、禁呪、禁断の薬草――あらゆるものが密売されるこの場所に、
ひときわ異質な存在が座していた。
アルカード。
貴族然とした優雅な佇まい、
白い手袋に覆われた指先で、ワイングラスをくるくると回している。
客たちは、誰も彼に近づこうとはしなかった。
無意識のうちに、彼の周囲を避ける。
それは本能的な「恐怖」だった。
テーブルの上には、一枚の地図。
魔力で作られた七つの封印の座標が、静かに光を放っていた。
アルカードは、グラスを傾け、ひとりごちる。
「――二つ目の封印も、予定通り、活性化した」
その唇には、冷たい微笑が浮かんでいた。
***
やがて、黒衣をまとった男が静かに現れた。
顔を仮面で隠した、例の商人だ。
男は膝をつき、報告する。
「レイン・シャドウブレイドの奪還、失敗しました」
アルカードは微笑みを崩さない。
「……心配するな。予想通りだ」
商人は戸惑った。
「しかし、彼女は重要な……」
「駒に過ぎん」
アルカードは優雅に断言した。
「もはや彼女は用済みだ。
いや、むしろ……彼女が“あちら側”に付いた方が、面白い」
仮面の商人は、沈黙した。
アルカードは続ける。
「――リュシア・フェルディナンド。
彼女が、想定以上に成長している」
商人がうなずく。
「はい。彼女は、封印修復に成功しました。
魔力なしで、七賢者としての役割を果たしました」
アルカードの金色の瞳が、妖しく光る。
「素晴らしい。
彼女が成長すればするほど、我が計画は進む」
テーブル上の地図を指でなぞりながら、静かに言う。
「修復は、同時に活性化を意味する。
封印を強化すればするほど――魔王復活の準備が整うのだ」
商人は戦慄した。
***
その場に、もう一人の影が現れた。
黒いローブに包まれ、顔を隠した謎の協力者。
「次は……水の祠ですね。対策は?」
アルカードは、グラスの赤い液体を一口啜った。
「何もする必要はない」
「……なぜ?」
「彼ら自身が、封印を強化し、結果的に“門”を開く」
「……!」
「我々が手を出す必要などない。
むしろ、時には“手助け”すらしてやろう」
ローブの男は問うた。
「リュシア・フェルディナンド……彼女は危険では?」
アルカードはふっと笑った。
「心配無用。
彼女の力――リミット解除の魔力こそが、鍵となる」
テーブルの上に、一枚の肖像画が置かれた。
そこには、リュシア――あどけない微笑みをたたえた少女の姿。
「彼女が、どこまで成長するか……見ものだ」
アルカードはその肖像画に指を這わせた。
「そして最終的には――彼女の魂すら、主に捧げる」
その言葉は、甘く冷たく、氷のようだった。
グラスを掲げるアルカード。
「――魔王の復活に、祝杯を」
真紅の液体が、静かにきらめいた。




