第47話「帰路の危機」
炎の祠を後にして、王都への帰路についたリュシアたちは、険しい山道を慎重に下っていた。
先頭を歩くガルドは警戒を怠らず、中央には魔法の拘束具をつけられたレイン、その両脇をリュシアとエルナが固め、最後尾をザックが歩いている。
長い旅路だが、誰一人言葉少なに、ただ足を運び続けていた。
レインは無言だった。
ときおりリュシアへ向ける視線に、迷いと葛藤が混じっている。
リュシアもまた、彼女を見守りながら、自身の胸に去来する思いを整理していた。
(彼女を助けたい……けれど、警戒も怠れない)
そんな微妙な均衡の中、旅は続いていた。
***
日が傾き、山道に長い影が伸び始めたころだった。
突如、エルナが足を止めた。
「……何か来る」
緊張した声に、全員が身構える。
「精霊たちが警告している……近くに、何か……」
ザックも、周囲を睨みながら言った。
「複数の気配がある。……待ち伏せだ」
ガルドが剣に手をかける。
リュシアも即座に腰の剣を抜き、レインの肩に手をかけた。
「離れないで」
レインは小さく頷き、リュシアの背後にぴたりとつく。
――そして、周囲の茂みがざわめいた。
***
黒い装束に身を包み、仮面を被った魔族の集団が、木々の間から現れた。
その数、二十以上。
彼らは無言で、しかし明らかに敵意をむき出しに、リュシアたちを包囲する。
「レイン・シャドウブレイドを引き渡せ」
隊列の中央、ひときわ大柄な魔族が低く告げた。
「彼女は我らが主――アルカード様の、大切な駒だ」
リュシアは剣を構えながら叫ぶ。
「彼女は私たちの保護下にある! 渡すつもりはない!」
魔族たちが低く笑う。
「ならば、力ずくで奪うまでだ」
次の瞬間、戦いが始まった。
***
魔族たちは手練れだった。
数で押しつぶす作戦に出て、一気にリュシアたちを包囲する。
「左、エルナ!」
ガルドが叫び、剣を振るいながら前衛を押し返す。
エルナはすぐに精霊魔法を発動、地面から木の根を伸ばして敵の足を絡め取った。
ザックは地形を利用し、崖際に誘導して敵をまとめて落とそうとする。
リュシアも剣を閃かせ、レインを守りながら敵を斬り伏せた。
しかし、彼女の中にひとつの疑念が芽生える。
(……彼らの狙いは、私たちじゃない。レインだけだ)
魔族たちは、執拗にレインを狙って突進してくる。
リュシアたちへの攻撃は、あくまで「邪魔を排除する」ためだけ――。
ガルドが叫ぶ。
「奴らの狙いはレインだ! 気を付けろ!」
リュシアは頷き、レインを背後にかばうように立った。
しかし、次の瞬間――
拘束具を狙って突進してきた魔族の一人が、レインの腕を掴んだ。
「来い!」
力ずくで引きずろうとする魔族。
だが、その時――
「嫌だッ!」
レインが叫び、手に闇の魔力を宿して振り払った。
魔族の男が吹き飛び、地面に叩きつけられる。
リュシアは驚いた。
(……自分から、拒絶を?)
目を見開くリュシアの前で、レインは息を荒げながら言った。
「私は……もう、従わない!」
魔族たちが動揺する。
「裏切るのか、レイン!」
「アルカード様に逆らう気か!」
だがレインは、震えながらも立ちすくみ、必死に声を絞り出した。
「……私は……私の道を、自分で選びたい!」
***
リュシアはすぐに決断した。
「レイン、来い!」
叫びながら手を伸ばす。
レインも、迷わずその手を掴んだ。
二人が並び立ったその瞬間――
リュシアはかつて、魔導書院で共に学んだ頃の光景を思い出した。
(あの時と、同じだ……)
闇魔法を操るレインと、剣を振るうリュシア。
まるで、昔に戻ったかのように、息を合わせて魔族たちに立ち向かう。
「懐かしいな……」
リュシアが笑う。
レインも、わずかに笑った。
「……私も、少しは成長したのよ」
***
ガルドとエルナ、ザックも加わり、四人+一人の総力戦が始まった。
魔族たちは次第に押され、やがて撤退を始める。
最後に残った魔族のリーダーが、悔しげに叫ぶ。
「覚えていろ! 主の復活は近い!」
そして闇に紛れ、消えていった。
***
戦いが終わった後。
全員が疲労の色を隠せない中、リュシアはレインに向き直った。
「どうして、助けを求めたの?」
レインは俯き、小さく答えた。
「……分からない。ただ、あのまま連れて行かれたら、もう戻れない気がして……怖かった」
リュシアは静かに頷いた。
「いいんだ。まだ答えは出なくていい。でも、君自身の意思で決めて」
レインはしばらく黙った後、小さく言った。
「……考える時間が、欲しい」
リュシアは微笑んだ。
「もちろん。君のペースでいい」
夜風が吹き、山道に静けさが戻った。
小さな信頼の芽が、確かにそこに生まれていた。




