第46話「元の姿に戻って」
静寂に包まれた炎の祠の一室。
月光が差し込む小窓の下、ベッドに横たわるリュシアの体に、微かな変化の兆しが現れ始めていた。
「……そろそろだな」
ガルドが低く呟く。
ベッドの傍らではエルナが祈るように両手を組み、ザックが懐から小さな観測用クリスタルを取り出していた。
リュシアの体が淡い光に包まれ始める。
まるで繭から生まれ変わる蝶のように、彼女の小さな体がゆっくりと変化していく。
その光景に誰も声を発することなく、ただ見守った。
「……安心して、リュシア。明日には、きっと元通りになっているわ」
エルナが優しく囁く。
リュシアの瞼はうっすらと震えたが、再び穏やかな呼吸に戻る。
皆が静かに、夜の更けるのを待った。
***
朝の光が窓辺に満ちる。
リュシアは、目覚めと共に自分の体に起きた変化を感じ取った。
そっと身を起こすと、布団の重さも、見える景色の高さも、昨日とは違っていた。
手を広げ、足を伸ばし、体に力を込めると、確かに――
「……戻ってる」
小さな呟きと共に、リュシアは安堵の息を漏らした。
鏡の前に立つと、そこには15歳の自分がいた。
少し背筋を伸ばし、瞳をまっすぐに見つめる。
だが、今回は違う。
元に戻った自分に対して、単なる「安心」だけではなく、もうひとつ――
(子供だった私も、確かに私だった)
そう思える、静かな受容の感情があった。
「リュシア!」
ドアが開き、エルナが飛び込んでくる。
続いて、ガルドとザックも顔を見せた。
「おはようございます、皆さん」
リュシアは笑った。
その表情に、三人は揃って微笑み返す。
「様子はどうだ?」
ガルドが腕を組みながら尋ねた。
「完璧です。何の違和感もありません」
リュシアは胸を張って答えた。
ザックは嬉しそうにクリスタルを操作しながら、「理論通りの回復速度だな」と呟く。
「無理しないでね、リュシア」
エルナがそっと手を握った。
「うん。ありがとう、エルナ」
リュシアはぎゅっとその手を握り返す。
心に広がる温かさを、しっかりと感じながら。
***
広間では、炎の守護者が待っていた。
重厚な赤い僧衣に身を包み、荘厳な雰囲気を纏った彼は、リュシアたちを厳粛に迎え入れる。
「リュシア・フェルディナンド。貴殿は見事、炎の封印を修復した。真に、七賢者の名に恥じぬ働きだった」
守護者の力強い言葉に、リュシアは深く頭を下げた。
「私一人の力ではありません。皆の協力があったからこそ、成し遂げられました」
謙虚な返答に、守護者はわずかに口元を緩めた。
「次なる封印――水の祠について、手がかりを授けよう」
守護者は古びた羊皮紙を差し出す。
そこには、広大な海の中に浮かぶ孤島の地図と、「水の祠」の所在が記されていた。
「大海に浮かぶ孤島だ。船を手配しなければならんだろう」
ガルドが羊皮紙を覗き込みながら言った。
「また長旅になりそうね」
エルナが肩をすくめる。
「研究資料も揃えないと」
ザックが目を輝かせる。
リュシアは、仲間たちと顔を見合わせ、自然と笑みを交わした。
新たな使命への不安よりも、共に進む心強さの方が勝っていた。
***
神殿の片隅では、別の話題が進んでいた。
捕らえられたレイン・シャドウブレイドの処遇である。
「彼女をどうするつもりですか?」
リュシアは守護者に尋ねた。
「厳罰には処さぬ。アルカードの操り人形となった彼女も、また犠牲者に過ぎぬ」
守護者は静かに言った。
「王都へ連れ帰り、七賢者議会の助力を仰ぎたいと思います」
リュシアの提案に、守護者は頷いた。
「彼女を救えるとすれば、それはお前たちだろう」
その言葉に、リュシアは胸に誓った。
レインの救済――それは過去への贖罪であり、未来への希望だった。
***
旅立ちの朝、炎の祠の大門の前で、守護者は最後の言葉を送った。
「長き旅路の無事を祈る。リュシア・フェルディナンド、真の七賢者よ。汝の強さは、魔法だけにあらず」
「……はい。この祠で学んだことを胸に、必ず使命を果たします」
リュシアは深く礼をした。
その背に、朝日が差し込む。
新たな旅立ちを告げる光。
彼女の背負う使命は重い。
だが今のリュシアには、仲間がいた。
歩むべき道が、確かに見えていた。
「行こう、みんな!」
リュシアの掛け声に応え、ガルド、エルナ、ザック、そしてレインまでもが、静かに頷いた。
次なる目的地――大海の孤島に建つ、水の祠を目指して。




