第45話「子供の目線」
神殿での学びを一段落させたリュシアとエルナは、
物資補給を兼ねて、山のふもとの村へ向かうことになった。
朝の光に輝く山の風景。
清らかな空気と、遠くに見えるのどかな村。
「ガルドとザックは、神殿に残ってるのよね。」
エルナが微笑む。
リュシアは頷いた。
「うん。レインのことや、次の旅の準備で忙しいからね。」
二人きりの下山道。
子供の姿をしたリュシアは、小さな足で一生懸命ついていく。
「なんだか、普通の子供みたいだね。」
エルナが冗談めかして言うと、リュシアは苦笑した。
「……確かに、見た目だけならね。」
(誰も私が七賢者だなんて思わないだろうな。)
そんなことを考えながら、リュシアは歩を進めた。
***
村に到着すると、広場では子供たちが遊んでいた。
「新しい子だー!」「一緒に遊ぼうよ!」
無邪気な声がリュシアに飛んでくる。
リュシアは戸惑った。
「わ、私……」
後ろからエルナが背中を押す。
「行ってきなさい。
今日は、ただの子供でいればいいのよ。」
リュシアは少しだけためらったが──
やがて、小さな声で答えた。
「……うん。わかった。」
そして子供たちの輪に加わった。
「私はリュシア。よろしくね!」
元気に自己紹介すると、
子供たちは大歓声で迎えてくれた。
***
最初はぎこちなかったリュシアだったが、
鬼ごっこ、かくれんぼ、ボール遊び──
遊びが進むうちに、自然と笑顔になっていった。
「きゃははっ!」
楽しそうな笑い声。
砂まみれになりながら転げ回る。
(こんな風に遊ぶの、いつ以来だろう……)
リュシアはふと思った。
かつての自分は、魔導書院でも孤高だった。
誰よりも高みに立とうと、遊びも、笑いも、遠ざけてきた。
──だけど、今は違う。
今は、心から楽しかった。
エルナが遠くから優しく見守っている。
(エルナ……ありがとう。)
心の中で、そっと呟いた。
***
遊びの中で、リュシアは「子供の目線」の新鮮さに気づく。
地面を這う小さな虫。
空に浮かぶ、面白い形の雲。
摘み取った花の、驚くほど鮮やかな色。
(小さな世界には、こんなにもたくさんの奇跡がある。)
村の子供たちは、なんでもすぐに「どうして?」と聞いてくる。
「なんで雲は動くの?」「どうして花は咲くの?」
リュシアは笑いながら答えた。
「空気の流れで雲は動くんだよ。
花はね、太陽の光を浴びて大きくなるんだ。」
子供たちは目を輝かせた。
「すごい!リュシアって、先生みたい!」
その言葉に、リュシアは顔を赤らめた。
(先生……か。)
悪くない響きだった。
***
夕暮れ、遊び疲れた子供たちと草原に寝転がった。
茜色に染まる空を見上げながら、誰かが聞いた。
「リュシア、大きくなったら何になりたい?」
リュシアは少し考え──
微笑んで答えた。
「立派な魔導士になりたいな。」
すると子供たちは声を揃えた。
「もう十分すごいよー!」
その無邪気な応援に、リュシアは胸がいっぱいになった。
(彼らは私が七賢者だなんて知らない。
それでも、こんなふうに応援してくれる。)
素のままの自分を、受け入れてもらえる幸せ。
リュシアは、静かに心をほどいていった。
***
夕方、村を後にする道すがら。
エルナが優しく尋ねた。
「楽しかった?」
リュシアは、迷いなく頷いた。
「うん、とても。
……久しぶりに、心から笑えた。」
小さな体で、でも力強く答えた。
「私、いつの間にか──
子供時代を忘れていたんだね。」
エルナは優しく微笑む。
「才能に恵まれた人は、早くに大人になりすぎる。
でもね、子供の頃の心も、大切にしていいのよ。」
リュシアは空を見上げた。
「この体には、弱点だけじゃない。
素晴らしいものも、ちゃんとあるんだ。」
そう言って、屈託なく笑った。
──リュシアはまた一歩、前に進んでいた。




