第44話「神殿での学び」
数日が経ち、リュシアの体はゆっくりと回復していた。
だが──まだ子供の姿のままだ。
「普通なら、24時間以内に戻るはずなのに……」
自室で鏡を見つめながら呟く。
だが、焦りはない。むしろ、その小さな体を受け入れつつある自分に気づいていた。
(今回は魔力を使いすぎた。きっと、その反動が長引いているんだろうな。)
そんな自己分析をしながら、リュシアは神殿内を歩いていた。
すると、ふと目を引かれる扉があった。
重厚な木製の扉。その上には、古代文字で「知の聖域」と刻まれていた。
「ここは……?」
封印技術に関する古文書が眠る、七賢者専用の禁書区画──
以前は立ち入りを許されなかった場所だった。
扉を押すと、そこには圧巻の光景が広がっていた。
天井まで届く巨大な本棚。並ぶ無数の古文書。
静謐な空気に満たされた図書室。
「……すごい。」
目を輝かせるリュシア。そこへ、ザックが現れた。
「やあ、やっぱり君も来ていたか。ここは神殿に伝わる知識の宝庫だ。守護者から、君には自由に閲覧してよいと許可をもらっている。」
リュシアはにっこりと微笑む。
「なら、遠慮なく勉強させてもらおうかな。」
***
二人は並んで机に向かい、膨大な書物を読み漁った。
小さな体では分厚い本をめくるのも一苦労だったが──
リュシアは決して手を止めなかった。
「ふふ、姿は子供でも、頭はちゃんと働くからね。」
「それが君らしいよ。まったく、知識に対する飢えは衰え知らずだな。」
時に討論し、時に笑い合いながら本をめくる。
それはまさに、かつての自分を思い出させる時間だった。
(こうして学ぶこと──それが、私の原点だったんだ。)
***
研究の中で、二人は重要な情報にたどり着く。
「七つの封印は、それぞれ異なる属性を持つ。風、炎、水、土、光、闇、霊──」
ザックがまとめたノートを広げる。
「風と炎の祠はすでに修復済み。次は水の祠だ。」
リュシアは地図を指でなぞった。
「大海に浮かぶ孤島……ここだね。」
「つまり、次は海を越える必要がある。」
「ふふ、航海なんて初めて。少し楽しみかも。」
***
同時に、自身の魔力についても分析を進めていた。
「リミット解除は、封印された魔力を一時的に開放する現象。そして“子供化”はその負荷から身を守る安全装置……」
「でも、今回は戻るまでが長い。原因は明白ね。」
リュシアが言い、ザックが頷く。
「君は、炎の封印修復で限界まで魔力を絞り出した。おそらく、その蓄積された反動が、24時間ルールを越えて影響している。」
「つまり、使いすぎた私が悪いってことね。」
「いや、よくやったと思うよ。だからこそ、しばらくは静養も必要だ。」
リュシアはゆっくりと頷いた。
「うん……でも、心は元気だから。こうして学んでるだけで、落ち着く。」
ザックは彼女の横顔を見つめながら、小さく笑った。
***
その後、神殿の賢者たちが訪れた。
「若き七賢者よ。君の探究心には目を見張るものがある。知識こそ、時に剣よりも強い。」
その言葉を受け、リュシアは深々と頭を下げた。
(たとえ子供の姿でも、私はまだ進める。知識があれば──きっと道は開ける。)
***
夕暮れの図書室で、リュシアとザックは旅支度を始めていた。
「水の祠に行くには、まず港町で船を探さなきゃ。」
「航海の準備は大変だが、未知の魔法や精霊との出会いもあるかもな。」
「ふふ、楽しみにしておこう。……でも、私の体が戻ってくれるといいんだけど。」
「心配しなくても、必ず回復するさ。」
窓の外から射し込む柔らかな陽光が、リュシアの横顔を照らしていた。
「困難でも、立ち止まらずに進む。それが、今の私の道だから。」




