第36話「神殿到着」
空気が変わった。
山の斜面を登るにつれ、緑は徐々に姿を消し、赤黒い岩肌がむき出しになる。
「……熱い。」
リュシアが額の汗をぬぐいながら呟いた。
「この火山は休んではいるが、地下ではマグマが活発に動いている。」
ザックが地図を確認しながら答える。
吹き出す蒸気の柱、焦げたような岩の匂い。
自然の猛威が、ひしひしと肌を刺す。
「炎の祠は、この火山のエネルギーを封印の維持に使っているらしい。」
「なら、ここが封印の要だな。」
ガルドの声には、隠しきれない緊張が滲んでいた。
誰もが口をつぐみ、険しい道を黙々と進んでいった。
***
中腹へ差し掛かる頃、異変は明確になった。
急に温度が下がったかと思えば、地面が小刻みに震える。
溶岩の熱風と冷たい突風が入り混じる、異常な気象現象。
「精霊たちが怯えてる……」
エルナが不安そうに周囲を見回した。
ザックは険しい顔で呟く。
「封印の弱体化による影響だろう。風の祠でも似た現象があったと報告されている。」
リュシアは拳を握りしめた。
「私たちが急がなければ……」
使命の重みが、改めて胸にのしかかる。
***
ようやく視界が開けた。
火山の中腹に、赤褐色の石造りの神殿が建っていた。
柱や壁には炎を象った文様と、複雑な魔法符号が刻まれている。
その存在自体が、圧倒的な力を放っていた。
「ここが……炎の祠。」
リュシアは思わず声を漏らした。
入り口には、常に燃え続ける二本の火柱。
ただならぬ気配が、四人を圧倒する。
「強い魔力を感じる……これが封印の力か。」
ガルドが低く唸った。
誰もが自然に背筋を伸ばし、畏敬の念に包まれる。
***
炎の門の前に、一人の男が立っていた。
年配ながら鍛え抜かれた体躯、
赤い僧衣をまとい、腰には古びた剣を下げている。
その瞳は、炎そのもののように鋭かった。
「来訪者よ、何の用だ。」
低く、威厳に満ちた声が響いた。
リュシアは一歩進み出ると、
七賢者議会の使者であることを告げ、証を差し出した。
守護者はじっと書状と紋章を確認し、厳しく言い放った。
「確かに本物だ。しかし、それだけで祠の奥へ通すことはできぬ。」
「……試練を受け、資格を示せ。」
リュシアは、静かに頷いた。
「──受けます。」
ガルド、エルナ、ザックも、それぞれに覚悟を固める。

***
守護者は炎の門の奥を指し示した。
「この祠は二千年前、魔王の炎を封じるため建てられた。」
「封印は、今、外部からの干渉により弱まりつつある。」
「七つの封印は互いに連動している。一つが崩れれば、すべてが瓦解する。」
重い言葉が、四人の心に響いた。
「封印を修復できるのは、使命を負った者だけだ。」
「汝らが真にその資格を持つか──三つの試練で示してみよ。」
炎の試練。
肉体、心、そして知恵。
リュシアは、剣を握る手に力を込めた。
(必ず──乗り越える。)
使命と、仲間たちの未来のために。




